第73話 警告

 鉄の門を抜けると、騎士の二人は顔に腕を押し当てた。どうやら、魔物の腐敗臭が鼻を突いたらしい。僕も初めてきた頃は、臭いに抵抗があったけど、今はもう慣れてしまった。

 鎧の騎士と、ローブを着た魔法使いの騎士。鎧の騎士は、アメルダが独走した時に、真っ先に号令をかけて防御体制を呼んだ、茶色い短髪の騎士だ。行動から察するに、彼が騎士団を率いている指揮官と思って良いんだろう。

 ローブを着た騎士は、煙の隙間から、逃げるバーベルの影を見逃さず、最後に【炎槍射出ファイアスピア】を放ってきた人。

 どちらも有能で強そうだ。そして、たった二人で敵の本拠地に乗り込んでくる度胸もある。その勇気は感服するしかない。


「みんな落ち着け! 今は戦いに来たわけじゃない! 少し話をするだけだ! 手を出すな、そう全員に伝えろ!」


 警戒心を剥き出しにする住人に、ワモンは大きな声で忠告する。騎士が何故わざわざ敵地に赴いたのか。気になることは僕も住人も変わらないが、それよりも、僕はワモンに尋ねたいことがあった。


「わ、ワモンさん」


「なんだ?」


「エリス様とアンガル様は、騎士に追われている身です。お二人が此処にいることは、なるべく伏せて下さい。お願いします」


「分かっている」


 手で口を隠し、ヒソヒソ声でワモンに伝えた。エリス様は今、セバスとアンガル王と共に、3階の少し離れたところから、広場の僕たちを覗いている。ワモンにはその位置が分かるようで、猫耳をピクピク動かしながら、エリス様の方を見て、小さな声で応えてくれた。


「ケイル、お前も来い。エリスには、後でお前から事情を話すんだ」


「……わ、わかりました」


 騎士たちは、頭領の部屋に通された。住人にジロジロ見られながら歩く姿は、僕とエリス様が此処に来たばかりの事を思い出す。

 ローデンスクールではみんな床に座る。それは頭領の部屋も同じな訳だが、鎧の騎士は足が窮屈で、床に座ろうとして何度も後ろに転がっていた。


「ケイル、そこにある椅子を貸してやってくれ」


「はい」


「……悪いな」


 扉の直ぐ横には、鉄の椅子が二つ置いてあったので、騎士の2人にはそれに座ってもらった。


「狭いところで悪いが、生憎、もてなし方もろくに知らない」


「いや、こうやって話す場を作ってくれただけで十分だ」


 騎士たちを挟むように主要者たちが部屋の左右に座り、正面の頭領の座にワモンが座る。僕は扉の直ぐ横に立ち、様子を伺う。


「いきなり攻撃を仕掛けて来るから、もっと野蛮な奴らかと思っていたが、お前のように話が通じる奴も居ると分かって安心した」


 鎧の騎士の話す態度には、クロフテリアのリーダーに対する敬意というものは、あまり感じられない。彼らからすれば、地図にも載ってない、こんな秘境に住み着いている時点で、文化も何もない原住民のような存在だと思っているんだろう。正直、ならず者集団としてしか知らなかった昔の僕も、クロフテリアには似たような印象しかなかった。


「改めて、私の名はハイルス・ウェイド」


「私の名は、ジェームス・エルバーン」


 ……ん? エルバーン?

 その名前を聞くとシェイル様の事を思い出す。もしかして、親戚か何かだろうか。ローブを着た魔法使いの騎士は、そこはかとなく顔立ちもシェイル様と似ている雰囲気を持っていた。いや、まさかね。


「お前たちの縄張りに勝手に入った。昨日の奇襲は、そのための威嚇か?」


「……ああ、そんな所だ。気を悪くするならお門違いだ。突然に他勢力が侵入してきたら、誰だって同じ事をする」


「気にはしていない。あの程度の奇襲、子供に戯れつかれたようなものだからな」


 ハイルスが軽く笑って返すと、アメルダの獣の耳が立つ。アメルダは自身を落ち着かせるために、目を閉じて深呼吸していた。


「我々はリングリッド王国から訳あって着た。単刀直入に聞こう。此処にテルストロイの王は来ているか?」


「……いや、そのような者は此処には来ていない。何故そんなことを聞く? 探している理由はなんだ?」


「……それはお前らに言う必要の無いことだ。それよりも、本当に来ていないのか?」


「ああ」


 ワモンは猫の顔を一つも動かさずに応えた。ハイルスが「デビド・アンガルが樹海を北に逃げて行ったのは分かっている。必ずこの近くに来ているはずだ」と続けると、ワモンは「樹海も広いからな」とだけ返す。


