第93話 けじめ

「到着しました」


「やっと着いたの? もう樹海なんて懲り懲りね」


 【鷲の眼イーグルアイ】で前方を覗くと、永遠と追いかけた騎士団が、一足先に首都マディスカルに入ったのが見える。ヘトヘトになって姿勢を崩しながら走る騎士たちは、市街に入ってちりじりになりながらも一様に本城に向けて集合していく。騎士が疲弊して撤退する姿に、マディスカルの住人は驚いて振り向き、首都に待機していた騎士は騒然とし始めていた。

 目的地間近になって、僕らは跳躍することもやめて徒歩で進む。

 質素ながらに自然と調和していた美しい街並みは、燃えた跡や、砕かれた家々が目につく。侵略された際に受けた傷だろう。これを騎士団がやったのかと思うと、それだけで同情と共に国民として申し訳ない気持ちにもなってくる。

 無傷の住宅地では住人たちの姿がちらほらと見える。外出を制限されているのか、人通りは極端に少なく、みんながみんな巡回する騎士に怯えながら挙動不審に歩いていた。

 食料を配給している形跡もあって、酷い扱いはされてないように見えるけど、普段は活気のある市場も、手隙の騎士に火事場泥棒にあったのか、品物が無い棚が閑散として、悲壮感を漂わせていた。


「どう? 街の様子は」


「完全に占拠されてます。撤退した騎士は本城の門の前に集結しています。首都に待機していた騎士は500名程はいると思います」


「民は、捕らえられた住民でゅうみんはどうなっている?」


「外出を制限されているのか、皆さん家の中で息を潜めているようです」


 まだ首都とは距離があるのに、どうしてかヒソヒソと話してしまう。呪いから解放されたアンガル王は、一人だけで逃げ出した事が嘘のように真っ先に国民の心配をしていた。

 本城の両脇には大木が支柱の役目を担っていたが、今はそこに埋め込まれていたはずの巨大なクリスタルごと抉られたように穴が空いている。あの独特な亀裂は、見覚えがあった。

 悪い予感は的中し、大剣を背負った男が、外の騒ぎを聞きつけて本城から出てきた。歯噛みするロイド様は、既に数週間と待たされた苛立ちがあったようで、足元で跪き、姿勢を低くしながら報告しているハイルスを、躊躇いなく蹴り飛ばした。

 正体の分からない何者かに邪魔をされ撤退したと必死になって説明しているように見えるが、おめおめと撤退した事が気に食わないのか、火に油を注ぐばかりで、ロイド様は怒鳴り散らしている。


「ロイド様がいます……」


 元リーダーの名を出せば、元メンバーは嫌でも反応して、真剣な面持ちになる。騎士を首都から撤退させるだけなら難しくもないが、ロイド様が居るとなると話は別だ。豪腕を野放しにしたら、首都は簡単に壊滅する。テルストロイの人たちも危険に晒されることになるし、営みが破壊されれば負の感情が余計に沸き立つだろう。どう戦うにせよ、ロイド様を首都の外へ誘導させることは必須だった。 


「さて、どう攻略するか」


 ダンジョンを探索する時のような事を言うレイシア様。いつにも増してやる気な態度は、ロイド様と一戦交える事を楽しんでいるかのようだった。


「ロイドをどうにかすれば、後は勝手に撤退してくでしょ」


「狙うべきはロイド様、一人」


「騎士の士気が回復する前に、とっとと決着をつけちゃいましょ」


 ロイド様と戦う。そんな事は、今まで一度も考えた事がなかった。御三方を味方にしていれば、きっと負ける事はないだろう。でも、なんだろう。この焦燥感は……。


「ほ、其方ほなたたち、わたひの街を国を、どうかふくってくれ。頼む……」


「言われなくても、そうするつもりです」


 不安がないと言えば嘘になる。でも、この焦りは、負ける可能性にビビってるからじゃない。


「……どうしたの?」


「あ、あの……。この勝負、僕にやらせて頂けませんか?」


 ロイド様に貶められ、パーティーを追われ、地位も名誉も財産も奪われた。今さら恨みや復讐心に駆り立てられた訳じゃないけど、ロイド様に戦いを挑む事は、僕がやらなければならない事、僕が乗り越えなければならない試練のような気がしてならなかった。御三方の力を借りてしまったら、僕はいつまでたっても前に進めない。僕の焦りは、自分の誇りを取り戻す唯一の機会を、奪われてしまうかもしれないと思ったからだった。


「……ふふ。やってみたら良いじゃない」


「ミ、ミリィ様……!?」


 微笑むミリィ様が簡単に了承すると、シェイル様は不安そうな顔をする。僕も今のシェイル様と同じような表情をされると踏んでいたので、次に用意した説得の言葉も無意味になって、喉の奥で引き返した。


「自分で決着をつけたいってこと?」


「……はい」


「……分かった。好きにしたら」


「いざとなれば助けに入る。それでいいな?」


「はい」


 細かい言葉など無くても、僕のけじめをつけたいという決心を汲み取って貰えたようで、レイシア様も呆れた心を隠さない笑みで了承すると、シェイル様は渋々といった感じで妥協してくれた。


「あ、あの。一体なにを……」


 エリス様は不安そうな顔で問いかける。事情を知らなければ、僕の決意は分かるはずも無かった。説明するのか、しないのか、決戦を前にして本名を明かす最後の好機に、御三方も気を遣って、少しの時間、黙って僕を言葉を待っていた。


「……魔力を渡すわ。万全でロイドに挑みなさい」


「……すみません」


「謝るくらいなら、言えば良いのに」


 優柔不断な僕からは永遠に言葉は出ないと見限ったミリィ様は、【魔力授受ドレイス】で僕の魔力を補充してくれた。

 言えば楽になれるのに、いざエリス様を目の前にすると、途端に声が喉を通らなくなる。自分の情けなさにも嫌気がさして気落ちすると、それを見たエリス様が僕に同情しようと更に深く心配そうな顔をするから、もう際限がない。


「どうするつもり?」


「ロイド様を樹海に誘い込みます。僕が顔を出せば、ロイド様はすぐに食いつくでしょう」


「たしかに、アンタなら良い餌になるでしょうね」


「では……」


「ええ、頑張りなさい」


「負けるなよ。自分に誇りを持て。目上だろうと力を抜くな。ロイド様は甘い御方ではないぞ」


「はい」


「ケ、ケイル!? 皆様、どうしてケイルを一人で生かせるのですか!?」


 みんなと別れて、僕は一人で行動を開始する。背中に聞こえるエリス様の声は、困惑を隠さなかった。

 樹海の縁を大きく迂回して、大きな木の丁度良い高さにある枝に飛び乗って、本城の前であれからずっと叱責をして回っているロイド様を観察した。

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