第78話 解氷
「持ち上げます。跳んでください」
鉄門を開けるのは労力が掛かる。疲労が溜まるクロフテリアの人たちに開けさせるのも気が引けるので、【
着地すると、無数の剣や槍の
突如、一瞬にしてこちらに向けられた武器の全てが切り落とされる。シェイル様が【
「おい、ケイル!? どういうつもりだ!? なぜ騎士団の奴を連れてきた!?」
「ち、違うんです! この人たちは僕の仲間で、騎士ではないんですよ!」
「騎士じゃない? ……本当なのか?」
「本当です。僕を信じてください。シェイル様も、障壁を解いて下さい。彼らは敵ではありません。ミリィ様も、皆さん怖がってしまうので灯りを消してください」
ミリィ様が指を鳴らすと火の玉は霧となって消え、シェイル様が渋々結界を解除すると、クロフテリアの敵意も少し和ぎ、出した剣を下げてくれた。表情はまだ少し警戒しているようだが、僕の言葉を信じてグッと我慢しているようだった。
「ケイル」
小さな声が聞こえると男たちが退いて、エリス様が見えた。僕を信頼している反面、エリス様もまた誰か分からない御三方に、不安を感じているような表情だった。
「そちらの方々は、ケイルのお知り合いの方なのですか?」
「ケイル?」
「……ケイルってだれのこと?」
後ろから当然とも言える疑問が小さく聞こえてくる。ここに来て一つの失念を思い出し、心臓がバクバクと荒ぶり始めた。そういえば、御三方には僕が偽名を使っている事を説明していなかった。
「ねぇ、アミ……」
「うぁああああああああああ!」
ミリィ様がとてつもない事を口走りそうになったので、何とか大声で掻き消した。僕は御三方を影になっている階段へと急いで連れて行き、住人たちにも背中を向けて密かな緊急会議を開いた。
「すみません、みなさん。僕は、ここではケイルと名乗っているんです」
「は? なんで?」
「事情は後で話しますから、どうか今は合わせてください」
「自分の名を偽るほど、お前は恥ずべき男じゃないぞ?」
「能力偽装の件で疑われてるんなら、私たちが証言してあげるわよ?」
「そ、そういうことでは無くてですね……。本当にお願いですから、今は僕の事をFランク冒険者のケイルだと思って下さい」
「Fランクって……無理があるでしょ」
「そこを何とか……」
全くもって納得している様子には見えなかったが、「お願いします」と何度も頭を下げる僕を見て、御三方はため息を吐きながら了承してくれた。
「し、失礼しました。後ろにいる3名は、神童の集いのメンバーでSランク冒険者の皆さんです」
「Sランク……」
「初めて見たな」
住人たち、とりわけクエスト班に所属する男たちから感嘆の声が聞こえる。世界の情勢に疎い彼らでも、クエスト班で遠征もこなす中で、冒険者の格付けの意味は理解している。ミリィ様たちに対する意識を改めたみたいだけど、敬意を抱くというより、どれくらい強いのか試してみたいという、好奇心が注目を集めているようだった。
「し、神童の集い……」
エリス様は自身と深い関係にあるパーティ名を聞いて、大きく息を吸った。
「そうですか……神童の集い……。まさかこのような場所でお会いすることができるなんて。ご挨拶が遅れました。私の名は、エリスティーナ・フォン・リングリッドと申します」
「だ」
「だ」
「「「第三王女!?」」」
一見すれば、今のエリス様は普通の冒険者にしか見えない。正体を知った御三方は、瞼を一杯に開いて驚いた。僕とエリス様を交互も見返して確認してくるので、視線が合う度に僕は頷いく。クロフテリアじゃ身分の差にピンと来ないのか、このような反応をする人が一人も居なかったけど、本来ならこれほど驚くのが普通だと思う。
それが本物だと理解した御三方は、服についた埃を払い姿勢を正す。
「こ、こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私の名はミリアルディア・オートレード。伯爵家の娘でございます」
「私の名はレイシア・ハートンと申します。ハートン子爵家の娘でございます」
「私の名はシェイル・エルバーン。男爵家の三男にございます」
「……あの、ロイド様のお姿が見られませんが。どちらに?」
「え……ロイドを……ロイド様の事をご存知、といいますか神童の集いをご存知なのですか?」
「もちろんで御座います。私が王城で幽閉された際、逃走の手筈を整えて下さったのは、ロイド様なので御座います」
「はぁ!?」
思わず声を出したミリィ様は、自分で自分の口を押さえた。失礼な態度を諌めるように、レイシア様がミリィ様を見る。でも、声を出したくなる気持ちは僕だってよく分かる。それは仕方のないことだ。
「罪人を立件することが、助けて頂く条件でございました。確か、罪人の名前はアミル・ウェイカー。頂いた資料では鑑定スキルを誤魔化す力を使い、能力偽装の罪を働いていたそうです。誰も発見できなかったのに、流石はSランク冒険者様でございます。いつの日かお会いできた時は、必ずお礼を申し上げたいと思っていたのですが……。ロイド様は、いらっしゃらないのでしょうか」
「……え、ええ。生憎、今回の遠征には参加して居なくて……すみません」
冷や汗が止まらなかった。全てを忘れて、新しい自分として生きることを覚悟した筈なのに、いざエリス様ご本人から事の顛末を聞くと、初めて聞いた時の驚愕が蘇ってくるようだった。
複雑な事情にミリィ様たちの眉は歪む。時間を置いて情報を整理し、それを理解し始めると、御三方の視線が背中越しでも鋭いことがひしひしと伝わって来た。
「あ、ああ……。も、申し訳ございません。ここまでの長旅で、少々疲れが溜まってしまったようで……。少し休憩する時間を頂けないでしょうか」
「それは大変です! もしよろしければ、私が回復魔法を……」
「い、いえ、だ、大丈夫です。少し休めば治りますから」
「では、どこか部屋をご用意いたしましょう。直ぐに相談して参りますので……」
「だ、大丈夫です! 私たちは冒険者、外で過ごす事には慣れておりますので、どうぞお気遣いなく。……で、では失礼致します。エリスティーナ様」
「失礼致します」
「失礼致します。エリスティーナ様」
「……どうぞ、お大事に」
御三方は引き攣った笑顔で誤魔化しながら、背を向けて歩き出す。
「アミ……ケイル、こっちに来なさい」
「はい……」
レイシア様の冷たい口調は、折檻する前の先生のようだ。不自然な態度に疑問を抱く住人たちを置いて、僕は夜の風にあたりながら、御三方と共に鉄の山肌を歩き始めた。
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