第76話 歩く ※

 万人の声が、土埃の中で渦を巻いている。

 万人の足が、地面を揺らしている。

 秘境に住む原住民が、得体の知れない儀式でもやっているのかと思ったが、3分ほどして異様な光景にも冷静さを取り戻すと、人の渦の中心に、土埃を跳ね除ける半球体の透明な膜が見えた。

 

「あれは、騎士団か?」


 恐らく【連陣志壁アルティウォール】を展開しているのだろう。意志を統一するほど強固になる魔法障壁は、リングリッド騎士団のお家芸ともいえる防御陣形の一つだ。誇り高き盾の騎士を目指すものとして、あの陣形に加わりたいと何度思ったか知れない。


「な、なんなのこれ? 何してんのあれ!?」


 【連陣志壁アルティウォール】から炎の槍が飛び出し、犇く男たちに降り注ぐ。隣の人間が爆風に吹っ飛ばされても、構う事なく男たちは障壁に向かって突っ込んでいく。

 震え上がるような喧騒は、どう考えたって余興の類じゃなく、明らかに争っている形相だった。

 無謀にも騎士団に襲いかかる彼らは、一体何者なんだ。彼らは誰一人として魔力を使っていないように見える。ただの鉄の剣、ただの鉄の槍で、腕力だけで最強を誇るリングリッド騎士団の盾を崩す事など出来るはずもなく、あっさりと武器が折れていく。素手で殴る拳から血が出ても、彼らは一歩も引こうとしない。勇ましいが野蛮とも取れる闘志、まさに蛮勇の示す戦いぶりだ。


「もしかして、あれがクロフテリアなのかしら」


 ならず者たちが集まると噂されるクロフテリア。抗争の真っ只中にいる男たちは、身なりの整わない荒くれ者たちばかりで、想像の中のクロフテリアと相違ない。となると、私たちは目的地に到達したということなのだろうか。


「アンガル王がクロフテリアに逃げ込んだって言ってたし、追いかけてきた騎士団と交戦中って事なのかしら……」


「クロフテリアがアンガル王を庇う理由とは、何なのでしょうか?」


「さぁね。……もしかしたら騎士団が逃げ込んでいると勘違いしてるだけの可能性もあるわ。あの容姿を見ると、話が通じるような相手にも見えないし、とりあえず制圧してしまおうってことなのかも」


「なるほど」


「ど、ど、どうしてアンタ達は、そんな飄々ひょうひょうとしてられんのよ!?」


「別に飄々となんてしてないわ。慌てても仕方が無いだけよ」


「この何処かに、アミルが居るのでしょうか?」


「その筈で来てるけど、これじゃあ居るかどうかも分からないわね」


 奥にある黒い山に向かって炎の槍が飛んだ時、細い光の一線がそれを撃ち落とした。流れ星のように赤く光る閃光を、私たちは知っている。


「アミル!?」


 私たちは顔を見合わせ、互いに頷いた。

 その後も何度ともなく炎の槍を砕く、光の線。騎士団が見せる【炎槍射出ファイアスピア】は尽く瞬時に撃ち落とされ続け、魔力消費を懸念したのか、暫くすると発射されなくなった。百発百中で、攻撃魔法を撃ち落とす命中力を持った人間を、私たちは一人しか知らない。

 アミルの居場所は掴めた。確信を持って言える。しかし、なぜアミルがクロフテリアに居て、なぜ騎士団の攻撃を迎撃しているのか、私たちには事態の状況がまるで分からず、ただ時間が経って紛争の熱が冷めるのを、見守ることしか出来なかった。


 日が沈む頃、荒れ狂っていた人の波が、引き潮のように黒い山に吸い寄せられていく。視界が暗くては、制圧も防衛もままならない。太陽の有無で戦闘を切り上げるのは、お互いの利益が一致する、唯一の暗黙の了解だった。

 押し合いへし合いで勇ましさを見せたクロフテリアの男達は、服も破れながら引いていく。数万人の圧力に耐えた騎士団も、ヘトヘトになって樹海に入り、魔物を狩って、幾つかの焚き火で調理していた。