「はぁ……。この場所を、隈なく探させてもらうぞ」


「断る」


「何故だ? やましい事がないのなら、構わないだろう」


「ここは俺たちの家だ。お前らに協力する義理はない」


「我々にも与えられた任務がある。拒否するなら、強制的にでも踏み込む事になる」


「なら、お前たちは戦ってそれを阻止するだけだ」


「昨日の戦いで、我々は一人の重傷者を出したが、今は回復魔法で傷一つない。だが、お前たちは何人の負傷者を出した? 我々との力量さは分かったはずだ。抵抗するだけ、無駄に被害を生むだけだぞ」


「俺たちの傷だって全部治ってる! 何たってウチには聖……」


 自分たちの力を誇示する騎士団に苛立ったアメルダは、隠すべきことを口走りそうになって、バーベルに顔面ごと握られた。

 遮られた言葉を不審に思ったジェームスは、何かを思い出したようにワモンの方を向く。


「そういえば、昨日は光る翼を見た。あれは一体なんだ? 何の魔法を使った?」


「さぁな。……他に用件がないなら、此方の望みを言おう」


「……なんだ?」


「とっと回れ右して、元いた場所に引き返しやがれ、ウジ虫共」


 終始冷静だったワモンの口からそんな言葉が出るから、モーガンは笑いが噴き出るのを堪えていた。


「必ず後悔する事になるぞ」


「その言葉、そのままお前たちに返そう」


「ふっ、リングリッドの騎士の力もわからんとは……。まともな奴かと思ったらが、お前も野蛮な人間の一人だったということか。……良いだろう。我々はお前らのように卑怯な奇襲はしない。決戦は明日。太陽の日が真上に上がった頃、正面から堂々と叩き潰してやる。戦いに参加しない者は、なるべく遠くへ避難させておけ。明日の夕刻には、ここは完全に我々が制圧している事になるだろう」


「……やれるものなら、やってみろ」


 魔力を肌から滲ませ、不穏なオーラを見せながら脅迫したハイルスだったが、ワモンが一切、視線を逸らさすに返したものだから、逆にハイルスの方がたじろいだ。魔法の心得の無い者に、その手のオーラは説得力を持つはずだが、ことクロフテリアの男たちには、中途半端な威圧は効かなかった。

 交渉は決裂。騎士の2人は立ち上がり、頭領の部屋を後にする。出て行く途中で住人たちが何かしないか心配だったので、僕は後をついて見送る事にした。


「なぁ、お前、何処かで会った事あるか?」


「え? いや、無いとは思いますが」


「……そうか。お前は、此処にいる者たちと匂いが違うな。ずっと此処に住んでいるのか?」


「は、はい」


「何をしているジェームス。こんなゴミ溜め、さっさと出るぞ。鼻が壊れそうだ」


 門から出る寸前、ローブの騎士が振り返り、僕に質問する。神童の集いでは、注目されるのはいつだって腕力を持ったロイド様で、弓使いの僕が何か脚光を浴びるなんて事は一度もなかった。それでも、リングリッドの騎士なら、街の中ですれ違っていても不思議じゃない。僕は誤魔化そうと咄嗟に満面の笑みを作って、顔を歪ませた。


 見送りを終えた後、僕はすぐにエリス様の元へ戻り、事の次第を伝えた。

 訪問者が引き返す樹海には、占領した騎士たちが、魔物を狩って、慣れた手つきで食事の準備をしている。訓練された騎士は、なすべきことを淡々とこなし、姿勢も精錬されている。


「うぉい! テメェら! 明日、また奴らと戦う事になった! 今度こそ、奴らをぶっ飛ばす! 全員準備しろ!」


「「おう!」」


 一方のローデンスクールは、ごちゃごちゃとしながら活気に満ちて忙しなく動き回ってる。クロフテリアの住人は、敗戦の悔しさをバネにして、闘気を増して戦いの準備を始めていた。今さら戦いを避けられるはずもないと、エリス様も負傷者に備えた対策をマルクと話し、医療班と共に確認を急いでいた。

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