第56話 急進 ※

「し、侵攻って、どういうこと兄さん? それに国王陛下の命令って、陛下はお亡くなりになったはずじゃ……」


「前国王が亡くなられて直ぐ、全権は第四王女のアルテミーナ様に移った」


「ア、アルテミーナ様? ……王位継承権一位はフローレンス様のはずじゃ……なぜアルテミーナ様が?」


「王宮内の決定だ。一介の騎士が与り知るところではない。ただ、アルテミーナ様の声明によると、前国王の死はテルストロイの呪術によるものだという。今回の侵攻もその報復を大義としている」


「テルストロイの術式は独特なものがあるから……。王宮内の人間が気づかなかったのも、それなら一応、納得は出来るわね。でも確証はない訳でしょ? 余りにも短絡的じゃない?」


「王都で起きていることを、何もご存知ないのですか?」


 ジェームスの問い掛けに私たちは一様に首を傾げた。私たちは国王陛下が亡くなってすぐに王都を出た。悲しみに暮れる人々の姿は見ているが、それ以降の7日間のことは何も知らない。

 ジェームスは眉間にシワを寄せ、難しい顔をする。


「極度の重税、物資徴収、出入国制限、徴兵命令が1日の間に発令され、騎士はもちろん、市民の生活は一変しました。そして、出兵はテルストロイに向けてだけではなく、西側諸国にも……」


「はっ!?」


「テルストロイの暗殺計画に、共謀したとことですが……。アルテミーナ様が即位した事も確かに不可解ではありますが、そうでなくても今の王都は明らかにおかしい。陛下が何をお考えなのか、何を目指していらっしゃるのか私には分からない……」


 ジェームス兄さんは国民の心を代弁するように苦しそうな声で言う。そこには国王に仕える騎士として、国に不都合な言葉を発言することに抵抗感を持っているようにも見えた。

 想像もつかない話に、何が起きたのか、どうしてアルテミーナ様がそのような判断をなさったのか、私たちは内心信じきれずにいた。


「指揮はやはり、オーバス様が?」


「オーバス様は西に出兵した騎士団を率いている。テルストロイ制圧の指揮官は……」


「おい、貴様! 何をしている!? さっさと持ち場に戻れ! ……ん?」


 後方から遅れてやってきた騎馬隊。骨身に染み込んだ怒鳴り声に、身体が無意識の内に正体を教える。筋力を誇示する人並外れた大剣を主要武器にする人物を私は一人しか知らない。


「ロイド!? アンタ、こんなとこで何やってんの!?」


 ミリィ様は言葉を選ばず、目上の公爵をアンタ呼ばわりする。その口調には毎度ヒヤヒヤするのだが、当のロイド様はその強気のミリィ様の態度こそがお気に入りらしく、ニヤリと笑って話し始める。


「よう、お前らか。こんな所で冒険者ごっこでもしているのか?」


 何に対して自慢しているのか分からないが、ドヤ顔をして声質に嫌味を含ませるロイド様。

 国印が刻まれた騎士団の鎧を着て、いつもは無いマントを身につけてる。いつもの冒険者仕様の服じゃない。見た目には騎士そのものになっている。これは、どういうことだ?


「俺は新たな国王、アルテミーナ様直々のご命令を受け、テルストロイを滅ぼす陣頭指揮を賜ることになったのだ! どうだ、凄いだろ!?」


「「はぁあああ!?」」


 ミリィ様とレイシア様は同時に驚愕の声を上げる。実力だけを加味すれば、ロイド様の腕力は騎士王にも引けを取らないだろう。だが、素養にも人格にも問題があるロイド様が、騎士団の指揮官として召し抱えられるなど信じられない。

 騎士の精神など微塵も持ち合わせてはいないはずのロイド様がなぜ? 公爵家の人脈で口添えしたか……そうとしか考えられない。しかし、アルテミーナ様も、よりにもよって何故ロイド様を……元Sランク冒険者の肩書きが、任命の後押しになったのだろうか。


「これが最後のチャンスだ⁉︎」


「は?」


「俺はこれから騎士として武勲を上げ、お前たちが一生懸けても手の届かない高みにまで登り詰める! ミリィ、レイシア、俺はお前たちを高く評価している。俺の配下でいた方が、今後の人生も楽に過ごせるぞ?」


