第80話 Sランク冒険者
御三方にクロフテリアの生活を案内する。今は夜中だというのに、疲労した体に鞭を打ってまで、来訪者に興味津々な人たちが後からぞろぞろとついて来る。危険なクエストで命を落とすことも多く、「元Sランク」の称号さえあれば、就職でも企業でも目指してさっさと引退してしまう人も多いので、現役のSランク冒険者なんて世界でも両手で足りる程度しかいない。噂を聞きいて、寄ってきてしまうのは仕方のないことだった。
「おねぇちゃん。魔法が使えるの?」
「……ええ。使えるわよ」
猫耳の女の子が目を輝かせて質問すると、ミリィ様が指をパチンと鳴らして火を起こすものだから、猫耳の女の子は「わー! 凄い!」と更に目をキラキラとさせた。よっぽど魔法らしいスキルだからか、僕が弓を放つ時より、周りの人の反応は大きい。
「ここには10万人ほどの人たちが暮らしています」
「そ、そんなに!?」
「迫害や偏見によって場所を追われた方が多く流れ着くそうです。彼らは毎日を生き延びるために、それぞれに役割を持って、協力し合いながら暮らしています」
住人たちも珍しがっているが、御三方にとっても全てが物珍しいのだろう。僕の声を聞きながら、四方をキョロキョロと観察している。
「与えられる役割は大まかに5つです。魔物を狩り、食料を調達する狩猟班。魔物を捌て調理したり、食料の保管をする調理班。負傷者を介抱する治療班。ダンジョンに潜り、鉄を採取するダンジョン班。鉄を加工する製鉄班です」
「ダンジョンがあるの?」
「はい、裏手に。僕も一度行ってみたのですが、驚いたことに、ここのダンジョンにはリッチのようなものが主として住み着いているようで、すぐに撤退してしまいました」
「リッチ!? それ本当なの!?」
「確証はないですが、【
「実に興味深いわね。帰る前に一度お邪魔しようかしら」
「僕が入った時に出現変化が起こりました。これ以上難易度が上がると、鉄の採取がし難くなるので、ダンジョン探索は遠慮してください」
「ふ〜ん、そう。じゃあ偵察だけにしておくわ」
いつもは冷静なレイシア様がことさら反応を示す。レイシア様は自分の知らないものに知的好奇心をくすぐられ易い御方だ。いつもダンジョンと聞くとそれだけで耳を
「ここは解体室です。狩ってきた魔物は調理班の皆さんがここで解体してます。」
鼻腔を突く臭いに全員が鼻を隠す。清掃する水も勿体無い今の解体室は、魔物の体液の腐った臭いが充満していた。部屋を突っ切れば、そのまま調理室を紹介できるが、この悪臭では窒息する危険性まである。遠回りするしかなかった。
「【
レイシア様が風を起こすと、解体室の瘴気に似た空気が一掃され、鉄でできた解体道具や壁面が新品同様に洗われる。後をついてきたクロフテリアの住人はことさら感嘆の声を上げた。
「ありがとうございます。レイシア様」
「別に、大したことじゃないわ」
軽く微笑む表情に、ふと神童の集いに居た頃を思い出す。問題があれば、いつだってメンバーの誰かが対処して、迂回路を選ぶことなんてなかった。というか、ロイド様がそんな面倒くさいことを許さなかった。無茶な要望に対処することで、幾分か僕らも勉強させられることが多かった。
「ここは調理室、解体された魔物がここで理調理されて、住民全員に配られます」
「【
調理室もまた腐敗臭が漂っていたので、レイシア様が簡単に浄化させた。ピカピカと魔光石の光を反射させる壁や調理器具に、さっきよりも大きな声が上がり、綺麗になった部屋に子供達が笑顔で駆け回る。
「今は騎士団との戦いが長引いてしまって、魔物を狩りにいけない状況が続いています。食料庫もからになってしまって、住民は殆どご飯を食べていない状態です」
「あら、それなら……」
広場に出たレイシア様は【
「【
レイシア様が魔法を唱えると、撒いた粒の数だけ小さな魔法陣が浮かび上がる。魔法陣には時計のように針が付いていて、それが一周した順から次々に消えていった。踏み固められた地面から、幾つかの小さな穴が開くと、黄緑色の若芽が顔を出す。新たな時計仕掛けの魔法陣が針を一周させると、緑色だった茎は徐々に茶色に変わり、見上げるほどの木に成長した。
