第91話 月夜

「少し止まりましょう」


「どうしたの?」


「騎士達も体力の限界のようです」


「そう、じゃあ私たちも少し休憩しましょう」


 ミリィ様の膨大な魔力で威嚇しつつ、一定の距離を保ちながら騎士団の後を追い続けた。本隊から遅れ出した騎士は、魔法使いの回復魔法で体力を補いながら進んでいたが、その魔法使いたちの魔力が底をつき始めた。動けなくなった仲間のために、決死の覚悟で立ち向かってくる可能性もあるし、それこそ負の感情を助長しかねない。

 限界までは深追いしない。相手の心を気遣いながら追い払うのは、なかなか難しかった。

 日が落ちた頃、騎士団の足は完全に止まる。【鷲の眼イーグルアイ】で騎士達の表情をよく観察する。ここまでの逃避で決意が闘うことよりも逃げることに集中しているのか、表情に闘志は見られない。みんな俯いて、体力を回復させることに手一杯といった感じだ。


「貴方、矢は足りてるの?」


「それが、鉄の矢しか無くて……」


「鉄って、その矢筒で複製するんだっけ?」


「しないんです」


「じゃあ木の矢も入れておきなさい」


 【空圧刃線セル】で大木から、必要な分だけを削ぎ落とすように切り出して、それらを焚き木にした。思いのほか矢に適した材質だったのだろう。その際、レイシア様は僕の矢筒に入っている、矢の減り具合を見て気遣ってくれた。

 高さ1メートル、横12センチ、奥行き5センチほどの四角柱の木材に【空圧刃線セル】を四方から当てて、余分な部分を切り落としていけば、あっという間に木の矢が完成する。一本の四角い木から彫刻された矢は、無駄な接合部分が無く、空気抵抗を受けないよう限りなく滑らかに、そして真っ直ぐに仕上げられている。何よりも目が奪われるのは、押せばグニャグニャと曲がるほど薄く切り出された矢羽だ。これは本物の羽根と遜色ないくらい、よくできている。

 僕は申し訳ないからと断っていたけど、レイシア様は「単なる暇つぶしだから」と言って、神童の集いで旅に出た時は、よくこうやって木を切って矢を作ってくれた。でも、暇つぶしと言うわりには直ぐにどんどんと凝り始めて、矢を作るためだけに種から【樹勢加速グリンク】で木を生成して、「これが矢に適した伸縮性のある木なの」と言って品種改良までし始めたところで、僕は泣いてお断りした。それ以来、市販の安い木の矢を買っていたが、新品の矢に買い換える度にレイシア様は不機嫌そうな顔をしていたのを思い出す。


「ありがとうございます。レイシア様」


「ふふ。貴方のためなら、幾らでも作ってあげるから、無くなったらちゃんと言いなさい」


「はい」


 覚えのある綺麗な木の矢を見ると、本当に神童の集いにいた頃に戻ったような気分になる。心の底からの感謝を伝え、貰った木の矢を矢筒に入れると、原物を元に銀の矢筒が次々に複製していった。


「【精霊の祈りアテナス】」


「ありがとうございます。エリスティーナ様」


 騎士は疲労困憊だが、こちらはエリス様が定期的に回復魔法をかけてくれるので、体力的な問題がない。この道を通ってテルストロイから逃げていた時は、何回かの発動で枯渇症になっていたのに、今ではそんな様子が全く見受けられない。【王の血レクステリトリー】、配下の士気が高まるほど、自身の力が向上する。つまりは配下の数が多ければ多いほど、能力が向上していくということ。急激な魔力値の上昇は医療班の指揮権を与えられた時から始まっていたんだろう。今となっては僕よりも魔力を多く持ってるんだら、伸び代の塊としか言いようがないくらい、とんでもない固有スキルだと改めて思う。


