第77話 交差

「なぜ会いに来る必要があるのですか?」


 僕がそう尋ねると、ミリィ様たちは息をのむ。僕をパーティから追い出しておいて、今さら何のようがあって、こんな辺境の地まで来たんだろう。

 そういえば、ロイド様の姿が見えないのも気になる。あの御方はいつも通り指示を出すだけで、どこかにふんぞり返って座っているんだろうか。しかし、【鷲の眼イーグルアイ】で樹海を覗いても、ロイド様の姿は見つけられなかった。


 頭の中では、この場の最悪が思い浮かんでくる。御三方が来た理由でもっとも妥当なのは、王国クエストを請け負った場合だ。騎士団と協力してテルストロイ制圧に加担し、その延長でアンガル王の身柄を確保しに来たか、それとも逃走した第三王女の追跡を任せられたか。

 王国クエストの報酬は、財閥から依頼されるクエストよりも桁違いに高額だ。それに、国王陛下のご命令とあらばこの上ない名誉になる。ロイド様がそれらを欲してクエストを引き受ける姿は、容易に想像がつく。

 ただでさえジリ貧な状況で、この御三方が騎士団に加わるなら、もはやクロフテリアに勝ち目はない。騎士団の協力が無くとも、御三方だけでもローデンスクールを1時間と掛からず制圧できるだろう。もちろん、僕一人で御三方を相手にするには荷が重過ぎる。牽制くらいなら出来るだろうが、それも時間稼ぎにしかならない。


 神童の集いは、また僕から居場所を奪うのか。怒りや恐怖を握り潰すように拳を作る。どんなに後悔しても、争っても、圧倒的な権力と武力で、なす術もなく蹂躙される姿が想像できてしまう。

 考えるのは、せめてエリス様だけでも逃すことが出来ないかどうか。全てを捨てて、エリス様だけを抱えて走れば、御三方相手でも逃げ切れる可能性は僅かばかりにある。


「友だからに決まっているだろう!」


 シェイル様が大きな声を出して、僕は呆気に取られた。

 ……友のため? 今更そんな言葉を信じろというのか。パーティから追放されて、どれだけ苦労してここまで来たのか、この御三方は何も分かっていないんだろうな。

 それとも、これはローデンスクールに侵入するための計略なのか? だとしたら何とも回りくどいことをするものだな。正統な騎士を目指す、シェイル様らしくもない。


「申し訳ございません。皆さんの言葉は、まるで信用できません」


「なっ!? なんでよ!?」


「ロイド様から聞いています……。皆さんも、僕の除名に賛成なさっていたそうじゃないですか。それを今さら現れて、友だなんて言われても……」


 ミリィ様はキョトンとした顔で、こちらをじっと見つめている。シェイル様もレイシア様も目を丸くして、驚いた表情を見せる。


「な、なにか……?」


「「……はぁ」」


 御三方は揃って溜め息を吐いて、呆れたように誰かを想像して空気を見る。


「な、何なんですか?」


「ロイドに何を言われたか知らないけど、私たちは貴方の除名に賛成したことなんて無いわよ」


「……え?」


 呼吸の乱れも瞳孔の収縮も、視点の散乱も見られない。御三方の目は、微塵の疑いを持たせること無く、真っ直ぐとこちらを見つめて動かない。


「あんのっ! 馬鹿ロイドがぁあ! 今度会ったら必ずビンタしてやるわ!」


 戦場のど真ん中で、ミリィ様は夜空に向かって叫ぶ。

 ……つまり、御三方は僕の除名に納得した訳じゃなく、ロイド様の嘘だったと……?

 固定していた概念が崩れていく。頭が混乱して顔の筋肉が緩み、口が自然と開いてしまう。鏡なんて見なくても、今の自分が世界一間抜けな男の顔をしているのは分かる。


「私たちの言葉を疑うなら、少しはロイド様の言葉も疑え。愚か者め」


「困った時に素直になれないのは貴方も同じでしょ? シェイル」


「う……」


「もちろん、貴方にかかった能力偽装の罪だって、私たちは信じてないわ。真っ先に私を頼りにしてくれれば、こんな所に来る必要だって無かったのに……。次からは、何かあったらちゃんと私に相談しなさい。アミル君」


「ちょっと……何で頼りにするのはアンタ限定なのよ」


「だって、暗がりでビクビクしてるようなミリィじゃ、どう考えたって頼りないでしょ?」


「ビ、ビクビクなんてしてないわよ!?」


「……で、でも、なんで皆さんがここに……?」


「だから……」


「アンタに会いに来たって言ってるでしょ!?」

「貴方に会いに来たのよ」

「お前を探しに来たと言っているだろう」


 気がつけば、目の前にいるのは、共に幾多の危険を乗り越えてきた仲間だけだった。失意のあまりに盲目的に疑うことしかしなかった自分の愚かさを痛感し、僕は膝から崩れ落ちて首を下げる。

 確かに……ちゃんとレイシア様たちに相談していれば、こんな苦しい道も通らずに済んだかもしれない。でも、あの時は周りにいた冒険者たちも、僕の冤罪なんて全員信じてくれなかったし、王都から逃げ出したからこそ、エリス様と出会えた訳で、なんとも複雑な想いになる。


「一緒に王都に帰りましょ、アミル君。貴方の実力をちゃんと見せれば、偽装が間違いだって全員納得するわ。そしたら、またみんなで一緒に旅を……」


「それは出来ません」


「……どうして?」


 レイシア様の言葉は、とても嬉しい申し出なんだろう。きっと王都を出たばかりの僕なら、二つ返事で返していたに違いない。でも今は、そう簡単には帰れない別の理由がある。

 僕は頭を上げ、疑われないよう真剣な顔を作って伝えた。


「僕は今、第三王女エリスティーナ様の従者を務めています。なので、皆さんと一緒に旅をすることは、もう出来ません」


「は?」


「え?」


「ん?」


 御三方は一様に固まる。その表情を見れば、本当にエリス様の存在を知らずに此処へ来たことが分かる。

 第三王女の名をいきなり出しても、信じられないのは当然だ。百聞は一見にしかず、とりあえずは御三方にローデンスクールへ来てもらった方が、理解して貰いやすいだろう。


「此処ではなんですから、どうぞ中へ」


 立ち上がって先へと促すと、御三方は口を強く閉じて固唾かたずを飲んだ。今の僕は、さながら怨霊屋敷へ誘う闇の案内人かなにかだろう。

 漆黒の山は、見た目こそ無骨だが、住んでる人たちに悪い人は居ない。御三方は僕を信じる一心で、未知の民族に接触することを覚悟し、ゆっくりと前に歩き始めた。

 怖がるのも無理はない、最初に此処に訪れた時、僕も似たように怯えていた。しかし、彼らほど清々しい人たちも居ないわけで、ミリィ様たちも一度話せば偏見や誤解は解けるはずだ。

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