第81話 夜風
次に見学したのは製鉄所。そこには夜中でも交代制で鉄を打ち続ける製鉄班のみんなが居た。魔法障壁で砕かれた剣や槍の修復、僕の鉄の矢を製作し続けている。
「コラァ! 子供は危ねぇから、入ってくんじゃねぇ!」
「す、すみません! ほら、みんな。入っちゃダメですよ!」
「えー! ケチー!」
「ケチー! ケチー! ケチー!」
様々な魔法を見て楽しくなったのか、夜中でもずっと明るい溶鉱炉に惹かれてしまったのか、子供たちは僕らを追い越して製鉄所を駆け回る。
叱られた子供たちは不貞腐れていたが、クロフテリアの女性たちが寝る時間だと問答無用で連れて行ってしまった。野次馬のようい僕らについて来ていた男たちも、なぜ子供を叱らないのかと女性たちに責め立てられ、そそくさと退散していった。屈強な男たちも、女性の怒りには敵わないらしい。
「て、手作業でやっているの?」
レイシア様は煙たそうな顔をして言う。一般的な鍛治師なら、魔力を駆使して錬金や形成していくものだが、クロフテリアは金槌で叩くだけ。あまりの非効率っぷりに嫌気がさしたのかは分からないが、珍しさが勝つと目を凝らして一人一人の職人たちを観察していた。
「はい、クロフテリアには魔法を使える人が一人も居ません。作業は全部手作業で、体力だけが原動力です」
「この鉄の山も、全部手作業ってこと? 途方ない作業ね」
「ここにいる人たちの気力や活力は、本当に凄まじいです。他のどの国でも見たことないと思いますよ」
流石の暑さに長い時間は耐えきれず、しばらくして風の当たれる場所に出た。振り返ると付いてくる人も居なくなって、ようやく静かになる。涼しい夜風が心地良い。樹海の方を見ると、焚き火の火も少なくなって、少数の見張りを残して騎士団たちが休息を取っているのが見えていた。
泥臭くも懸命に生きるクロフテリアの基礎生活を肌で感じ始めた御三方。何か思うところがあるのか、風にあたる表情は真剣になる。
「ねぇ、アミル君。ここの人たちは、一度は攻め込んできたアンガル王と、何の縁もゆかりもないエリスティーナ様を助ける為に戦ってるのよね? それって何のためなの? 争い事が増えるだけで、ここの人たちには何の利益もなくない?」
「それはクロフテリアの人たちが掲げる信念に深く関わりがあります」
「信念?」
「弱い者は助ける。強い者から逃げない。仲間は決して裏切らない。それが彼らの信念」
「……そ、それだけ?」
「はい。本当にその信念だけで彼らは行動します。不義理も不利益も憤りも乗り越えて、この信念だけを信じて行動を決めているんです。僕もエリス様もアンガル王も、そんな信念に救われて今生きています。頭で損得を考えて行動する人たちじゃなくて、なんて言うのか、心で行動してる人たちなんです」
「……よく分からないわね。信じられないわ」
「単純にバカなだけなんじゃないの?」
「ミリィ様、それは流石に失礼かと。少なくとも、アミルの命を救っているのですから」
「冗談に決まってるでしょ。真に受けないでよ」
聡明なレイシア様は思慮深い人でもあるが、それでも損害に見合わない事をするクロフテリアの姿勢は理解するのが難しいようで、改めて不思議そうな目でローデンスクールを見回していた。
「大丈夫ですか? 体調は悪くありませんか?」
「あ、ああ、問題ねぇよ」
「そうですか、何かあったら声を掛けてくださいね」
「あいつはさっき傷があった。治してやってくれねぇか」
「余計なこと言ってんじゃねぇよ」
下の階の通路で声が聞こえて、そっと見下ろした。【
「エリスティーナ様ってどんな人なの?」
「人の命を尊ぶ、とてもお優しい方です」
「それが、アンタがついて行きたいって思った理由?」
「はい」
「……ふ〜ん」
どうしてかミリィ様は不服そうな表情で口を尖らせる。何かまずいことでも言ったのか、他の御二方に確認するよう視線を変えると、レイシア様はさらに怪訝そうな顔で、エリス様に鋭い視線を向けていた。
「アミル君、エリス様のあの魔法は……何か知ってる?」
「……ええっと、回復魔法……ですよね」
「【
魔法やスキルの種類は多岐に渡っていて、弓のスキルばかり練習していた僕は、主要的な魔法名しか知らない。聴き慣れない回復魔法ではあったが、王族が習う特別な魔法か、知名度が低い魔法を使ってるくらいにしか思わなかった。
レイシア様は学園の図書館はもちろん、先生方の家にある蔵書まで読み漁り、習得可能な魔法は網羅した御方だ。神童の集いでは回復役を担当していたのだから、知らない回復魔法があると聞けば、なおさら驚く。
「……そういえば、エリスティーナ様の診察がまだだったわね」
「は?」
「ほら、こんな辺鄙な所へ来て、病気とかになってないか心配でしょ? 王族の不調を見逃したなんて知れたら、帰った後に何言われるか分からないわ」
「そんなこと言って、エリスティーナ様のスキルを鑑定したいだけでしょ?」
「べ、別にそんなことは〜……」
「是非、お願いします」
軽い冗談程度に微笑んでいたお二人だったが、僕にとっては願ってもいない機会だった。
「実はその……エリス様は、何か得体の知れない存在の声を聞いているようなんです」
「得体の知れない存在……何それ? 幻聴とか、そういう話?」
「いえ、実は僕も一度だけ、変な声を聞いたんです。その時は光る鎧がぼんやりと見えて……。あ、そうだ! 翼も生えたんです!」
「翼……?」
「エリス様の背中から、こう、おっきな白い翼が」
要領を得ない僕の説明に、ミリィ様とレイシア様は顔を見合わせて首を傾げる。腕で翼の大きさを表現してみたが、どうにも伝わらなかったらしい。
「う〜ん。本当に心配になってきたわね。とりあえず、保有してる力を鑑定してみましょう。アミル君、もう一度取り持ってくれるかしら」
「はい、もちろんです。……ですが、その……皆の前では、くれぐれもアミルの名は伏せておいて下さいね」
「わかってるわよ。さぁ、行きましょ」
困り顔で釘を刺すと、レイシア様は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべ、僕の体をクルッと回して背中を押した。
どこまで詳細な部分が測量できるのか分からないが、レイシア様の鑑定スキルで少しでも、エリス様の身に起きている不可解な声の正体が分かれば嬉しい。
僕らは必要以上に響く鉄の階段に気を使いながら、下の階にいるエリス様の元へ歩いた。
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