第90話 跳躍
樹海に入るのと同じくらいにレイシア様が【
体が軽くなり、さらに魔力を筋力に変換すれば一歩で10メートルほど進んでいける。バーベルの凄いところは、魔力を一切使うことなく馬のように太い足の脚力のみで、僕らの速さにについて来れているところだ。戦闘のセンスこそアメルダに劣るかも知れないが、基本的な身体能力だけを考えれば、きっと誰よりも優れてる。
【
「どう?」
「何人かの騎士が本隊と離れて、僕らが来るのを見張っています」
「威嚇できる?」
「はい」
追撃を警戒した騎士団が、数名の偵察を置いている。通り過ぎて下手に背後に回られると面倒だ。矢で威嚇すれば、彼らも撤退を再開してくれるだろうか。
「ミリィ、エリスティーナ様を運ぶの交代して」
「え〜!? なんで私!? シェイルがいるじゃない!」
「シェイルは盾役でしょ。いざって時に手が空いてなきゃ困る。私は軽量化させてるし、何もしてない役立たずは貴女だけでしょ?」
「なっ!? 役立たず……」
弓を使うため、大きな根の上で足を止めてエリス様を下ろす。追撃のために索敵してる間は僕の力をよく使うし、移動しながら放つことが出来れば、なお効率が良い。
「あ、あの。わ、私、自分で走りたいです」
「え、いや、でも……」
「皆様の足手纏いになりたくないのです」
「う〜んと……なんというか、今はそんな場合じゃないというか、なんというか……」
バーベルほどの体力があれば心配もないが、エリス様の自力では脚力が足りない気がする。もし足が遅いなら、それこそ足手纏いなのだが、配下となる進言をした後だからか、エリス様の【
《では、私が運びましょう》
「え……」
《これも鍛錬です。エリスティーナ、心を一つに》
「はい!」
光の粒子を散らして、精霊を憑依させるエリス様。正論を言えば、今は鍛錬に時間を費やしている場合ではないのだが、止めることを躊躇させたのは、精霊を憑依させたエリス様の身体能力が如何ほどのものか興味があったからだ。
「では、行きま……」
エリス様が走り出そうとした瞬間、足元の木の根が砕けて姿が見えなくなる。「わぁあああ」という叫び声に顔を向けると、50メートル先の空中でクルクルと回る光が見えた。
「ちょっと、マジ!?」
僕は全力の【
翼が光となって消えると、浮力を失ったエリス様はその場にへたり込み、荒くなった息を整えている。その余裕のない表情を見れば、最後に翼を広げたのはエリス様の意思じゃなく、ティオの補助だったとわかる。
「だ、大丈夫ですか!? エリス様」
「だ、大丈夫です。ティオ様、もう一度、お願い致します」
《はい》
「え、エリス様!?」
こちらの心配もあまり見ず、エリス様はまた跳躍する。今度は、あまり力を入れないように、バランスを崩さないよう、慎重に自分の体の動きを観察しながら跳躍したようだった。
空中では、見事にバランスを保ちながら正面を見て跳んでいたエリス様だったが、着地間際になって恐怖心に駆られ、足を突っ張らせて地面に強く体を打ち付けながら転がって行ってしまった。
「エ、エリス様!?」
「だ、大丈夫ですか!? エリスティーナ様!?」
御三方とバーベルもすぐに追いつく。走る馬から投げ出されたような衝撃で、普通なら大怪我になる速度で転んでいたが、起き上がったエリス様は自分の両手を見て、痛みがまるで無いことに驚いている様子だった。
「私は大丈夫です! 申し訳ございません! このまま練習させてください!」
これならやれると、精霊から授かった力に確信を抱いたのだろう。僕らが心配そうな顔して見守る中、大木に激突したり、足が地面に突き刺さって抜けなくなったりと何度転んでも、自分の力を確認するようにエリス様は止まることなく前へ走り続けた。
高く飛ぶことも、強い脚力で地面が割れる事にも、いちいち驚いて体が強張り、今はまだ動きがぎこちないが、光の鎧を身につけたエリス様の防御力は、こちらが驚かされる程のもので、高いところから落ちたくらいじゃ怪我はしなさそうだった。
嘘か本当かも分からない言い伝えに過ぎないが、かつて魔王を倒したパーティには、精霊付きのメンバーがいたと言う話もある。レイシア様は調和を司る神の化身とすら言っていたし、そんなものの力を使役して、鍛錬を積んで熟練度も上がったら、一体どれくらいの力をエリス様は手に入れるのか。急に強くなったことに驚いているせいもあるけど、代償の無い力も存在しないのだから、不安にもなってくる。
エリス様は精霊の力を制御しようと頑張ってるんだ。今は信じて、僕は僕のするべきことに集中しよう。
僕はエリス様の心配をしながらも、偵察のために待機していた騎士たちに、当たるスレスレで矢を放った。居場所がバレていると悟った騎士は次々に本隊に合流するため、足ばやに撤退を再開させていく。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「え? あ……」
暫くは10メートル級の跳躍も様になってきたエリス様だったが、急に止まってと言われても、体の勢いをどう逃して良いかわからず盛大に転がった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です」
強い衝撃にも慣れてきたのか、土埃の中から苦笑いして現れるエリス様は、恐怖心も薄れてきたようだった。
「どうしたの?」
「1キロ先に騎士団がいます。このままだと追いついてしまいそうです」
「下手に追いついて交戦になるのも面倒ね」
「馬だって叩かなきゃ、速くは走らないわ。少しくらい驚かせば、アイツらも気合いが入るんじゃない?」
「ん〜。じゃあ、ミリィ。ちょっとだけ、驚かせて」
「ふふふ……そうこなくっちゃね。私を役立たず呼ばわりしたことを後悔させてやらなくちゃ」
「ちょっと、ちゃんと手加減しな……」
「【
ミリィ様は鳴らした指で標的方向を指差した。巨大な空に向かって連なった魔法陣が強く光ると、太陽のように煌々と燃え始める。高く聳える木々に遮られた狭い空でも、天にも届きそうな炎の柱はよく見えた。地面を揺らす轟音と共に、生暖かい空気が突風となって僕らの間を通過していった。
夕日に照らされたように、少し赤くなるバーベルとアンガル王の顔は呆然としていた。
「手加減してって言ったでしょうが!?」
「ちゃんと手加減したわよ。見た目だけで、大した威力じゃないわ」
「騎士たちが驚いて、再び走る速さを上げました」
「ほら」
ミリィ様は勝ち誇った顔で、ニヤニヤしながらレイシア様を見る。攻撃地点も騎士団からは遠いし、怪我人もいない。手加減したかどうかはさておき、結果は大成功だった。
「分かった。じゃあ、行くわよ」
レイシア様は少し悔しそうにしていたが、げんなりした表情でミリィ様の功績を認めた。僕らはまだまだ騎士たちを追い続ける。誰も傷つけることなく、抗争を拡大させないよう、撤退を誘導していく。
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