第87話 日の出

 寝付けないのは僕だけじゃなかったようで、まだ暗いうちからローデンスクールは戦いの準備で騒々しかった。

 広場では急ぎ製鉄所から運び込んだ武器を男たちが忙しく整頓して、医療班はエリス様の指示の元、止血用の布を用意したり、綺麗になった解体室と調理室も患者を運び入れる部屋にしようと、調理器具や調理台を退かしていた。そこには腰を気遣いながら手伝うセバスの姿もあった。


「うるさい! 行くったら行くんだよ!」


「テメェが行けるわけねぇだろうが! さっさとその槍をよこせ! そりゃ玩具じゃねぇんだよ!」


 手が空いているし、僕もエリス様を手伝いに行こうかと思ったら、槍を引きずって運ぶ小さな男の子が、屈強な男たちに混じって戦いの準備に参加している……というより邪魔をしているのか、怒鳴られてる。黒いツンツン頭で、大人にも物怖じしない態度を見れば、顔が見えなくても誰か分かる。


「ロッカさん……何やってるんですか?」


「あ、ケイル! 良いところに来た! お前からも何とか言ってくれ!」


「そりゃあ俺たちのセリフだ! ケイル! そのクソガキから槍を取り上げてくれ!


「え、ええっと……どういうことですか?」


「俺も戦いに出るって言っても、コイツら俺を子供扱いして、邪魔者扱いするんだ! 俺は強い! 絶対に戦える! それを証明してやるんだ!」


 小さな体を目一杯大きく使い、自分の身長の倍以上に長く重い鉄の槍を立て、ロッカはドヤ顔で宣言する。武器を持つ事もままならないのに、戦うなんて論外だ。それとも、何かの冗談なのかな?


「グフッ! ハッハッハッ! お前が戦える訳ねぇだろ! ロッカ!」


「なにをぉ!? 」


「チビはさっさと部屋に戻りな! ガキの来るところじゃねぇよ!」


「俺だって戦える! 俺はお前らより、ずっと強い!」


「はいはい、そうかよ」


「適当な返事してんじゃねぇ! 俺を子供扱いするな!」


 周りの大人たちに馬鹿にされ、ロッカは顔を真っ赤にして怒っている。勇ましい事は結構だが、戦場に立つには10年は早いかな。でも、子供ながらに臆することのないロッカを見てると、こちらも負けていられない気持ちになる。馬鹿にして笑う男たちも、内心は頼もしく感じているんだろう。起こる表情にも、笑みが混じる。


「ロッカさん、今の貴方じゃ無理ですよ」


「じゃあ、お前が戦い方教えろ!」


「え?」


「しょうがないからお前の弟子になってやっても良いぞ!?」


「弟子……?」


 特定条件でしか発現しないスキルを継承させるために、魔法使いには師弟関係を結ぶ人がいるけど、そうでもなきゃ魔術書が充実した現代じゃ何処かの学校に通った方がよっぽど効率が良いし、今どき弓使いの師弟なんて聞いたことが無い。というより誰も弓使いになりたいなんて思わない。


「僕は、弓しか使えませんが」


「それでいい! 俺に弓を教えやがれ!」


「あー、いや、あの……」


 教えを乞う人の態度では無いが、訴えかける目には意志がある。正直に言って、騎士団と一戦交えるかという時に、子供の相手をしている余裕は無いのが本音だ。どうしたものかと悩み、思わずため息が出る。弓使いは見た目の地味さに反して、とても才能に左右され易い役職だ。その道で頭角を出すなら特に命中力が必須になる。


「ふふ。良いじゃない。弟子にしてあげたら?」


「え……」


「弓に興味持つなんて珍しいわね」


「しかし、学ぶならこの男を置いて他にはいないぞ、少年。この男は世界最強の弓使いだからな」


 半笑いのミリィ様とレイシア様に同意するように、僕の肩に腕を回し、冗談半分で持ち上げるシェイル様。他人事だと思って楽しそうに……。断ろうと思ったのに、ロッカの目がキラキラと羨望の眼差しになって、もう後に引けない感じになってる。


「ケイルが、世界最強……」


 エリス様はエリス様で首を傾げて、眉を顰めて僕を見つめている。Fランク冒険者の体で誤魔化しているのだから、冗談でも過度なお世辞はやめて頂きたい。


「ロッカさんが思うほど、弓は簡単じゃ無いですよ?」


「分かってる!」


「地味だし、強くなったって誰からも褒められませんよ?」


「別に良い!」


「なかなか骨がありそうで良い子じゃない。ふふふ」


「そうよ。断ったら可哀想だわ。教えてあげれば良いじゃない。ぐふふ」


「どうして御二方は半笑いなんですか?」


 面白半分で焚き付ける御二方の言葉も聞こえていないかのように、ロッカの目は僕を見て動かない。

 子供の夢はころころ変わる。3日で飽きることだってざらだ。命中力を上げる訓練の地味さに触れれば、きっとロッカも諦めるだろう。


「はぁ、仕方ありませんね……じゃあ、場所を移しましょう。ここは危ないですから」


 教える事に前向きな態度を見せたら、ロッカは素直に槍を捨て置いて、ローデンスクールの裏手にまでついて来てくれた。ここなら騎士団の攻撃も届かないと思うので、とりあえず安全な場所に誘導することが出来たと思おう。


