第88話 逆行
日の出と同時に準備を整えた騎士団が樹海から顔を出すと、狩猟班を率いるモーガンを先頭に、クエスト班も続いて門前に陣を構える。
前日の戦い同様、今にも火花が散りそうな空気が両者の間に漂う。少しだけ景色が違うのは、朝が早く影の傾きが大きいため。【
僕は時間が許す限り、頂上と製鉄所を往復して、有りったけの鉄の矢を用意した。クロフテリアに来て初めて、樹海に向けた追い風が吹いている。今までと違った風の流れは、これから起きるであろう展開を予兆しているようだった。
「うぉおいっ!? 何してる!?」
クロフテリアの群衆を抜け、3つの人影が出る。ミリィ様、レイシア様、シェイル様だ。
こちらの事情も知らない騎士団が、息巻いて進軍を開始してくる。
先を歩き出してしまったミリィ様たちを心配するモーガンは、全てを見下ろせる鉄の山の中腹に立つワモンに視線を送っていた。だが、それを無視して号令を出さないワモンは、迫り来る騎士団にも全く動じる事なく歩み続ける3人の動向を、見守る腹積りだった。
頭領の指示は暗黙の
前戦の反省を踏まえたのか、騎士団は正々堂々と正面切ってぶつかり合う事を避け、まだかなり距離がある段階から、後方の魔法使い達は【
「おい! 逃げろ!」
モーガンは御三方に向け叫ぶ。降り注ぐ炎の槍は、真っ直ぐミリィ様に向け飛んでいっている。矢で射ち落とす事もできたが、シェイル様が前に出たので、その必要もなさそうだった。
横幅数キロあるローデンスクールの大体をカバーする程の広範囲に黄色い幕が展開される。面で障壁を作る巨大な盾は【
目の前に広がる景色が一変して、モーガンたちは足を突っ張らせて止まる。数十本の炎の槍は、その数万倍大きい壁に阻まれて、一つも傷をつけることなく消えていった。
二か所で乾いた地面が10メートルほど盛り上がり、騎士団たちを挟み込んだ。おそらくはレイシア様の【
迫ってくるような土の山が突然に現れ、騎士の魔法使いたちは反射的に連携魔法を駆使して得意の魔法障壁を展開した。自分たちよりも段違いに大きい魔法障壁を目の前にして、流石の騎士団も目を丸くして汗をかく。
ミリィ様が腕を前に伸ばすと、青い魔法陣から大量の水が流れ出す。【
思いのほか強固な騎士団の結束力に、レイシア様は首を傾けて次の手を考える。レイシア様が指を下から上に向ける動作を見せると、騎士団の足元の地面に埋まっていた大木の根が踊るように顔を出し、半球体の魔法障壁は高く飛ばされた。ひっくり返った騎士たちは、集中力を切らして障壁にひびが入り、水が引いた地面に落ちると、障壁は割れて中の騎士たちが飛び出した。
仲間を鼓舞するためか、堪忍袋の緒が切れたか、はたまた動揺した状況では障壁を展開し直すのも難しいと踏んだか、ハイルスは剣を高らかに掲げ、前進するよう進路に切っ先を向けた。
巨大な壁にも躊躇することなく向かってくる騎士たち。闘志を象徴するその剣を見れば、おのずと僕の標的も決まる。直線だとシェイル様の【
剣が折れた騎士はその時点で足を止め、先頭を走るハイルスだけになったのを確認すると、シェイル様は自分から【
万が一にも
何が起きたのかと自身の剣を見て驚くハイルスは、圧倒的な戦力差に勝機を見失い、慌てて樹海の方へと走っていった。口の動きは「撤退」作っている。ハイルスが通り過ぎると、その後を追って他の騎士たちも樹海に向かって、進むべき道を逆行していった。
ミリィ様は左手で髪を払い、腰に右手を当てて拍子抜けな表情をする。「もう終わりなの? だらしないわね」と言っているのが想像つく。騎士団の練度は相変わらず見上げたもので、あの川の勢いに屈しなかったのは流石としか言いようがない。だけど、次の瞬間には文字通り、簡単に転がされてしまった。誇り高い騎士が不格好に逃げる様を見ると、少しだけ気の毒にすら感じられる。
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