第85話 悪意
「体調は大丈夫ですか?」
「ああ、体は何ともない。気分は泥の中で溺れていたかのように
「あの、アンガル王?」
「
「私はレイシア、そしてミリアルディアとシェイル。アミ……ケイルの仲間です」
レイシア様が紹介すると、ミリィ様もシェイル様も順に小さく頭を下げた。御三方とも一国の王に対する敬意を持って、畏まった態度だった。
「ほうか……。
「い、いえ……。あの、意識が錯乱していたようですが、一体何があったのでしょうか?」
「……
詳細なことはもっと検証を重ねなきゃ分からない。でも、ティオが言った呪いの話を加味すれば、アンガル王の戸惑った表情にも合点がいく。
《その者は、呪いが解けて本来のあるべき心を取り戻したのです》
「……誰だ?」
「精霊様です」
「
「……はぁ。本当に信じるしかなさそうね」
レイシア様は観念したようにため息をつく。精霊を憑依させたエリス様の荘厳なオーラ、憑き物が取れたかのように困惑した心境を吐露するアンガル王。目の前の現実はティオの証明には十分なものだった。
「ああ、もうマジなの? それって本当にヤバく無い?」
「ヤバイですね。世界最恐クラスでヤバいです」
エリス様に取り憑いていたものが悪いもので無かったと知れて、一つの不安は解消されたが、精霊が信じるに値するものになると、それはそれで不味い事ばかりが次々に予想されていく。
「精霊様、いや、ティオ様。協力して欲しいと仰っていましたが、具体的に私たちは何をすればよろしいのですか?」
《地上に蔓延した呪いを浄化し、人々の負の感情を抑制して頂きたいのです。そうすれば、もしも魔王が復活を遂げても、力を削ぎ落とすことができます》
「浄化って、今エリスティーナ様がやったみたいに?」
《はい》
「私たちの浄化魔法では、呪いは解けないのですか?」
《ガストラの呪いは人の心の奥深くに入り込みます。呪いを掛けられて日が浅ければ、容易に浄化することもできるでしょうが、呪いの影響が表に出た時には、残念ながら、私の力でなければ完全な浄化は難しいかと思われます》
「はぁ……厄介ね。とりあえず、世界中の聖職者を掻き集めて、手当たり次第に浄化してみる?」
「できんの? そんなこと」
「無理ね。少なくとも今は」
レイシア様は樹海の方を見る。察して欲しいのは、木々に潜む騎士たちの姿だった。
「リングリッドが他国に侵略を始めてる。こんな状況じゃ、世界中の人間が協力し合うことなんて出来ないわ」
「じゃあ、どうすんのよ」
「とりあえず、混乱を作り出してるアルテミーナ様から何とかしないと……。このままじゃ騎士団が世界を掻き乱して、余計な争いが増え続けるわ」
「……だ、誰に相談すればいいの?」
「国王が呪いにかかってるなら、その周辺も同じように伝染してるかもしれない。王宮内の人間も、貴族たちも信用できないわ。呪いを見分ける方法が無いなら、安易に相談するべきじゃ無いでしょうね。私たちで何とかするしかないでしょ」
「は? 何とかって……」
「エリスティーナ様をアルテミーナ様の元へ連れて行って、浄化してもらう。それしか無い」
ミリィ様は言葉を失う。エリス様は反逆の罪に問われている。のこのこと国に戻ってエリス様の身に万が一の事が起きたら、それこそ打つ手が無くなってしまうかもしれない。結論としては正しいかも知れないが、一国の王を相手にどう交渉したら近づけるのか、全く見当もつかなかった。
「うぉい! テメェら! そこで何してやがる!?」
「……モーガンさん」
騒ぎを聞きつけてやってきたのか、少し慌てた様子で狩猟班のリーダーは駆け上がってくると、付き従える男たちも姿を見せる。威嚇するような赤い髪に赤いロングコートで強面の顔は、一見、不良にしか見えない。御三方は紹介を求めるように僕を見る。
「あの、モーガンさん。リーダーの皆さんを集めて貰えませんか?」
「あぁ? ……この時間にか?」
