第79話 友達

「……人の少ない所へ行きましょ」


「頂上は比較的、人が少ないです」


「じゃあ、つれてって」


「はい……」


 興味津々な住人たちが、後ろからぞろぞろとついて来るどころか、先回りして進路を伺ってくるので、御三方と共に鉄山の頂上を目指す。人目を気にするレイシア様は、既に何となく事情を察しているようで、場所を移したのは僕の身分を隠すために配慮してくれたんだと分かる。


「【浄化の風エファティス】」


「「おお〜」」


 頂上に着くと、レイシア様の浄化魔法で風を起こす。スースーとひんやりした空気が通過すると、干魃地帯から運ばれてきた砂塵が払われ製鉄直後のように鉄板がピカピカになって、周りにいた住人は顔を明るくして驚いた。


「……シェイル。音を遮断してくれるかしら」


「はい」


 人気を避けるために登ったが、やっぱり頂上にも遠目からこちらを見る住人たちは居た。少しのため息を挟み、レイシア様が催促すると、頂上に【不変の領域ゴールデンサークル】が展開される。シェイル様の障壁魔法は、指定した特定の力を阻害する。空気の振動を阻害すれば、障壁の内外に音が通過する事はない。密談を交わしたい時の常套手段だ。当然、そう簡単にできるスキルではなく、大概の高等魔術同様、便利なものには高度な技術が要求される。それをあっさりとやってのけるのは、世界中どこを探しても、防御力の才を持ったシェイル様ぐらいなものだ。


「……つまりは、ロイドがアミル君を貶めるために、エリスティーナ様に嘘の告発をしたと」


「はい」


「世間知らずなエリスティーナ様は、嘘と知らずに立件してしまったと」


「……はい」


「それで? なんでアミル君がエリスティーナ様の従者に?」


「……な、成り行きで」


 御三方は「どんな成り行きだ」といった感じで、まったく同じタイミングでため息を吐く。もう色々な事が起き過ぎて、何をどう伝えたらいいかも分からない状況だが、エリス様と出会った時、亡命に失敗したこと、クロフテリアに助けて貰ったことと、ここに至るまでの経緯を、拙い説明力で記憶の限り御三方に報告した。


「うーん……。ロイドのせいでもあるけど、元を辿ればアルテミーナ様の暗躍で、エリスティーナ様が在らぬ罪に貶められた事から始まってるのね」


「今の騎士団たちの行動は、アルテミーナ様の野望を裏付けるものに感じます」


「王宮内で何が起きているのか、エリスティーナ様に詳しく聞いてみる必要があるわ」


「……はぁ。面倒くさいことに首を突っ込んだわね、アンタ」


「す、すみません……」


 何だかよく分からないが、心配してくれる人が居ると分かると、途端に自分の行動の身勝手さに申し訳なさを感じてしまった。


「アルテミーナ様の野望を打ち砕くと、エリスティーナ様は決心なさったのよね」


「はい」


「そして、アミル君はエリスティーナ様についていくことを決めた」


「はい」


「それは、アミル君の意志? それとも、それも成り行きなの?」


「こ、これは僕の意思です。全てを失った僕に、居場所を与えて下さったのはエリス様です。恩返しする為なら、僕は何だってやるって決めたんです」


「それが貴方の人生でいいの?」


「え……?」


「いっつもいっつも誰かの後ろに立って、ついて行くばかり。それが本当に貴方が望んでいる事なの?」


 青い髪を耳にかけ、淡々と話すレイシア様の表情は、いつにも増して真剣な面持ちだった。なぜそんな事を聞くのか。自分の選択を否定されているようで、不安になる。


「アミル君。貴方の目標はなんなの?」


「ぼ、僕は、エリス様が目的を果たせるように……」


「他人の目標を支える事が、自分の目標なの? それが本当に貴方の目標と言えるの?」


「な、何を仰りたいのですか? レイシア様」


「貴方は……よく出来た人間よ。優しくて心配りができて、力を私欲の為に使うこともしない。私が認める世界最高の弓使いだわ。でも、そんな貴方にも欠点がある。それは自分というものが無さ過ぎるところ。主体性がなくて、周りに流される事が多い。従うだけの優しさじゃ、幸せにはなれない気がする。他人の為ばかりに生きる貴方が、心配になるのよ。それがアミル君の良い所だって、分かっていてもね」


 思いもしない言葉に戸惑った。それは嫌味でも何でもなく、友として、仲間として、身分や格式を抜きにした本当の同情心からくる言葉だったからだ。

 他人の為ばかりに生きる。そんな事は考えた事もなかったし、自分では自分の望む事をして来たつもりでいる。確かに、役目として誰かの援護に回る事は多いが、それは弓使いの宿命みたいなものだとも思うし、手助けする事が癖になってる可能性もあるけど、苦でやってる訳じゃない。


「買い被り過ぎですよ。僕はそんな優しい人間じゃ有りません」


「エリスティーナ様について行くってことは、リングリッド王国を敵に回すということよ? アンタ、分かって言ってんの?」


「……はい」


「その結果、我々と敵対することになってもか?」


 シェイル様の言葉に息が止まる。御三方はリングリッド国民で有り、国にその血を認められた貴族だ。国に反する者が居れば、家名の誇りにかけてそれを討つのは義の道理。極端な話でも、突き詰めれば見逃す事が出来ない事実だった。


「そ、それでも……僕はエリス様について行きます」


 御三方を裏切りたい訳じゃない。でも、この選択は結果として対立する可能性を認めるものだ。御三方は難しい時間を過ごし、あまり視線も動かさず、複雑な胸中を見定めていた。


「……ここまで助けてきた思い入れがあるのは分かるけど、それを続ける義理はないんじゃないの? エリスティーナ様に認められたと言っても、最初から従者として仕えてきた訳じゃないんだし」


「……困っている人を助けるのに、義理なんて必要ないと思います。大事なのは、自分にとって守るに値する人かどうかです」


「……フッ。アミルらしいな」


 シェイル様が微笑む。きっと呆れられているんだろう。その気持ちは、今なら何となくわかる。立場が反対なら、僕も仲間を連れ戻すために色々と疑問を持つはずだから。


「良いわ。じゃあ、私たちにも見せなさい」


「え……」


「貴方が守るに値すると判断した、エリスティーナ様の真価を。そして、貴方を救ったこの街の全てを」


「え、ええっと……」


「ちょっと、散歩に行こうってこと。ここは、暑苦しいわ」


 レイシア様の言葉の意味をミリィ様が補足する。ミリィ様の視線の先には、オデコだけ出してこちらをじっと見る住人たちの姿があった。声が聞こえないから、なおさら僕らの様子が気になるんだろう。【鷲の眼イーグルアイ】で見れば、益々と見物客が増えているのがわかる。

 【不変の領域ゴールデンサークル】が解けると、住人は慌てて遠ざかり、道を開けた。

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