「何を教えてくれるんだ?」


「何を教えてあげるのかしら?」


「なんで御三方まで興味津々なんですか」


「だって、貴方が他人に偉そうに教えるなんて、あんまり見れないもの」


 ミリィ様はロッカのマネをして茶化すようにはやす。はぁ……この方達は今から騎士団と相対するかも知れないってことを忘れてるんじゃないだろうか。そんなに僕が誰かに教えるのは珍しいのかな。自分じゃよく分からない。

 弓の知識ならそれなりにあるし、教えてあげられる事もある。でも、今はそんな事をしてる場合じゃ無いので、命中力の才能を少し計るくらいにしておこう。

 鉄の壁に、鉄の破片で直径10センチほどの円を刻む。


「10メートル離れた場所から、このくらいの石を投げて、円の中に命中させる。10回投げて10回とも当てられるようにしてみて下さい」


「はぁ!? そんなの無理に決まってんだろ!?」


 僕は適当に拾った鉄の破片を5個右手に持ち、ひょいひょいと手首の動作だけで連投し、直線的な軌道から、山なりの放物線を描いたりもして、全てを円の中に当てて見せた。


「無理なら弓を扱うのも諦めた方が良いですよ」


 呆然としていたロッカは納得し切って無い様子で、手渡した鉄の破片を投げる。一投目は円とは全く違う場所に飛んでいった。僕が5歳の頃には、リンゴのヘタを小石で撃ち落とす程度の事は出来た。もちろん、それ以降の訓練で命中力は上がっていった訳だから、努力で上達させる事はできる。問題なのはどれくらいの伸び代と、成長速度があるか。短い時間でどれくらい円の中心に当てられるようになるか、簡単な命中力の成長速度を計るやり方だ。


「……なんか地味ね」


「弓使いは基本地味なんです!」


 御三方は退屈そうな顔をしてげんなりしていた。自分で分かっていても、他の人に改めて言われると腹も立つ。それは確かに魔法を使うミリィ様に比べれば地味さこの上ないが、弓使いの上達は、こんな地味な特訓の繰り返しにしかない。それでもって、訓練を積めば積むほど、飛距離が伸びれば伸びるほど、誰からも功績を貰えなくなっていく。極めれば極めるほど、存在感は薄くなる。そう考えると誰かに褒めて貰いたい思いが強い人は、弓使いには向かないかもしれない。ロッカはどっちだろうか。


「それでは、僕はたちはもう行きます」


「騎士の奴らと戦うのか?」


「……そのつもりです」


 僕は改めて本当に交戦するのかどうか、御三方が小さく頷くのを見て最終確認をした。


「き、気をつけてけよ! 絶対戻ってこいよ!」


 出会った頃は脛を蹴られて、嫌味ばかり言ってたのに、今じゃ心配までしてくれている。なんとも嬉しい。


「死ぬなら、俺に弓教えてからにしろよ」


「……ぐふ! ハッハッハッ! 大した弟子ね! きっとこの子は将来、大物になるわよ」


 エリス様は眉を顰め、レイシア様とミリィ様は盛大に笑い、シェイル様は口を押さえて笑いを堪えている。ちょっとだけ感動した目の中の涙を、何かの魔法で蒸発させて、無かったことにして欲しい。


「……いえ、まだ弟子にすると決めたわけじゃありません」


「はぁ!? 弟子にしてくれんじゃないのかよ!?」


「その円に10回中10回当てるまで、ロッカさんなんて弟子にしてあげません!」


「ぐう……!」


「おい、ロッカ、何してる!? 騎士の奴らが出てきた。お前もさっさとメリダの所に行け!」


 ロッカに声をかけた男は、忙しなくまた何処かへ走っていく。騎士団の動きに御三方の顔つきは変わった。


「じゃあね、坊や。また会えるのを楽しみにしてるわ」


「ちょちょいと追い返しに行ってくるから、大人しくしてるのよ」


「ちょちょいって……」


 余裕綽々で背中を向ける御三方を、ロッカは驚いた表情で見つめていた。子供ながらに、その態度を見ても御三方の強さが感じ取れたんだろう。


「ロッカさん、戦いが始まる前にちゃんと避難するんですよ? じゃあ、行ってきますね」


「気をつけてけよ!」


「はいはい。僕が死んだら弓も教えてあげれないですもんね」


「そうじゃなくて! 心配してんだっつうの!」


 ロッカの大声に振り向いた。素直に叫んだロッカの頬は少しだけ赤らんでいて、顔を見合わせたエリス様と思わず笑みをこぼした。


「ロッカさんも気をつけて。何かあったら、すぐに逃げてください」


「俺は逃げない! 騎士がここまできたら、俺がみんなを守るんだ!」


 背中にロッカらしい言葉を聞きながら、僕らは広場へ戻る。そこでは既に、鉄の門を開けて干魃地帯へ出陣していく男達の流れがあった。


「では、エリス様。僕は御三方の援護に回るので」


「はい。お気をつけて」


 セバスとも頷いて挨拶を交わし、僕は戦いに備えて鉄の山の頂上に駆け上がった。

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