第68話 信念

 広場は人で埋め尽くされ、鉄の山は人の山に変わる。一点を見つめる視線は、動かない。誰も何も意見を言わないまま、ローデンスクールに住む殆どの人間が、アメルダの決断を待っていた。


「お前らしくもない! 言っただろ!? ただ信じれば良いのだ!」


 ロイの言葉が広場に響く。頭を抱えたアメルダは、獣の耳をピクンと出して、声のする方向に顔ごと向けた。


「俺たちのルールを! 守ってきたものを! そのまま貫けばいいのだ! 見失えば、迷う! ここで見捨てたら、俺たちは何度だって迷うことになるぞ!」


 アメルダと目を合わせた住人は、一様に頷く。目を閉じて深呼吸したアメルダは、牙を鋭くして笑う。


「そうだな! 何も迷う必要はねぇ! 戦いがあんなら、俺たちは弱い奴につく! それだけでいい!」


「おおお!」


「やってやろうぜ!」


 頭領の声に住民は同調する。面倒なことを考えなくなると、さっきまでの暗い顔は一変して明るくなる。損得を超えた自分たちの信念に心が追いついた時、クロフテリアは再び一つになって、雄叫びをあげた。


「騎士様だがなんだか知んねぇが、そんな奴らは、俺たちが追い返してやらぁ済む話だ!」


「おうよ!」


「ぶっ飛ばしてやろうぜ!」


 そうと決まってしまえば、もうこの人たちは勢いを自重することはない。アメルダが鉄の箱に立って、腕を突き上げると、男たちは剣を持ってそれを掲げる。


「ちょ、ちょっと待ってください!?」


「「待たない!」」


 エリス様の心境を聞く前に、全員が示し合わせていたかのように口を合わせて遮る。


「お前が好き勝手決めんなら、俺たちもやりたい事をするだけだ」


「エリス、お前は何処にも行かせねぇ! お前に敵がいんなら、俺たちがぶっ飛ばしてやる!」


「そ、そうではなくて……! 争いを無くすには、私とアンガル様が此処から離れる必要が……」


「よし! 準備開始だぁあ!」


「「おおお!」」


「あ、あの……! あの……!」


 こちらが呆然としていても、構う事なく住人はもうその気になって、戦いの準備のために広場を離れ始めた。最初に抗争が起きた時も、こんな感じだった。街を出て行こうとしたら、頭領の部屋に閉じ込められて、モーガンに扉の前に居座わられた。図らずも、今回も道を塞いでいたのは、率いる狩猟班で門を埋め尽くしていたモーガンだった。


「アメルダ! 騎士様方と戦うつもりなのですか!?」


「ああ、そうだ! 俺の実力を試せるし、お前も守れる。一石二鳥だろ」


「絶対にダメです! 騎士団に刃向かえば、それはリングリッドとの抗争になります。勝っても負けても、いい事はありません。どうか、それだけはやめてください」


「もう決めたことだ! 俺たちは戦う!」


「ハッキリと申し上げます。騎士団と戦っても、皆様が勝つ可能性は微塵もありません。無謀な事です」


「はは! それを聞いてもっとやる気が湧いてきたな! 強い奴から逃げないのも、俺たちのルールだ! モーガン! お前らは先に行って魔物を狩ってくれ! 俺たちも後から出る! 今日は外で飯を食うぞ!」


