第63話 野望

 監視役を引き受けたエリス様だが、ローデンスクールには自分一人で使える部屋なんてないし、そもそも部屋数が減った原因がテルストロイの攻撃なのだから、首謀者の為に空き部屋を用意してくれる筈もない。

 自室にはロッカとヤードも居るし、アンガル王の置き場所に悩む。


「上に参りましょう」


「上?」


「暫くはケイルと共に頂上で寝泊まりします。よろしいですか? ケイル」


「アンガル王の見張りは僕がやりますので、エリス様は室内にいた方が……」


「引き受けたのは私です。それに、アンガル様には色々と聞かなければならないこともあります」


「上って……この山を登るのか!?」


「ええ、そうです。早く立って下さい。アンガル様」


 迷路のように入り組んだ階段をひたすら登り、頂上を目指す。すれ違う住民たちの目はどれも冷ややかで、その視線はアンガル王に向けられたものと分かっていても、それを保護している僕らにも、当然、少なからず懐疑的な心は寄せられてくる。せっかく今まで仲良くやって来たのに、急に敵に回ってしまったような気がして、凄く寂しい気持ちになる。


「でぇ……ふぃ……。なんとういう拷問。これが其方ほなたのやり方かエリフティーナ」


「はぁ……。アンガル様が運動不足なだけですよ。さぁ、もう少しですから、頑張って下さい」


 重たい体を左右に揺らしながら、一段一段を苦しそうに登るアンガル王のせいで、普段なら1分と掛からない道のりが20分以上経過する。手を貸す事も出来たが、酸欠と戦う苦悩も懺悔の一つだと思い、自力で上がってくるまで僕とエリス様は待ち続けた。

 頂上に到達した瞬間、最後の段差をアンガル王は両手長足を広げて仰向けで倒れる。

 絶えず空気が抜ける口を見れば、どうやらエリス様の【聖霊の祈りアテナス】では傷口を修復することは出来ても、抜けた歯までは回復出来なかったらしい。醜悪とは言えないが、口を開くたびに「ふにゃふにゃ」と息が漏れて、見た目にも異様だ。

 特殊な回復魔法があれば治せるのかも知れないが、罰を受ける意味でも、当面はそのままでいてもらうしかない。


「アンガル様。早速ですが、マディスカルで何があったのか、本当の事を教えて下さい」


「本当の……こと?」


 息を整えるのに精一杯だったアンガル王は、しばらくしてようやく体を起き上がらせた。


「テルストロイにリングリッドの騎士団が攻め入ったというのは本当の事なのですか?」


「まだ疑っておるのか。それがふひょならわたひはこのような場所ばひょには来ておらん。其方ほなたこそ、本当に何も心当たりがないのか?」


 エリス様は目を閉じて優しく首を振る。心当たりどころか、クロフテリアに居ては世界の情勢なんて一つも耳には入って来ない。僕もエリス様も、抗争相手だった事を差し引いても、どうしてもアンガル王の言葉が信じ切れずにいた。


わたひ首都ひゅとに戻った直後、奴らが押ふぃ寄ふぇて来たのだ。アルバートのに我が国が関わっていると言ってな。全く冗談でょうだんでゃない。なでわたひがリングリッドの王を殺はねばならん。ほんな事をしても、わたひの利益にはならないだろうに」


「……い、今なんと……」


わたひの利益にはならないと言ったのだ」


「そこでは無く、リングリッドがテルストロイを襲った理由は……」


「アルバートのわたひが関わっていると、根も葉もない事を言って、奴らは我がまてぃ蹂躙でゅうりんひたのだ」


「……アルバートの……ひ?」


だ」


「……死? ……お、お父様が……し、死んだのですか?」


「なんだ、ほんな事もらなかったのか。本当に何もらない無いようだな」


 空気が抜けるせいで肝心な所が聞き取れず、暗闇に潜む魔物に手を伸ばすかの如く、恐る恐る聞き直す。実の父親の死を聞いたエリス様は、乱れた呼吸を整えるために目を瞑って時間を置く。

 こんな僕にも国王陛下とお会いする機会が一度だけあった。神童の集いがSランクパーティに昇格した際の祝賀会に、密かに国王陛下が来てくれた時だ。変装が施されていて、素顔を間近で拝見することは出来なかったけど、演説の時とはまた違った、心の中に入り込むような独特な声だったのが印象的だった。亡くなられたと聞くと、そんな思い出が一気に呼び起こされる。

 王宮にいる高位な魔法使いたちを置いて、病死ということはあり得ないだろうが、仮にそれが他殺だったとして、アンガル王がそれに関与する利益がどこにあるんだろう。

 貿易も盛んで、友好的な隣国なのに。それに、国王陛下に毒を盛ろうかというときに、悠長にクロフテリアまで僕らを追いかけに来るだろうか。状況や時期を考えると、国王陛下の死にアンガル王が関与しているというのは、無理があるような気がする。


「……誰が」


「ん?」


 混乱と恐怖が入り混じり、小さくなってしまったエリス様の声は、頂上に吹く強い風で掻き消された。僕は【風速操作ウェザーシェル】で風を止める。


「お父様が亡くなったのなら、いったい誰がテルストロイを……」


「アルバートの後を継いだのはアルテミーナだ。騎士団きひだんし向けたのは、奴の考え。一体なにを間違えたら、あのような者に国をあぶける事になるのか」


 (彼女の目的は、王位継承権の奪取。ゆくゆくはお父様をも手にかけ、自らが王の座に就こうと画策しているのです)


 第四王女の名が出ると、腹の底から寒気が滲み出てくる感覚に襲われ、以前にエリス様から聞いた言葉を思い出す。

 本来なら第一王女のフローレンス様が王位を継承する筈なのに、それを差し置いて王の座についている違和感を思うと、全てがアルテミーナ様の策略としか考えられなくなる。

 国王陛下が亡くなったというアンガル王の言葉を鵜呑みにするつもりはさらさら無かったのだが、アルテミーナ様の名前が出ると一気に信憑性が増してしまう。底知れない第四王女の野望に、僕もエリス様も心底恐怖していた。


「な、なぜ……アルテはテルストロイを襲ったのでしょうか」


「ほんな事、わたひの方がりたいことだ」


 王の座につき、権力を欲しいままにする。アルテミーナ様の野望がそこにあるなら、既にその願いは叶えられているように思える。どうして、わざわざテルストロイにまで攻め入る必要があったのか、今の僕らには知る由もなかった。

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