第57話 追走 ※
6日間歩き続けた。
どんなに時間が無くても、目的地までの移動では魔力消費を極力抑えるのが冒険者のセオリー。特にこれから向かおうとしている場所が、戦場になるかも知れないと聞けば、尚のこと体力温存は必要なことだった。
ロイド様が取り返しのつかない指示を出してないか、焦りながら続ける旅は不安との葛藤の日々だった。
樹海の中、切り開かれた一本の道は、首都に続く唯一の道。普通なら何人もの行商人や冒険者たちとすれ違うものだが、世界で私たち以外の人間が消えてしまったのかと思うほど、道中は恐ろしいほど静かで寂然としていた。
「どうする?」
レイシア様が小声で伺う。
もう少し歩けばマディスカルというところで、嫌なものが目に入り、私たちは道沿いの木に隠れた。来訪者を歓迎する首都の入り口にある門は無惨に破壊され扉がない。普段なら形ばかりの門番が両脇に控えているはずなのだが、今はリングリッドの騎士たちが、まるで自分たちの領土であるかと言わんばかりに警戒についている。
既に首都は占拠されている。直感でそう思える佇まいだった。
「コソコソしてたら、やばいんじゃない? 敵と勘違いされたら厄介よ」
「同感です。私たちはリングリッドの市民な訳ですし、堂々としていても酷い扱いを受けることは無いのでは?」
「そうね。じゃあ、このまま行っちゃいましょう」
私たちは真っ直ぐ門の方へと歩く。一度は門番に止められたものの、一人の騎士が神童の集いを知っていてくれたようで、「ロイド様への陣中見舞い」と誤魔化す事で通して貰えた。
マディスカルの中を見た私たちは息を呑んだ。
見渡す限りの血飛沫、荒れ果てた市場、ロイド様の仕業であろう真っ二つに両断された家、腕を縛られ一まとめに捕縛された住人やテルストロイの兵士たち。
騎士団達の負傷者はどこにも見えない。戦争、というよりは一方的な蹂躙だったことが窺える。それもそうだろう。大した検証も議論もせず疑いをかけられたテルストロイには、迎撃する猶予なんて無かったはずだ。ましてや、友好を極めた隣国が攻めてくるとは夢にも思わなかっただろう。奇しくも、突撃一辺倒なロイド様の指示が、的確な奇襲作戦となってテルストロイ攻略に見事に役立ってしまったようだ。
テルストロイの本城。謁見の間の玉座にロイド様は、まるで王にでもなったかのように腰掛けていた。
「おお、お前達。よく来たな」
「アンタ……自分が何をしたのか、本当に分かってるの?」
ミリィ様は怒りに声を震わせ、拳を握っていた。
「もちろんだ! 見たか!? 俺様の力を! 俺の采配で一国を3日と経たずに制圧したのだ! どうだ、凄いだろ! もはや俺の出世は間違いない。王宮の権威として召し抱えられる日も近いだろう。フハ……フハハハハ! 考えただけでもニヤケが止まらん! これでお前達も、少しは俺のことを見直したんじゃないか?」
「救いようのないバカね……」
「安心しろ、テルストロイの負傷者は全員治療している。死者はいない。どうだ、この懐の広さ!」
「関所の人たちは、放って置いたら死んでたわよ」
「……あ〜、忘れていたな」
「忘れてたって……アンタねぇ!?」
人の営みを破壊しておいて、人を殺しかけておいて、この人は何の良心も痛まないのだろうか。それとも、罪悪感を感じなくなるほど献身的に国への忠義を尽くしているとでもいうのか。そんなんはずはない。あの、ロイド様がそんな奥ゆかしい気持ちを持ち合わせているとは思えない。
「ロイド様! ご報告いたします! テルストロイの王は樹海に逃げ込んだ模様。偵察隊が捜索しておりますが、恐らくは北上してクロフテリアに落ち延びたものかと」
「フン! 往生際の悪い王だ。見窄らしく生きるくらいなら、戦って散ろうと何故考えない。とりあえず追え」
「と、とりあえず……でございますか?」
「そうだ! 突撃だ! さっさと行け!」
「ロイド様は出陣なされないのですか?」
「見て分からないのか? 樹海の散策に骨を折るより、俺にはこの玉座に座っている方が相応しい」
「は、はぁ……」
「クロフテリアなんぞゴロツキの集団だろう。お前達だけでも制圧出来るはずだ。行け! アンガル王を捕まえるまで、決して戻ってくるな!」
「は、はは!」
駆け込んできた騎士は跪いて報告した。その光景はまさに王が主命を授けるかの如き振る舞いだった。
ミリィ様にクイクイと袖を引っ張られ、3人は玉座に背を向けて密談の姿勢をとった。
「クロフテリアにはアミルが居るって……」
「ええ、そのつもりで私たちは来てる」
「騎士団が制圧する前に、クロフテリアに向かわなければ、アミルの身にも危険が……」
「どうした? お前達」
「え、いや、なんでもないわ」
ロイド様に話しかけられ、ミリィ様の取り繕った笑顔と共に密談の姿勢を解いた。
「どうだ? 俺の元へ帰ってくる気になったか? ミリィ、レイシア」
また私は眼中に無しですか。まぁ良いですが。
「アミルのような使えない弓使いより、俺のように軍を率い、体制を動かす武人の方が、よっぽど男らしく優れていると思うだろう?」
「え、ええ、そうね。そう思うわ」
「グフフ……グハハハハ!」
「それじゃあ、アンタの武勇も見れたし、私たちは失礼させてもらうわ」
狂ったように笑うロイド様に恐怖を覚えつつ、私たちは逃げるように本城から抜け出した。
「クロフテリアはここから北?」
「ええ、噂ではね。正確な地図はないわ」
「アミル無しで踏破できるでしょうか。あの鬱蒼とした森の中を……」
考えることは同じのようで、暫く沈黙を挟んで案を巡らせる。
アミルがいた時、私たちが道に迷うことなんて一度もなかった。間違った道に行けば直ぐに声をかけてくれたし、危険があれば数キロ手前で知らせてくれた。
足元を照らしてくれていたアミルが居たからこそ、私たちは前方に専念して足を進めることが出来たのだ。今さらになって、アミルの不在を痛感する時間だった。
「ええい! 悩んでてもしょうがないわ! 3人いれば、何が起こったてどうってことないでしょ!?」
「ええ、その通りだわ。今はとにかく前に進みましょう」
我がパーティの女性陣は、いつものことながら勇ましい限りで、荒れ果てた市場に転がった、携帯食料と浄化水筒をレイシア様の【
危機が迫っていることを、アミルに伝えなくてはいけない。こうなってくると、クロフテリアに居ると言われる弓の名手が人違いであった方が良いような気がしてくる。
私たちは動揺冷めあらぬマディスカルを背に、北に進路をとって樹海に潜り込んだ。
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