「なんで私たち隠れてんの!?」


「そう思うなら、挨拶しに行けば? 絶対に怪しまれるけど」


 ひそひそ声で話す。我々が王国市民であることを懇切丁寧に説明すれば、邪険にされることもないだろうが、緊迫感を持つ騎士団との温度差に怖気付き、咄嗟に大木の裏に隠れてしまった。


「……どうするの?」


「どうするって?」


「アミルを探しにいくかどうかよ」


「……行くって……あそこに?」


 3人の視線が北に向く。夕陽に照らされた黒い山は幾らか明るく見えたものだが、今は小さな光が点々とするだけで、夜空に穴が開いるように漆黒だった。あの山にならず者たちが住み着いている。アミルが居る。想像を絶する数万人の荒くれ者たちを見た後だからだろうか、友を見つけ出すために遥々ここまでやって来たというのに、目の前の暗闇に足がすくむ。


「【暗視開眼ブラクスコープ】、【鷲の眼イーグルアイ】」


 レイシア様が補助魔法を唱えると、視界が薄明なる。荒くれ者たちが動いてないか、眉間に力を入れて黒い山を見るが、数キロ離れた樹海からでは、詳細なことはわからない。


「あぁ……だめね。よく見えないわ」


 【鷲の眼イーグルアイ】で望遠を試みたレイシア様だったが、直ぐに眉間をつまんで、目を閉じてしまった。数多くの魔法を会得しているレイシア様だが、そのどれもが一流という訳ではなく、アミルのように自由自在に視点を変えられるほど、レイシア様の索敵能力は高くなかった。


「……何してんの?」


「こうすれば、アミルが気づくのではと思いまして」


 こちらからは見えなくても、アミルの視力なら私たちの存在など筒抜けの筈だ。私が精一杯に腕を上げて手を振ると、ミリィ様もレイシア様もそれに続いた。


「……どうなのかしら」


「見えてたら、合図くらい出すんじゃない?」


「おかしいですね。アミルなら見えていない筈は無いのですが……」


「戦闘の後で、アミルも混乱してるのかもね」


 しばらく手を振り続けたが、黒い山から反応が返ってくることは無く、虚しさだけが残った。


「行って確かめるしかないわね」


「そうですね」


「ちょ、ちょっと……!?」


「このまま、ここに居たって仕方ないわ」

 

 知識欲の現れか、レイシア様は率先して暗闇に向け歩き始める。私は走って先頭に立ち、不測に備え盾を構えた。


「ねぇ、灯りつけていい?」


「……勝手にしなさい」


「【浮遊火球アルマス】」


 ミリィ様はレイシア様の腕にすがりつき、指を弾いて二つの浮遊する火の玉を従えさせた。

 樹海から出ると、一歩目から土埃が上がるほど乾燥した地面だった。干魃のひび割れた土は、所々に落ちた黒い水を必死に吸い取って渇きを癒している。折れた剣や槍の破片が地面に突き刺さり、布の切れ端、色々な方向に向く無数の足跡が、戦場の余熱を漂わせているが、一人も負傷者が倒れていないのが、より不気味だった。視界は暗くない筈なのに、ミリィ様が必要以上に明かりを焚くのは、それらに恐怖しているから。普段の強気な態度が、夜になると見る影も無くなるのは、ミリィ様の弱点の一つと言っていいだろう。


 それにしても、アミルはとんでもないところに来たものだな。偶然にしても、こんな抗争の中に巻き込まれて。ならず者たちに脅迫されて従っているだけなのか、それとも自分から協力しているのか……彼の実力を考えれば、ならず者に引けを取るはずもないし、アミルの性格を考えると、下手な温情でクロフテリアを助けようとしている可能性もあるな。どちらにせよ、これ以上リングリッド騎士団に逆らえば、いよいよ国家反逆罪で祖国に帰れ無くなる。

 騎士団がアミルの存在に気付いているかは分からないが、正体がバレる前にこんな紛争からは離れるべきだろう。


 隙を作らないよう、一歩一歩に緊張を持って、私たちは戦場を歩く。もう少しで友に会える。それだけを信じて。

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