第89話 追撃

「エリス様」


「ケイル。戦況は? なんだか静かになってしまいましたけど」


「終わりました」


「え」


 男たちが門前に構える広場からでは、戦場はよく見えなかったみたいだ。負傷者を受け入れるために気合いを入れていた医療班は、肩透かしを食らっていた。

 呆気なく均衡を崩した御三方の元へ、オルバーとメリダ以外の主要者たちが駆け寄っていく。僕はエリス様を抱えて合流した。


「おい! お前ら!」


「アミ……! ……あーケイル! 直ぐに騎士を追うわ! ついてきなさい!」


 それが話し合った結論なんだろう、アメルダの声も、こちらの心配もよそに御三方は追撃の意思を固めていた。


「追うって……」


「下手に体勢を立て直されると厄介だわ」


「王都から騎士の増援が来るかもしれない。勢いよく首都を奪還して、こっちも休む時間は作りたいでしょ」


「ミリィ様、レイシア様、おそらく首都にはロイド様がいらっしゃると思いますが、本当に交戦するおつもりですか?」


「ええ、もちろん」


「どっちにしろ、今度会うときはビンタしてやろうと思ってたし、ちょうどいいわ」


「おい、お前ら! 無視してんじゃねぇ

! なに勝手なこと言ってんだよ!」


「別にアンタたちの許可を得る必要もないでしょ? 戦力的には私たちで十分だから、アンタたちは此処で待機してて」


「ふざけんな! これは俺たちの戦いだぞ!」


「違うわ。これはもう個人でも、国同士の戦いでもない。人と魔の戦いよ。いずれは貴方たちの力を借りる時も来るでしょう。でも、今はその時じゃないわ」


「だから、勝手に決めつけてんじゃ……」


「【睡眠誘導フルフローラ】」


 レイシア様が指を差すとアメルダは一瞬で眠りに落ち、体勢を崩したところをモーガンが受け止めた。


「……便利だな、魔法ってやつはよ」


「悪いわね」


「いや、コイツはこれでいい」


 あっさりな幕引きになってしまったからか、戦いに向けた熱を、どこに向けたらいいか分からないといった感じで、アメルダは直ぐに獣化していた。モーガンはレイシア様の判断を理解した。


「アンガル王を連れてきて貰えるかしら、首都を奪還した時、いて貰えると助かるから」


「……わかった、連れてくる」


「バーベル! コイツも連れていけ」


「わかった」


 ワモンの視線を受け、バーベルがローデンスクールへ引き返そうとすると、モーガンはついでにアメルダを運ぶよう頼んだ。大きな体はアメルダの体重など物ともせずに、駆けて遠ざかって行った。


「俺たちは、本当に何もしなくて良いのか?」


「そうだって、言ってるでしょ? 何回言えばわか……イテッ!? な、何すんのよ!?」


 悪態つくミリィ様の頭に、レイシア様が手刀を下ろす。


「ええ。貴方がたは此処で待機していて」


「それは、下手に負傷者を出せば、人の負の感情が生まれるからか?」


「……良く分かってるようね。私たちも、貴方がた全員を守りながら戦えるほど、余裕がある訳じゃない。この戦いは、ただ勝てば良いという問題じゃない。如何にして、魔王に負の感情を渡さずに乗り切るかの戦いなの」


「俺たちは、足手纏いか」


「……ええ、そうね」


 中途半端な戦力は、逆に負傷者を増やして負の感情を呼び起こす。取り返しのつかない死者を出せば、それこそ元凶の思う壺。【伝染する悪意アムディシア】はさらに蔓延していくことになる。世界の情勢にこそ疎いかもしれないが、ワモンは持ち前の冷静さを持って事情を把握して、追撃に参加する意欲を見せなかった。


「ぬわっ!? うおあ!? うはっ!?」


 バーベルに担がれたアンガル王が、振動に声を飛ばしながらこちらに向かってきた。


「つれてきた」


「ありがとう」


「……ど、どうひた? 何があったのだ?」


「アンガル王、私たちはこれから首都マディスカルを奪還するため、騎士たちを追撃する。テルストロイの意思をまとめるには、貴方の存在が必要になる。一緒についてきて下さい」


「……わたひは、国民をてて逃げた人間だ。今はら戻っても、きっと国民はわたひの声など聞き届けないだろう。ほれに、彼らにふくわれたはいわたひは王の権限を手放ふと約束やくほくひた。もう誰かに命令ふることも、人の上に立つこともひない。わたひは、ほのような器ではなかったのだ」


