第83話 精霊
「せ、精霊様……?」
《私のことはティオと》
「ティオ様……それが精霊様のお名前なのですか?」
《はい》
【
《話したい事や、知りたい事は多くあるでしょう。しかしその前に、皆様には伝え無ければならない事が有ります》
「皆様……って。私たちにも?」
《はい。皆様こそは、世界を救うため導かれた救世主たり得る存在。全員の力が揃わなければ、闇を抑えることは出来ません》
「闇……? 闇って何のこと?」
《闇の支配者、かつてこの世界の支配しようとしたデム・ガストラが、いま復活を目論んで動いています》
「デム……ガストラ? 誰よ、それ」
《皆様には魔王と呼んだ方が分かり易かも知れません》
「ま、魔王……?」
どこにいるかも分からない相手に、ミリィ様は適当に上を向いて話しかけていたが、突拍子もない言葉で息を詰まらせた。
魔王はおおよそ500年以上前に出現した最強の魔物として伝えられているが、どれもが口頭の伝承に過ぎず、詳細な情報もないので姿形も知られていない。デム・ガストラと、魔王に名前があることも初めて知った。神童の集いが結成された頃にレイシア様から聞いた話では、魔王の存在を記した書物は
そして、何故その話になったかといえば、神童の集いを招集した学園長オルター・バーセン様の信じ難い逸話を耳にしたからだった。入学以来、一度も目にしていなかった学園長に初めて会えたのは、「神童の集い」というパーティ名を授かった時で、卒業してからのこと。幾重に用意された強固な封印を通り抜け、学園本館の地下深くに通じる階段を下ると、壁一面に術式が刻まれた広い空間に出る。学園長はそこで氷漬けの状態で椅子に座っていた。腐敗を受け入れることで、道を外れた魔法使いはリッチとなるが、オルバー様はそれを選ばず、氷の中で細胞の劣化を極端に遅らせているようだった。かつて魔王を討ち果たした伝説の勇者パーティ「光の使者」の元メンバーだった学園長は、書物による伝承が出来ないことを危惧し、パーティメンバーが全員亡くなられた後も、魔王の恐ろしさを伝えるために延命し続けているという。
使命を果たすために何百年ものあいだ氷の中で過ごしているという話を聞いた時は信じられなかったし、実際に目の当たりにした後も、それが現実なのかどうか、少しのあいだ信じきれなかった。
《魔王は人間に呪いをかけました。私はこれを伝染する悪意、【
「【
《人の憎しみ、嫉妬、恐怖、不安、怒り、野心を増長させる。その負の感情は人から人へと移り渡り、新たな負の意識を派生させていく。凶悪な呪いです》
「なにそれ……こわ……」
「簡単に信じないで、ミリィ。そんな呪いがあったら、とっくに誰か気付いてるはずでしょ」
《人は元来、邪悪な心と誠実な心を持ち合わせています。自らの闇が勝つか、光が勝つかか、それはその人の心根次第。もしも闇の側面が勝ったとしても、それが呪いの影響かどうか、人が見分けるのはほぼ不可能です》
「私たちに見分けるのが不可能なら、どうやって貴方の言うことを信じればいいと言うの?」
《信じるも信じないも、現実は変わりません。呪いを放置し、何もせずに手をこまねいていれば、いずれは世界が混沌に包まれる。そして、その始まりを既に皆様方は目にしているはず》
混沌の始まり、その心当たりが無いと言えるほど、今いる場所は平穏じゃ無い。抗争に次ぐ騎士団の侵略。これを混沌と言っているのか否か、レイシア様は考えて静かになる。次に声を発したのはシェイル様だった。
「……人間に呪いをかけたと仰いましたが、具体的には誰に?」
《もはや、その数を定める事は出来ません。しかし、その中で最も力のある者を示すなら……それは……アルテミーナ・フォン・リングリッド。リングリッド王国を統べる王です》
途方もない名前に全員が沈黙した。声も出さずに、口を開けて動かなかった。驚愕の情報に脳が拒否反応を示しているのか、ティオと名乗った精霊が、嘘をついているかもしれない理由ばかりを探していた。しかし、どんなに考えてもその理由は見つからず、精霊は続けて話す。
《魔王の力の源となるのは、人間の負の感情。復活を目論むガストラは、負の感情を掻き集めるため、一滴の闇を水面に滴らしたのです。全ての争いは、その余波。人の憎しみを増幅させるガストラの悪意なのです》
一体全体、何が起きているのか、それを世界的な尺度で考えるには、やはりもう少し時間がかかる。一気に緊張した気持ちを和らげるため、強くため息を吐いて肩の力を抜いた。御三方も気持ちを落ち着かせながら
、お互いの顔を見る。この話を聞いたのは、おそらく世界でここに居る5人だけ。もしもそれが真実なら、大変なことになる。俄には信じがたい情報にも、落ち着いて対処する必要があった。
《このままでは、世界が悪意に包まれ、魔王は復活を遂げてしまいます。どうか、私に力をお貸しください。皆様の力で、世界の調和を取り戻すのです》
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! そんなの急に言われても……」
「なかなか信じ切れるものじゃないわね」
精霊が嘘をつく理由は見えない。だからといって安易に信じ切れるほど、人間の頭は柔軟に出来てない。御三方の態度は、拒絶というよりも、様子見といった感じだった。
「……エリス様。エリス様は、どのように思いますか?」
「……私は、精霊様を信じます」
「その根拠は、何なのでしょうか」
「それは……」
レイシア様が問うと、エリス様は答えられずに視線を落とす。ティオと強い結びつきがあるのは、エリス様だけだ。意地悪をしたい訳じゃないが、レイシア様も確信が持てる特別な情報を聞き出したかったのかも知れない。
「どうしたの?」
シェイル様の視線が鋭くなる。その視線を追ってミリィ様の背後を見ても、光が遮断されていて外の様子を窺い知ることは出来ない。
「……何かが壁を叩いています」
「何かって、なによ」
「僕が見てみます」
「頼む」
【
「アンガル王のようです」
「うぇっ!?」
ミリィ様は慌てて振り返り、少し距離をとった。「本当にアンガル王が居るの!?」と言うミリィ様。そういえば、言葉では伝えていたけど、まだ御三方は実際に会ってはいなかった。面識のない御三方からすれば、テルストロイの王に威厳ある姿を想像するかも知れないが、何度ともなく痴態を目にした僕からすると、全くもって恐縮することもない。
……ん? 何か様子がおかしい。
壁を叩き続けるアンガル王は、虚な目で徐々に狂ったように姿勢を歪ませていった。
「何か、様子が変です。シェイル様、障壁を解除して下さい」
冗談を混ぜない僕の言葉に反応して、全員が立ち上がる。シェイル様はミリィ様とレイシア様の前に、僕はエリス様の前に立って身構えると、壁が消えた瞬間に、もたれかかっていた体が倒れ込むようにして、こちらに向かって襲いかかってきた。
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