第59話 自信

「兄者、無理をするなよ」


「これくらいどうって事はない。お前まで俺を病人扱いするつもりか?」


「そ、そう言う訳じゃない」


 下から上がって来た頭部。出会った頃から一度も外している姿をみた事がない、特徴的な丸いサングラスを見れば、それがマティス兄弟である事はすぐにわかった。


「……ち、違います! これは、その、エリス様が冷えてしまわないようにというか、なんというか」

 

 2人で一枚の毛布に包まっている姿を、少しの間じっと見られ、僕は恥ずかしくなって心にも無い言い訳を吐きながら離れた。


「別に何も言ってないぞ?」


「愛を育む事は悪いことではない」


「あ、愛って……」


 ロイは弟のエルに肩を貸して貰いながら、急な階段を一段一段ゆっくりと登って来た。

 ロイの右足は先の奇襲で損失し、残念ながら回復薬では取り戻すことが出来なかった。今はオルバーが丹精込めて作った鉄の義足が膝から下に嵌められ、ぎこちない歩きを見せている。無機質な足音が、少しだけ心を冷たくする。

 今も悔しさがあるのか、治療に当たれなかったエリス様は、干魃地帯の何処とも知れない場所を見下ろして、義足から目を逸らした。


「どうだ!? ここまで登って来たぞ!」


 僕の同情の心を打ち砕くように、ロイは「ダン!」と音を立てて強く義足を踏み抜く。その明るい表情はいつもと変わらず、むしろ以前よりも誇り高く胸を張っている。


「……どうして此処へ?」


「来ては悪いのか?」


「い、いえ、そう言うわけでは……」


 正直に言って、ロイの歩行は手放しで信用できるほど滑らかではない。風は操作しているが、何かの拍子で足を踏み外したらと思うとかなり不安が残る。出来ることなら、低い階層に降りることを勧めたかった。


「誰も彼も、みな同じような顔をする」


 ロイはため息を吐きながら、首を振って言う。


「俺がもう二度と狩りに行けないと、そう思っているだろ? この足では、もう何も出来ないと」


 沈黙は同意に重なると知りつつも、返す言葉を見つけることが出来なかった。


「俺は弱い男ではない。必ず、また戦えるようになる。それを証明するために、此処まで登って来たのだ」


 お得意の筋肉を披露させるポーズで勇ましさをアピールするロイ。しかし、いつもとは違う重心の動きにバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。


「兄者!?」


 ロイは背骨を反らせて両手を付き、バク転の要領で着地しては「どうだ、見たか!?」と言わんばかりにニヤリと笑った。

 僕もエリス様もエルも、出るのはため息ばかりだが、当の本人は自分の可能性を再確認したようでご満悦だ。


「ロイさんは、強い人ですね」


「ああ! 俺は最強だ!」


「どうしてそんなに強く居られるんですか?」


「ん?」


 クエストをこなし、様々な魔物と戦っていれば四肢損失の可能性だってあるし、大概の冒険者はそれを覚悟で生業にしている。でも自分の足を失って、喪失感や失望が無い人間なんて居ないだろう。あの時、あの場に居なければ、すぐに行動していれば、他に何か方法があったんじゃないか、後悔を数えたら切りが無い。自分の行動に自信が持てなくなる時だってある。

 それでも、ロイは挫ける気配も見せずに、強く前だけを向いている。そこには自分を傷つけた相手への怒りすらも感じない。あるがままの自分を受け入れている姿勢が、どうにも羨ましかった。


「困難を乗り越えるほど、人は強くなる! 困難があったら、それを乗り越えた時の自分の姿を想像するのだ! 俺ならきっと出来る! そう信じているのだ! なぜなら、俺は最強だからだ!」


 腰に手を当てて、何の疑いもなく宣言するロイ。無知な人が言うなら冗談混じりに微笑んでいたかも知れないが、義足を支えに胸を張るロイの姿には尊敬の念しか沸かない。


「ふふ。僕もロイさんを見習いたいと思います」


「おう! 存分に見習うがいい!」


「腕の良い技工士に頼めば、自分の体と遜色ない魔導義肢装具が手に入ります。機会が有ったら、一緒に作れる人を探しましょう」


「本当か!? それは、本当なのか!? それが有れば、以前のように動けるようになるのか!?」


 興奮気味に口角を上げるロイはグイグイと顔を近づけて、鼻息が当たるほど前のめりに迫って来た。


「え、ええ。義肢の冒険者もいますから。でも、かなりお金が掛かりますし、精巧なものはドルトンハイルにいるドワーフの方達に頼まないといけませんので、直ぐには手に入れられません」


「そうか。じゃあ頑張るしかないな! うおっ!?」


 目標が遠くにあると分かって力が抜けた瞬間、前のめりにほぼ片足で踏ん張っていたロイは体勢を崩し、僕は直ぐにそれを支えた。


「おお、すまんすまん」


「いえ……」


「……どうした?」


 ふと【|鷲の眼(イーグルアイ)】が樹海の中で動く2人の人影を捉える。見覚えの風貌、樹海へ向けた目に自然と力が入る。

 デビド・アンガル。撤退したはずの忌まわしい王が、たった一人を付き従えて、こちらに向かって歩いてくる。揺れる肥満体を見ると、不愉快さがここまで臭ってくるような気分になり、さらに眉間に力が入った。

 そして、次に見たものには、思わず声に出そうになるくらいに驚いた。付き従えた一人は、アンガル王の従者かと思ったがそうではない。

 質素な服を着て、後ろ手に縛られた見窄らしい老人は、明らかにセバスだった。


「どうかなさいましたか?」


「アンガル王が来ています」


 その言葉だけを聞いたエリス様は、心臓が飛び跳ねたように息を大きく吸った。マティス兄弟も怪訝な表情を浮かべて樹海を見る。


「でも、一人の捕虜を連れているだけで、他には誰も居ないようです」


「捕虜?」


「……セバスさんです」


 エリス様は勢いよく立ち上がり、目視できるはずのない、まだ遠くに居るセバスの姿を探していた。

 一体なにが目的でやって来たのか。油ぎったアンガル王の顔からは、滝のように汗が流れ落ちている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る