第82話 力

「ええっと……私は何をすればよろしいのでしょうか」


「座ってて頂ければ結構です。私も慣れている訳では無いので、多少時間が掛かります。リラックスして、お待ちください」


 能力鑑定の要件を伝えると、エリス様は二つ返事で応えた。気持ちは僕と同じだろう。分からない不安を抱えたままでいるよりは、不良でも明らかにしてもらった方が幾分か安心できるはずだ。

 再び頂上に座り、シェイル様が【不変の領域ゴールデンサークル】を展開させた。固有の能力値は、必要以上に他人に教えるものじゃない、特にそれが王女様なら尚更。シェイル様はレイシア様に注文され、今度は光も遮断して、風の音も外の景色も無くなり、あたりは真っ暗になった。

 レイシア様が【多元収納ワーム】から小さな魔光石を取り出し、中央に放り投げる。夕陽色の淡い光は、蝋燭を囲んでいるようだった。


「【能限測量パルプス】」


 エリス様を囲って魔法陣がクルクルと回る。僕もミリィ様もシェイル様も邪魔しないよう4、5分の間、口を閉じて静かに座っていた。転職事務所で測定して貰った時はものの数秒で完了したが、流石のレイシア様も普段は使わない魔法となると、本業の鑑定士よりは速度が劣るようだった。


「【情報印示オープンレクト】」


ーーーーーーーーー

【攻撃力】 230

【防御力】 185

【魔力】  5082

【知力】  356

【命中力】 132

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 空中に光の文字が浮かび上がる。【情報印示オープンレクト】は発動者の記憶やイメージを文字にして表に出すスキル。そこには、計測を終えた能力鑑定の簡易的な結果が記されていた。


「……なにこれ」


「これは、本当に正しいのですか? レイシア様」


「多分ね。それほど外れた数字じゃないと思う」


「あの、なにか……?」


 僕らが示された数字に驚くと、数値の標準が分からないのか、エリス様だけが不安そうな顔をする。

 一般的に何も訓練していない人間の平均値は100前後で表示される。それが、人間の為に作られた鑑定スキルの標準だ。男で力仕事をしていれば、攻撃力が130を超えることは良くある。女性なら80くらいあれば力持ちと言われる。しかし、エリス様の能力値が示す攻撃力は230。男性の平均値の2倍の筋力を示していた。


「……とりあえず、スキルの測定をしてから話しましょう。エリスティーナ様、もう一度、リラックスしていてください。今度は先ほどよりも時間がかりますので」


「は、はい」


「では、失礼致します」


 レイシア様は微笑んで誤魔化すと、エリス様の額に指先をつけ「【契約覗認オートパルキース】」と唱えた。今度は基礎身体能力とは違い、保有スキルの性質を調べる鑑定魔法。脳に刻まれた魔術回路を分析する高等魔法であり、繊細な作業を要求されるのは言うまでもないが、数多あるスキルの中から、これというものを特定するには魔術への膨大な知識が必要になる。【契約覗認オートパルキース】が使えるか使えないかが、一般的な普通鑑定士と王宮に仕えるレベルの上級鑑定士を分ける基準でもある訳だが、それを難なく出来てしまっているレイシア様は流石としか言いようがない。

 20分程が経った。目を閉じるレイシア様は時折、首を傾げながら眉間にシワを寄せていたかと思えば、「へへへ」とニヤけて笑う。


ーーーーーーーーーーーーーー

王の血レクステリトリー

 ・配下の士気が高まるほど、自身の力が向上する。

 ・配下の士気が高まるほど、配下の力が向上する。

 ・自身の気持ちが高まるほど、配下の力が向上する。

 ・配下の思考を洗練させる。

 ・信頼を得やすい。

 ・気持ちの強さで覇気が増す。

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 右手をエリス様の額に当て【契約覗認オートパルキース】を続行させながら、左の人差し指を立てて【情報印示オープンレクト】を唱えると、レイシア様の伝えたい文字が空中に浮かび上がる。


「……また、とんでもないスキルね」


「人の上に立つことを、宿命づけられているようです」


「【王の血エクステリトリー】……。私にそんなスキルが……」


「ふふふ……。まだ、あるのよ。とんでもない、レアなスキルが。見たことない羅列。でも、一つ一つを紐解けば理解できない事はない。色々とごちゃごちゃしてるけど、何とか解読して見せるわ」


 レイシア様はもう歯を隠さずに、ニタニタとしながら言う。未知の領域に足を踏み入れたレイシア様は、いつもこんな感じで少しだけ我を忘れる。知らない事に巡り会える事が、何よりの喜びなんだろう。凡人の僕にはまるで理解できない知識の海で、難題に立ち向かうレイシア様はとても楽しそうだった。

 そして、そんな事情を知らないエリス様は、不気味に笑うレイシア様に顔を引き攣らせていた。

 さらに1時間が経った頃、汗を流すレイシア様が久しぶりに動いて、僕らは期待を隠せず姿勢を正した。空中で揺れる文字が、自分の居場所を探して整列する。


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精霊の恩恵アウディーティオ

 ・精霊を憑依させることが出来る。

 憑依時:【精霊の声レディオン

      邪悪な心を浄化させる。

     【精霊の剣モータルレイ

      聖なる剣を出現させる。

     【精霊の加護ホーリーコール

      光の盾を出現させる。

     【精霊の眼グランドアイ

      邪悪を見る。

 ・精霊の力を借りる事が出来る。

  【精霊の祈りアテナス

   傷を癒す。

  【精霊の息メルトゥークス

   物質を浄化させる。浄化の力を付与する。

 ・闇を引き寄せる

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 見たこともないスキルに、しばらくの間、声を失った。冗談半分でほのめかしていた話が、現実として表示される。エリス様が聞いていた声、そして僕が一度だけ聞いた声、光の鎧、白い翼、そのどれもがスキルの熟練度に応じて現れ始めていたものだとしたら、得体の知れなかった存在にも確証が見え始める。


「エリスティーナ様!」


「は、はい!?」


「古い文献では、精霊は伝説的な存在として記されています! 世界の調和を司る神の化身だと! これは凄いことですよ!?」


「ちょっと、落ち着きなさいよ、アンタ」


「……そ、そうね。鑑定が正しいとも限らない。本当に精霊かどうか、もっと詳しく調べないと分からない。決めつけるのはよく無いわ」


 困惑するエリス様を両腕を掴み、レイシア様は歴史的な大発見をしたかのように興奮して話す。ミリィ様が落ち着くよう肩に手を置くと、ゆっくりと深呼吸して、いつもの平静さを取り戻していった。


「そういえば、エリスティーナ様は何かの声を聞くと……ケイルが言っていましたが、それは本当ですか?」


「……はい。ここ最近は、もう何度も声を聞いています」


 レイシア様の言葉が確信に迫る。エリス様は僕と少しのあいだ目を合わせると、訝しい気持ちを含んだ表情になる。


「確証はありませんが、もしかしたら、それは精霊の声かも知れません」


「精霊様……」


「邪険にせず、疑わず、その声に耳を傾けて下さい。自信を持たなければ、スキルは上手く発動しません」


 エリス様は目を閉じて、深く呼吸をする。肩の力を抜いて、受け入れることに集中している様子だった。


《……ああ……。やっと私の声を聞いて下さるのですね。エリスティーナ》


 頭の中で響くような声は、間違いなく以前に聞いた声。どこから発している声かも分からず、僕らは自然と首を上に傾けていた。

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