第74話 ジリ貧

 翌日、休息を終えた騎士団たちが樹海から顔を出し始めると、狩猟班とクエスト班の男たちも戦いに備え門前に陣を取る。

 医療班は広場に待機。ダンジョン班は引き続き救護班となって、負傷者の搬送に専念する。調理班は女性や子供たちを集めて、鉄の山の深部に避難し、製鉄班は外の喧騒を気にしながら剣と槍を精製し続けている。

 約束の昼。日の光が旱魃地帯を照らし、2つの勢力が睨み合う。クロフテリアの男たちは、気合いを入れるために自分の身体を叩き、それに呼応するように、反対側から鎧を叩く音が重なる。吹き荒ぶ不穏な風は、緊迫感を孕んで頬を撫で、十分に英気を養った両者は、来る闘争に気持ちを昂らせていた。

 号令を催促するようにローデンスクールが雄叫びをあげる。頭領となったワモンは、鉄の山から戦場を見下ろし、大鍋を持った男に頷いて合図を送る。

 一つの大鍋が連打されると、他の多くの大鍋もそれに合わせて同音を響かせる。進軍の合図を受け躍動するクロフテリアの男たちは、一斉に騎士団の方へ突っ走って行った。

 戦況を見なければならないワモンは、クエスト班の指揮をモーガンに預けている。アメルダと交代する案もあったが、今はもう完全に獣となって隊列を飛び出していく姿を見ると、モーガンに預けて正解だったと分かる。

 指揮を取るハイルスは、密集して盾を構える防御陣形を指示する。盾の後ろで魔法使いたちが連携魔術を唱えると、障壁魔法が展開された。昨日と同じ要領、同じ壁。

 4万人の波が地響きを起こして、4500人の陣に押し寄せていく。

 半狂乱のアメルダの拳を始め、大勢の人間に体当たりされ、強固な魔法障壁が少しだけ後ろに押し戻されると、隊列を組む騎士団たちも押し動かされた。障壁ごとあっという間に取り囲まれると、騎士団の陣形も流れに合わせて形を変え、魔法使いを囲むように盾を円形に美しく並べた。おそらく、あの魔法障壁は前衛に並べられた盾によって相乗効果を得ているのだろう。傷一つない盾がより一層の輝きを放っている。完璧な防御態勢だった。

 男たちは剣を魔法障壁へと当てた。だが、普通の鉄の剣はあっさりと折れ、槍は砕けた。

 少数精鋭で固められた場所には、4万を数える勢力も窄んでしまう。渋滞が起きて、まるで手の届かない後方の人たちは、苛立ちをぶつけるように前の背中を押す。剣を振る空間も無くなり、窮屈な前衛は魔法障壁に押し潰されて顔を歪ませていた。


 勇ましいクロフテリア男たちは、そんな魔法障壁にへばりついた人を踏み台にして、上は上へとよじ登っていく。半球状に展開していた魔法障壁が、人混みによって飲み込まれた。数の暴力で自分よりも巨大な相手をねじ伏せようとする姿は、まるで蟻の戦い方だ。


 うじゃうじゃと覆い被さっていた人の幕が、爆炎で破られる。円の中心にいる幾人かの魔法使いたちが、無差別に【炎槍射出ファイアスピア】を発射させていた。

 炎に吹っ飛ばされた負傷者が次々とローデンスクールの広場に担ぎ込まれ、エリス様が治療に当たる。ローデンスクールに降って来た【炎槍射出ファイアスピア】の流れ弾が、ワモンに向かっていく。僕は空に向かって【渾身の一撃パワーショット】を放ち、降り注ぐ火を全て撃ち落としていった。


 こちらから侵入できないのに、防壁の中からは攻撃魔法が飛んでくる。樹海での戦い同様、一方的な展開になりつつあった。


「ケイル、騎士様方の命を奪わぬように、あの壁を打ち破ることはできませんか?」


 治療に当たりつつ、エリス様は尋ねる。

 鉄の矢が粉砕する程の力で放っても、騎士団の結界は破れない。破るとすればそれ以上の力で放つことになるが、そうなると破壊力を制御する段階じゃなくなる。

 矢が溶けて、スキルのエネルギーだけが進む感じたが、行き着く先は暴発だ。威力はあるけど、それは貫通ではなく爆撃の現象になる。経験から、そんな想像ばかりが思い浮かぶ。

 もしかしたら、やろうと思えば出来るのかもしれない、でも全力に近い矢を人に向けた事なんてないし、生かしておける自信がなかった。


「……申し訳ございません。今ある鉄の矢で放つと、どうしても……。力を込めても決して溶けない、もっと上質な矢があれば、障壁を貫通させることが出来ると思うのですが」


「上質な矢と言うと?」


「僕も使ったことが無いので確証は無いのですが、銀の矢か金の矢か、それか耐久性向上の付与が施された矢でしょうか。どれにせよ製造してるのはドワーフの国かエルフの国だけだと思います」


「……そうでございますか」


 エリス様は次々に運び込まれる負傷者の傷を尽く癒し、そして傷が治った戦士は、止める声も聞かずに、また戦場に走っていく。奇妙な循環ができてしまっていた。

 もう何千人と治癒しているのに、エリス様の体力に影が落ちる事がない。呼吸の乱れ、瞳孔の収縮、枯渇症の症状も無い。いつの間に魔力値が増大したのか、無地蔵に対処する姿は驚異的だった。