 そういえば、弱い者守るというクロフテリアの信念に沿うよう、アンガル王は権威を放棄する約束をしたんだった。最初は権力を手放すことに拒否反応を示していたが、今はそういった様子も一切見えず、アンガル王は性格がガラリと変わったように真摯に反省した態度を見せていた。

 首都を奪還できたとしても、テルストロイの人たちの協力を得るには、説得してくれる仲介役がいなきゃならない。特にエリス様と僕は、テルストロイの兵士たちに目をつけられているし、アンガル王が後ろ盾になってくれないとなると、魔王の存在や、呪いの存在を説明するのにも苦労することは必然だった。


「一年だけ待ってやる」


 ワモンの言葉にアンガル王は振り向いた。


「お前との約束を一年だけ待ってやる。だからお前はお前にしかできない使命を全うしろ。お前が迷惑をかけたのなら、国民に償ってからその座を退け」


「い、良いのか?」


「一年だけだ。一年経ってまだ王の座にいたら、その時は一生、俺たちはお前のことを許さない」


「……ふまない。感謝かんひゃふる」


「お前のためじゃない。テルストロイの国民のためだ。決して履き違えるな」


「ああ」


 人間の負の感情を抑制するためにも、アンガル王の存在は制圧されて大きな憤りを抱えたテルストロイには必要不可欠。ワモンはそのことまで理解して、約束を延長すると決めてくれた。強い意志を目に宿すアンガル王は、贖罪を与えられたことに心の底から感謝しているようだった。


「どうやって運ぶ?」


「軽くして運ぶしかないんじゃない?」


 アンガル王の体型は運動が得意そうな要素がひとつもない。走って逃げる騎士を追いかけるには、足が遅すぎる。重力を軽くしてもらって、風船を運ぶように僕の【風速操作ウェザーシェル】でアンガル王を飛ばして行く方法はあるが、エリス様を抱えて走らなくてはいけないので、少し手間がかかる。


「では、私が……」


「俺、運ぶ」


 察してシェイル様が運ぼうと提案したが、バーベルはこちらの返答も待たずにアンガル王をひょいと持ち上げた。たしかにバーベルなら自前の筋力だけで、素早く走りながらアンガル王を運べる。抗争中に救護班で見せた搬送を思い出せば、体力だって問題にならないと分かる。

 でも、クロフテリアに待機してもらうよう言った手前、バーベルについて来てもらうのは少し気が引けた。


「バーベルを連れて行くといい。そいつはそう簡単には傷つかない。そいつだけなら、お前らの足手纏いにもならないだろう」


「……悪いわね。じゃあ、バーベルは貸して貰うわよ」


 ワモンは気を利かせて僕らが悩む前に提案をくれた。バーベルがアンガル王を運んでくれるなら、心配は少ないので本当に有難いことだった。


「バーベル。今からはエリスの指示を聞け」


「分かった、エリス、ついていく」


 ワモンがそう指示を出すと、ただでさえ大きいバーベルの筋肉が、また一回りグンと大きくなって、太ったアンガル王が軽すぎると言い出しそうなくらいに、動きに重さが見られなくなる。


「良いこと思いついた。私たちも、エリス様の配下になることにしましょう」


「え?」


「【王の血レクステリトリー】ですね」


「そう」


「え、ええ?」


 配下となった者に恩恵を授けるエリス様のスキルに便乗しようと、元神童の集いのメンバー4人は、エリス様の前に跪き、敬服の意を示す。戸惑うエリス様をそのままに、それぞれが名を名乗り、配下に加わることを進言すると、側からでも鑑定が不要なほどあからさまに力の増幅を感じた。……僕以外は。

 それとなく察しがつくのか、御三方は僕を見て、呆れたようにため息をつく。そう、僕の能力だけが向上しないのは、僕の名前が偽名だから。本名を明かさない忠実な配下など、あり得ないからだった。


「何卒、よろしくお願い致します」


「わ、私なんかが、皆様を配下になどして良いのでしょうか」


「良いに決まっています。もっと自信を持って下さい。エリスティーナ様」


「とりあえず、出発しましょう。下手に待ち伏せされると、始末に負えないわ」


「気をつけてけよ」


「成すべきことを果たしたら、必ずまた此処へ戻ります。皆様への感謝は、その時に必ず。そ、それと、セバスの事をよろしくお願い致します」


 挨拶も早々にしてローデンスクールに背を向ける。バーベルはアンガル王を抱え、僕はエリス様を背負い、御三方と共に樹海に向け走り出す。第一の目標は首都マディスカルの奪還だが、その次はリングリッド王国に居るアルテミーナ様の呪いを浄化しに行く。

 命を駆けて逃げてきた道を、今度は戦うために引き返す旅が始まった。

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