「ああ、分かった」


 獣の目をして拳を握り、アメルダはニヤけている。鉄の山に入っていく後ろ姿は、戦うことにウズウズしているようだった。


「……おい、エリフティーナ。我らのために戦ってくれると、言っているのだど? 素直ふなお感謝かんひゃひて、ほの慈悲を受けようではないか」


「勘違いすんじゃねぇ……。誰がテメェの為に戦うなんて言った? 俺たちは、俺たちの信念に従って戦うだけだ。クソ豚」


「……は、はい……ありがとうごだいまふ……」


 口に手を当てて、小さな声で話していたアンガル王の背後で、モーガンは人とは思えないほどの恐ろしい眼を光らせ、肩を竦ませた。


「逃げるなよ?」


 鋭い視線をそのままに、エリス様を見る。息を止めたエリス様は、覚悟を悟らせるようなモーガンの威圧感に押され、黙り込んでしまう。


「腹が減っちゃ、戦うことも出来ねぇ。とりあえず狩りには出る。行くぞテメェら」


 エリス様が言葉を返そうと慌てて呼吸を再開させた時には、モーガンは狩猟班を先導して樹海の方に歩いて行ってしまった。

 広場に残された4人。アメルダが騎士団との交戦を決断した今、僕らがここを出たところで争いは止まらない。沈黙の中で僕とセバスが、エリス様の次の行動を伺っていると、エリス様は再び目に力を宿して、鉄の山に駆け足で入っていった。


「私は此奴を見ている。お前はお嬢様のお側に」


「はい」


 アンガル王を見張るセバスを置いて、僕はエリス様を追いかける。エリス様が駆けて行った方向は、頭領の部屋に通じる道だった。薄暗い通路の中でも、夕焼け色の髪は目立つ。どうやらアメルダの事を追いかけていたみたいだ。


「アメルダ!」


 腕を掴まれたアメルダは、ギロリと獣の目玉を動かして、驚いた表情で振り返る。


「なんだ、お前か。危ないぞ? もう少しで殴り飛ばすところだった。いいか? この耳が出てる時は、不用意に近づか……」


「お願いします」


「……はぁ。しつこいぞ、エリス」


「そうではなくて。せめて、騎士様方と話し合う時間を、私に頂けませんか?」


 妙な提案にアメルダは黙る。経験上、クロフテリアの性質上、もうこれ以上なにを言っても前に進む足は止まらないと踏んだのだろう。争いを回避するため、エリス様は話し合いに最後の望みを賭けた。

 しかし、話し合いというと、エリス様が直接、騎士団の前に立つということだろうか。それは余りにも危険だ。反逆罪で指名手配されているエリス様が見つかれば、騎士団は問答無用で捕らえに来るに決まってる。話し合いどころじゃない。


「エリス様、話し合いとは一体どういう意味ですか? まさか、直接会いにいくわけじゃ無いですよね?」


 エリス様は後ろの僕と顔を合わせない。沈黙は肯定の証。危険を承知で、そんな事を言ってるんだろうけど、散々逃げて来た騎士団にわざわざこちらから出向くなんて、違和感しか感じない。


「それは危険過ぎます。エリス様」


「しっかりと話せば、騎士様方にも分かって頂けるかもしれません」


「国への忠義が固い騎士だからこそ、罪に問われたエリス様は、捕まえる対象にしかなりません」


「なら、私の身柄と引き換えに、アンガル様は見逃して頂くよう……」


「エリス様!」


 本末転倒な事を言うエリス様に、思わず大きな声が出てしまった。失礼な事をした。でも、僕はアンガル王を助けるために、エリス様をここまで守ってきた訳じゃない。身代わりなんて、一抹の可能性も有り得ない話だ。


「変な事を言わないで下さい」


「……すみません。でも、他にどうしたら良いのか」


「黙って待ってりゃ良いんだよ、お前は。どうなろうが、お前のせいじゃない。これはもう、俺たちの戦いなんだからな」


 アメルダはあっけらかんと手を振りながら、先へ歩いていく。

 エリス様が少し混乱しているのも、心の中で声が聞こえている影響だろうか。エリス様が願う、誰も傷つかない穏便な道に進みたいなら、最善はアンガル王と共に逃げてしまうことだったと思う。だけど、クロフテリアはいつだって此方の思惑を大きく外してくる。恐怖心も一切持たずに、みんな楽しく戦いの準備を始めている。

 何をどうすれば良かったのか、考えても答えは見つからなかった。ただただ時間は過ぎていき、戦いの熱が近づいてくる。


「アメルダ!」


「またか!? なんだよ、もう!」


「医療班を、私に下さい!」


「はぁ?」


 再びアメルダに駆け寄ったエリス様は、突拍子もないことを言う。落ち着かない呼吸の中にも、エリス様の瞳は力強い。クロフテリアの信念に負けないくらいの、エリス様の信念が真剣な目に垣間見えた。

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