「はい。凄く大事な話なんです」
まだ御三方の紹介が済んで無いし、精霊の事情も話しておきたい。事情もろくに把握していないモーガンだったが、僕が真剣に話すと直ぐに召集をかけてくれた。
「こちらはリングリッド王国から来た、僕の仲間のミリアルディア様、レイシア様、シェイル様です」
「ケイルの仲間なら、俺たちの仲間でもある。だが、誰かを招き入れる時は、今度からは直ぐに報告してくれ」
「は、はい。すみませんでした」
「俺はこのクロフテリアの頭領をしている、ワモンだ。右からアメルダ、バーベル、モーガン、そして……」
主要者たちが集まる頭領の部屋で、改めてミリィ様たちの紹介を済ませると、ワモンは手前から順に主要者たちの名を呼び、呼ばれた者は軽く反応して顔を見せた。広場のリンゴの木や、貯水室で盛り上がった水祭りの騒動も、それとなくリーダーたちの耳に入っていたようで、知らない何者かがローデンスクールを
「ふぁ〜……。なぁケイル〜、大事な話ってソイツらの事だけか? 俺、もう眠いんだけど」
「そ、それは……」
アメルダが退屈そうに欠伸を交えるのは、御三方の紹介を簡易的に済ませたせいだろう。Sランク冒険者と知れば、目の色変えて腕試ししたくなるだろうが、今は面倒なので紹介は割愛する。
僕から話すべきか、御三方もエリス様も小さく頷いて許してくれた。
精霊のこと、魔王の悪意、呪いの存在を伝えたが、言葉ではどうにも信じられないようで、頭を下げて謝罪するアンガル王に呪いの影響もあったことを付け加えても、主要者たちは懐疑的な顔を変えなかった。初めて話を聞いた僕らだって、簡単には信じなかった。魔法自体が軽薄なクロフテリアでは、なおさら理解し難いことかも知れない。
《初めまして、クロフテリアの皆様。私の名はティオと申します》
「なっ!? だ、誰だ!?」
「精霊様でございます。どうぞ、落ち着いてください」
「精霊って……この声がか? どっから喋ってる?」
《私はエリスティーナと共におります》
「何者なんだ?」
《私は皆様方、人の善意が寄り合わさり、思念の集合体として自我を持った霊的存在です。エリスティーナを依り代として、現実と交わる事ができております》
頭の中に響く得体の知れない声に、主要者たちは身構えた。思念の集合体、霊的存在、依り代と言われても、憑依魔術も知らない彼らは、ただただ困惑するばかりだった。
百聞は一見にしかずと思ったのか、強い光に視界を奪われた後、瞼を開けるとそこには精霊を憑依させたエリス様の姿があった。光に包み込まれた神秘的な姿に主要者たちが感動したのを見届けると、エリス様は長く息を吐いて憑依を解いた。
「……ん〜! お前はエリスの仲間なのか!?」
《はい》
「なら良い!」
アメルダが腕を組んで豪快に了解すると、他の主要者たちもそれ以上深く考えることをやめたようだった。考えたところで自分たちには分からない、そう開き直っているようにも見えた。
「その変な魔王とか言う奴が……あー、アムなんちゃらを……」
「【
「そう、その変な呪いをばら撒いて、色々とめんどくせぇことをしてるって事なんだな?」
「は、はい」
「じゃあ、魔王って奴をぶっ飛ばせば良いんだろ? 何処にいんだ? ソイツは」
「話を聞いてなかったのか? 魔王はまだ居ない。復活を遂げるために、人の負の感情を掻き立てているのだ」
「あぁ? ……ん〜、よくわかんねぇな」
「何が分からない」
「結局、悪い奴は誰なんだ? どいつをぶっ飛ばせば良いんだよ」
歯切れの良いサバサバとした口調で言うアメルダは、事情を分かっているのか、いないのか、少々不安なところもあったが、結果として最後の問いは、主要者たちにも分からない疑問と重なったようで、僕たちの方を見て答えを求めてきた。
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