また新たな小さな魔法陣が葉を覆い尽くすほど並ぶと、針が回るのと比例して赤いリンゴの実が膨らんだ。物を浮遊させる【
「はい」
「……食べていいの?」
「良いに決まってるでしょ。ほら皆も、食べたい人は食べなさい」
投げられたリンゴを手に取って、猫耳を生やした女の子は満面の笑みで「美味しい!」と言って完食した。その反応を見て、みずみずしい果実に涎を垂らした子供たちも、次から次にリンゴに手を伸ばした。
流石はレイシア様。植物の成長を促進させる力は、あの頃とまるで変わらず凄まじい。
「ほら、アミ……貴方も」
「あ、ありがとうございます」
レイシア様に渡され、僕も遠慮なくリンゴを頂いた。収穫したばかりのリンゴは、今まで食べたどのリンゴよりも甘く、香りが高いものだった。どうやったら美味しく実るのか、よく成長するのか、学園時代に培ったレイシア様の努力が、一つの実に凝縮されているようだった。
「どう? 美味しい?」
「はい。凄く、美味しいです」
「そう、それは良かった」
喜ぶ人たちの姿を見て、レイシア様も満足そうに微笑んでいた。
積まれたリンゴは小さく切って、住人たちが分けて食べる。ほんの少しでも空腹と渇きが癒やされて、イライラする気持ちも減ったのか、最初は警戒心をむき出しにしていた男たちも、完全に敵視を無くしていた。
「お母さん、喉乾いた」
「さっき飲んだでしょ。今は水が少ないから、我慢しなきゃだめなの」
「……はぁ。アミ……ケ、ケイル」
「はい」
「この場所は、水が取れないの?」
「貯水用の浄化魔法の効果が切れてしまったようで、今は煮沸消毒で何とか凌いでいます」
「貯水できる場所があるの? あるなら、連れてって」
リンゴの甘さで余計に渇きが出てきたのか、水を求める子供の声に、ミリィ様は深くため息をついた。
貯水室に訪れた御三方。レイシア様とシェイル様は、10メートルを超えるつぎはぎだらけの巨大な鉄の器に少し驚いた表情を見せたが、ミリィ様は淡々とした様子で足場を登っていった。
「【
10個の大きな青い魔法陣が出現すると、大量の水が滝のように10基の器にそれぞれ流れ落ちた。舞い上がる霧、住人たちは口をポカンと開けて、飛び散る雫を棒立ちになった全身で受け止めていた。当然ながら、出現させる質量はそのまま本人の魔力値に同等する。常人では到底不可能な量の水を出現させているにも関わらず、ミリィ様はつまらなそうな顔をして、とうとう器を綺麗な水で一杯にした。
僕らが3時間かけてやっと3基分の泥水を汲んで来たというのに、ミリィ様はほんの2、3分で10基の貯水槽を満杯にしいた。もう、何も言うことはない。住人同様、僕も膨大な魔力に感服するしかなった。
「ウゲぁあ!? こりゃすげぇな!?」
「これがSランクの冒険者かぁ! ちっさいくせに大したもんだなぁ」
「ちっさいは余計だっつうの!」
住人たちはガタガタと足場を揺らしながら駆け上り、器の中を見て驚いた。水があるという話は、瞬く間にローデンスクール中に知れ渡り、渇きに堪えて寝ようとしていた男たちが、大挙して押し寄せてきた。
「おい、お前ら! 水だぞ! こんなにいっぱいある! このちっこいのが、全部魔法で出しちまったんだ!」
「ありがとう! ちっこいの!」
「ちっこいの! 俺にも水の出し方、教えてくれよ!」
「ちっこいちっこい煩いのよ! アンタたち! 馬鹿にするんなら、この街ごと水の底に沈めるわよ!?」
「すげぇな! まだ水が出せんのか!?」
「水が出せるなら出してくれ! ちっこいの!」
「おら、飲め! もっと飲め!」
「ちょっと!? 水がかかるでしょ!? アミ……ケイル!? さっさと此処から離れるわよ!」
「え、あ、はい!」
歓声は収まらず、興奮した男たちはお祭り状態となって、余りある水をバシャバシャと周りに撒き始めた。「たかが水で大袈裟なのよ」と悪態をつくミリィ様は、服がびしょ濡れになる前に貯水室を後にした。
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