「私の人生を心配してくれて、ありがとう。でも結構だわ。私の人生は私でどうにかするから」


「アンタの配下なんて、真っ平御免よ! 馬鹿ロイド!」


「ふははは! どこまでも素直じゃ無いやつだな!」


 ミリィ様は本心で拒絶しているが、ロイド様にはそれすらも、恥じらいを持った生娘の反応にでも見えているようだ。そして、ロイド様。お二人はお誘いして、私には声を掛けて下さらないのですか? まぁ、勧誘を受けても、このような形で憧れの騎士にもなりたく無いので、構わないと言えば構わないのだが。


「ロイド、貴方分かっているの? これはクエストじゃない。相手は人間なのよ?」


「ああ、敵にもそれなりに悪知恵を持った奴も居るかもな。少なくとも、デビルモンキーよりは賢い連中だろうしな。なんだレイシア? 俺のことを心配してくれたのか?」


「はぁ……。貴方っていう人は、救いようの無い愚か者ね」


「ふふ。何を聞いても負け犬の遠吠えにしか聞こえないな。俺が出世しても悪く思うなよ。国に認められた俺の実力を見抜けなかった、お前らの落ち度なんだからな。フハ! フハハハハ!」


「ちょっと、待ちなさいよ! ロイド! ロイドー!」


 ミリィ様は駆ける馬の背に叫ぶ。ロイド様は見当違いな高笑いを上げ、先へと馬を走らせて行った。もはや気分は騎士王様になったつもりなのだろう。私たちの心配も、山頂の霞くらいにしか届いてない。


「シェイル。ロイド様は、大勢の人間を指揮した事はあるのか?」


「いや、学院を卒業してからずっと私と冒険者として旅をしてたから、そんな経験はないと思うけど」


「ロイド様は「突撃」としか言わないのだ……。はぁ。何故オーバス様が指揮を取ってくださらないのか」


 ああ……心中、察するに余りある。あの人が指揮を取って上手く機能する場面なんて、神童の集いとして共に過ごしていた間には一回も出くわした事がない。いつも行き当たりばったりにロイド様が突っ込んで、周りがフォローに回る。不幸にも、そんな一辺倒な戦略で我々はアミルが居なくなるまでクエスト成功を連発させてしまった。ロイド様の悪癖も、そんな成功体験が原因の一つだろう。


「シェイル、任務失敗は悔しいだろうが、すぐに引き返せ。ミリアルディア様、レイシア様、失礼いたします」


 兄さんは再びフードを頭に被り、馬に乗って雨の中を走って行った。

 樹海の方で大きな音が鳴り響き、空を飛べる魔物たちが無数に羽ばたくのが見える。


「行ってみましょう」


「うん」


「はい」


 私たちは迷いなく騎士団の後を追いかけた。兄さんには引き返せと言われたが、ロイド様が関わっている以上、見過ごすことなんて出来るはずはない。というか、あの人が戦場で指揮を取るなんて不安しかない。


「ちょっと……なんなのよ、これ……」


 テルストロイ関所は、見るも無残に破壊され、辺りには血を流すテルストロイの兵士たちが倒れ込んでいた。


「だ、大丈夫!? しっかりして!」


「レイシア様!」


「分かってる! 負傷を全員こっちに運んで!」


「はい!」


 誰一人見逃すことなく負傷者を運び、整列して寝かせる。息絶えた者もいるが、まだ体は暖かい。腐敗が進まない限り、レイシア様の【細胞回復アルカナフィール】は効力を発揮する。


 とりあえず全員の治療は終わった。

 これは本当に騎士団がやった事なのか。こんな、なんの警告もなく、遠慮もなく切り捨てて、治療もせずに通り過ぎて行ったのか?


「ロイド……」


 ミリィ様は悔しそうに呟く。ロイド様には慈悲の心が足りない。与えられた役職と権力で威張り散らすことに、躊躇ためらいを覚える人じゃない。昔はあんな人ではなかったなどと、そんな事を言っている場合では無くなった。

 不安は現実に。ロイド様は配慮なく人を殺せる人だとハッキリと分かった。


「どうする? ミリィ」


「どうするって、追うしかないでしょ」


 私たちの意見は、議論する前から決まっていた。まだ意識のない人たちを、なるべく雨に当たらないよう木陰に移し、泥濘ぬかるみにできた蹄を辿り始めた。

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