「すみません、失礼します。何かありましたら手を振って下さい」


「ケイル?」


 僕はローデンスクールの頂上に立ち、焼かれる負傷者の数を減らすため、魔法障壁の中から飛んでくる【炎槍射出ファイアスピア】をすぐに射ち払う事に専念した。

 すると、魔力の消費を懸念したのか、暫くすると、騎士団たちから【炎槍射出ファイアスピア】が飛んで来なくなった。

 相手の攻撃魔法を対処してしまえば、押されることもない。でも、此方から明確に押す手段もない。エリス様の回復が追いつかなくなるか、魔法障壁を維持するために魔力を消費し続ける、騎士の魔法使いたちが先に音を上げるのか。多勢と精鋭の勝負は、どちらの魔力が先に尽きるかという戦いになっていた。

 そして、その戦いは1日では終わらなかった。4、5時間の間、戦い続けた戦場が夕焼けに染まる。

 暗くなって不利になるのは、魔法が使えないクロフテリアの方。ワモンは、日が暮れる前に、大鍋を叩かせ撤退の合図を出した。

 互いに疲労困憊といった様子で、戦場を離れていく。「明日の夕刻には制圧している」と豪語していたハイルスは、苦虫を噛み潰したような顔をして、樹海に入っていった。


 一見すると形勢は拮抗しているように見えた。でも、騎士団たちがヘトヘトになりながら最低限の魔物を狩っている姿を見て、考えが改まる。向こうには食料があって、此方には無い。最初にワモンが言っていたように、騎士団を樹海の奥へと押し返さない限り、この戦いはジリ貧だった。


「どなたか、怪我をしている方はいらっしゃいませんか?」


 闘いが一段落した後もエリス様は、負傷者はいないかとローデンスクールを歩き回っていた。本当にどこからそんな魔力が湧き出ているのか心配になる。


「おい、なんだあれ」


 アメルダ声に住人の意識が向く。その視線を追うと、樹海にある無数の焚き火の光から逸れ、暗闇の旱魃地帯で二つの火の玉がこちらに近づいてくるのが見えた。高い視力が無くても、暗がりにそれだけが光っていたら嫌でも目に入る。不穏な変化は僕が一番に気づかなきゃならないのに、【鷲の眼イーグルアイ】も解いて、エリス様への心配に没頭してしまった。


「騎士か?」


「んいや。ありゃ騎士じゃねぇように見えるな。……ん? でも前にいる奴は、あれは騎士なのか?」


 肉眼で高い視力を持つアメルダが、僕のスキルよりも早く目標を視認する。騎士かどうかハッキリしない声に、僕は【鷲の眼イーグルアイ】で俯瞰から視角を狭めた。

 炎の揺めきに垣間見える衣服は、明らかに騎士の服装ではなかった。光の中に見える三人の人影。少しビクビクするよう恐怖に顔を歪ませながら歩くその面影を見た時、僕の心臓は飛び跳ねた。


「なんか、女が二人と、鎧着た奴が来てるな」


 アメルダの実況に皆んな聞き耳を立てる。誰が見たって、その正体に気づけるはずはない。あの方達を知っているのは、近くでは僕一人しか居ないはすだ。


「エリス様、少し失礼いたします」


「ケイル!?」


 僕は鉄の山から飛び降り、【風速操作ウェザーシェル】で体を押して、こちらに向かってくる火の玉に一気に近づいて行った。

 突風と共に現れた不審者に、一瞬警戒したような態度を見せた3人だったが、僕だと分かると直ぐに身構えるのをやめた。


「……ア、アミル……?」


 少しの間をあけて、それが自分の名前だと理解した時、全身に鳥肌が立った。

 声の主は、幾多の危機を共にし世界を駆け巡った元パーティーメンバー。ミリィ様にレイシア様、そしてシェイル様だった。

 なぜ? どうして今ここに3人が居るのか、皆目見当もつかない。戦場のど真ん中で、こんな秘境になんの縁もゆかりもないはずの貴族様方が立っていることに、違和感しかない。


「アミル! ……ああ、アミル!」


 涙を流しながら駆け寄って来たミリィ様に、いきなり抱きつかれ戸惑う。普段の強気な態度とまるで違うので、一瞬だけ何かあったのかと心配になってしまったが、ロイド様には僕の追放に3人が同意していた事を聞いている。

 つまり、3人も僕のことを影では無能と評価していたということ。今さら何を言われても聞く耳を持つ気はない。そう心の中で自分に言い聞かせ、毅然とした態度を取ろうと決めた。


「何をしているんですか? こんな所で」


「……何をって……アンタを探しに来たに決まってるじゃない!」


 僕が冷たく声をかけると、ミリィ様は戸惑いながら離れ、直ぐにいつもの強気な態度を見せた。

 僕に会いに来たって、何のために? まさか身分偽装の罪を問う為にわざわざこんな大陸の端っこまで来たのか? 随分と暇なことで。とてもSランク冒険者の仕事とは思えない。

 人間に飼われ始めた野犬のように、僕の思考は疑心暗鬼で一杯だった。

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