「どうかしましたか? ケイル」


「いえ、何でもありません」


 5時間ほど経過して、暗闇の中で騎士が動く。僕らが追いかけて来ているかどうか再確認するため、数人が後ろに引き返してきた。


「レイシア様、起きてください。レイシア様」


「んえ……? な、なに……?」


「偵察の騎士がこちらに向かってきます」


「……あら、もう休憩は済んだのかしら。騎士はどの辺?」


「1キロ先です」


「1キロね。了解! 【獄炎爆柱エビテンスブレイク】!」


「ちょ、ちょっとまった……!」


 真っ暗な暗闇に、炎の柱が轟音と共に出現すると、偵察の騎士は慌てて本隊に戻る。その本隊も、もはや闘う意思は微塵も残っていないようで、すぐさま撤退を再開させた。

 最初は結果に満足といった笑みを浮かべていたが、寝起きの耳に爆弾を落とされたレイシア様が不機嫌そうにじとっとした目で睨むと、ミリィ様は気まずそうに視線を逸らした。

 逃げる騎士の中でハイルスが深くフードを被った一人の魔法使いにしがみつき、何かを叫んでいる。ハイルスは戸惑った表情を見せて逃げて行くが、魔法使いはその場に立ったまま動かない。

 僕は作って貰ったばかりの木の矢を、魔法使いの顔面スレスレに放った。が、矢羽でフードが切れても、その魔法使いは微動だにせず、こちらの方向をじっと睨んでいる。


「どうしたの?」


 僕が追いかける素振りを見せないから、ミリィ様が問いかけてくる。


「シェイル様」


「なんだ?」


「シェイル様には、確かご兄弟の方が……」


「ああ、兄が二人いる。それがどうした。いま話す事じゃないだろう」


「そのご兄弟の中に、ジェームスという方はいらっしゃいますか?」


「……ジェームスは私の兄だが」


 最初はしんがりをするために立ち止まっているのかと面倒に思ったが、風にフードを取られ、素顔を明らかにした男は、警告のため一度ローデンスクールに顔見せた魔法使いだった。そして、当初より違和感があったエルバーンという名も、シェイル様の言葉で理解する。


「おそらく、シェイル様のお兄様が前にいます」


「え?」


「は?」


「騎士団とクロフテリアが交戦した際、二人の騎士が警告に訪れました。そのうちの一人が、ジェームス・エルバーンと……」


「まさか、兄さんが戦場にいたのか」


「……どうしますか?」


 シェイル様は無言のまま、足を前に進めた。仮眠をとる前に解除した【重力干渉デルトナ】を再び発動させようとレイシア様が呼び止めても、それを聞かずにシェイル様は自力のみで跳躍せずに走っていった。慌てた僕らも跳躍せずに自力で追いかけたが、精霊を憑依させてないエリス様が遅れ出して、僕は背負って走ることにした。


「……兄さん」


「……シェイル。俺の言いたい事は、分かっているか?」


 生い茂る草木の隙間から、月の光だけが注ぐ場所で、ジェームスは一人で立っていた。兄の問いかけにシェイル様は答えられない。叱責を受ける理由はわかっているが、何をどう説明しても言い訳にしか聞こえないことを、分かっていたからだ。


「あの障壁魔法を見た時、肝を冷やした。あんな事が出来るのは、お前しかいない。自分の弟が、騎士団に害をなしていると直ぐに分かったからだ。……お前は、自分が何をしているのか分かっているのか? お前のやったことは、国に欺くこと、家名を傷つける行為、騎士を目指す者として有るまじき反逆だ!」


「ちょ、ちょっと待って! ジェームス! これには深い事情があるのよ!」


「ミリアルディア様、レイシア様。やはりあの攻撃はお二方でしたか。どうりで強いわけだ」


 言葉に詰まるシェイル様を庇おうとミリィ様が前に出たが、ジェームスの鋭い視線は緩まない。どんな事情があるにせよ。許さないことを前提に話しているようだ。


「聞いて。アルテミーナ様はいま、呪いをかけられて我を見失ってるの」


「呪い?」


「魔王が復活を企んで、【伝染する悪意アムディシア】っていう人の悪感情を助長させる呪いを放ったの。魔王の力の源は、私たち人間の負の感情、それを掻き立てるための呪いなのよ」


「……申し訳ございませんが、たとえミリアルディア様であろうと、騎士の進軍を、王の意向に反く者は反逆者として処罰しなければなりません」


「なっ!? 分からずや……」


 急に魔王とか呪いとか言われても、理解して貰えないのは当然のことだった。しばらくの無言。どう説得しようか考えている間も、ジェームスはシェイル様を見て、シェイル様の言葉だけを待っているような気がした。

 強い光が僕らの前を歩いていく。僕の背から降り、精霊を憑依させたエリス様は、銀色の魔法陣が動く目で、じっとジェームスを見つめていた。

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