第64話 夕食
「いやーな事なんて、美味い飯を食えばみんな忘れんのさ! そら行くぞ、野朗共! 力を合わせて! せーのっ!」
景気の良い女性の掛け声に続ように、クロフテリアの住人たちが「せーのっ!」と声を響かせる。良い匂いが頂上にまで登って来た。どうやら夕食時のようだ。
「良い匂いがふる。ほういえば腹が減ったな。おい
この王は、自分が捕虜という立場である事を忘れているんだろうか。エリス様に首の皮一枚で助けて貰っておいて、悪びれもなく食事を要求するなんて、なんとも図々しい。
「私が持って来ます。ケイル、アンガル様を見張っていて下さい」
「……了解しました。すみません」
「うむ。頼んだど、エリフティーナ」
僕が食事を運ぶと提案しかけたが、それだとエリス様とアンガル王を二人きりにさせてしまうことになるので、自分の中でその案は却下した。
嬉しそうに手を振り、エリス様を見送るアンガル王の笑みときたら、まるで自分の悪行を全て忘れてしまったかのようなで、ちゃんと懺悔しているのかと不安になる。
「なぁ、
「……なんですか?」
「
「……だとしたら、どうだと言うのですか?」
アンガル王は目を丸くしたあと、一度は抑えた笑い声を解放して「バッファッファッ!」と歯の無い口で唾を散らしながら高笑いする。
「
「僕は勇者の末裔でもなんても無いですし、エリス様を娘呼ばわりするのはやめて下さい」
「ほぉ、
「僕は……ただの冒険者です」
「
「……貴方には話す必要のない事です」
「……訳ありという感でぃだな。フェッフェッ! 若い若い!」
答える必要のない事を言ってしまった。こちらを見透かすように笑う王が何とも憎たらしく思えた。
「はぁ……」
と上機嫌になっているかと思えば、急にため息ばかりを吐くようになった。その深い息はこちらに「心配して欲しい」と言わんばかりにわざとらしく続く。
「……何か?」
「いや……」
またベラベラと喋り出すのかと思ったら、声が小さくて肩透かしを食らう。どこか遠くを見つめて、背中を丸めるアンガル王。この弱気な態度も、僕から言葉を引き出させるための駆け引きなのかもしれない。そう思うと、安易に心配するのは馬鹿馬鹿しく感じられる。
「エリフティーナは、
「はい?」
思いもよらぬ質問に声が上擦ってしまった。エリス様が呪いだなんて、そんな事するはずがない。助けてもらっておいて、その言い草は何なのかと怒りそうになったが、アンガル王の空ろな表情は、僕の存在なんてまるで感知していないかのようだった。
「……後悔ひか残らない。これまでの行いが、
「アンガル王……?」
夜のローデンスクールに
「あああ!? こんな所にいやがったのかっ!」
「グフェア!?」
「ロ、ロッカさん!?」
軽い体で駆け上がって来た少年は、口と共に腕を動かして、思いっきりアンガル王の頬を殴りつけた。
「な、なんだ!? この子供は!? 無礼者め!」
さっきまで意識も朦朧としていたアンガル王は、正常な反応を見せる。今の一発で眠気が覚めたんだろうか。
「大丈夫ですか?」
「
ぼうっとしていたと言うには度が過ぎるくらいに、空虚な顔をしていたのに、今じゃそんな気配もない。いったい何があったんだろう。僕が心配し過ぎてるだけなのか。
「聞いたぞ!? 何でこんな奴助けたんだよ!?」
「こら、ロッカ」
暴れるロッカを、ヤードはアンガル王から引き剥がす。子供の疑問はいつだって簡潔で素直で分かりやすい。僕や周りの大人たちのモヤモヤとした気持ちを、体現しているようで苦笑いするしか無かった。
「エリス様が助けたいと願ったんだ」
「なんでだよ!? そいつがこの街をめちゃめちゃにしたんだろ!? だったら何で助けんだよ!?」
「それは、エリス様が僕たちよりお優しい方だからだよ。それだけの事です」
僕は目の高さを合わせてロッカに伝えた。エリス様が好きなロッカは、憤るモヤモヤをグッと腹の中に押し込めて、「フンッ!」と鼻を鳴らした。
「こんど何かしたら、俺がソイツをぶっ殺す!」
ロッカは拳を握ってアンガル王を睨みつけて言う。ロッカは幼いながらに逞しく、責任感があって自分の意思をちゃんと持った子だ。眉間にシワを寄せて悔しさを露わにするその表情が、エリス様やクロフテリアの人たちを想っての怒りだという事はすぐに分かった。
「対処するのは大事ですけど、殺すとか、簡単に言っちゃダメですよ」
「なんでだよ。悪い奴は死んで当然だろ? 居なくなれば皆、スッキリするだろ?」
「エリス様はそれを望んでいないんだ。誰にも亡くなって欲しくないと、そう言っていました。悪い人でも、償う機会を与えなくちゃいけないんですよ」
「……めんどくせぇよ! そんなの! なんで俺たちが、そんなことしなくちゃ何ねぇんだ!? 悪な事した奴が全部悪いんだ! そんな奴に気なんて遣う必要ねぇだろ!」
「それでも、エリス様は助けると決めたんですよ」
「……お前はどうなんだよ!?」
「え?」
「お前はどう思ってんだよ!? それが良いって思ってんのか!?」
「僕はエリス様が望むなら、それを叶えてあげたいだけです」
「そんなのずりぃよ! お前だけ!」
「どうかなさいましたか?」
エリス様が両手に器を持ちながら階段を上がって来ると、ロッカはすぐにそっぽを向いた。
「ごめんなさい。2つずつしか持って来れませんでした。もう一度降りて自分の分をとって来ますので、ケイルとアンガル様で、お先に食べていて下さい」
「俺がとって来てやるよ! エリスは此処に居て良いからな!」
「え、あの、ロッカ様!?」
「そういうことですから、それはエリス様がお召し上がり下さい。僕は後で頂きます」
ロッカはエリス様の優しさを理解するのに苦しみ、誤魔化すように下へ降りて行った。
「ヤードさん。しばらくの間、僕たちは此処で寝起きすると思います。ロッカさんにもそうお伝え下さい」
「……そうですか。分かりました。では毛布を何枚か持ってきましょう」
「ありがとうございます。助かります」
「何をひている、エリフティーナ。早くほの器を渡ふがよい」
器の中身を見たアンガル王は、得体の知れない魔物の肉がふんだんと入ったごった煮に「何だこれは!? これが食い物なのか!?」と失礼な事を言う。しかし、よほどお腹が減っていたのか、一口食べると目をギラギラさせて一心不乱に鉄のスプーンを回し続けた。
さっきの無感情な表情や、気弱な姿勢は、ただお腹が減り過ぎて力が入らなかっただけなんだろうか。元気そうにおかわりを要求する姿を見ると、心配して損した気分になってくる。
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