第55話 突飛 ※
私の名はシェイル・エルバーン。
危険の前に立ち塞がり、
陛下の無き失意に落ち込む王都を出て7日目、ミリィ様とレイシア様と私は、ようやくテルストロイ共鳴国との国境間近までやって来た。視界には鬱蒼とした森が山のように地平線に広がっている。
冒険者の「行き」というのは、非常に面倒なものだ。レイシア様の【
「ねぇ。どうしてアミルはクロフテリアに居ると思う?」
「なにか事情があるんじゃないの?」
「テルストロイとの抗争に加担する事情? なにそれ? というか、テルストロイとクロフテリアって何で争ってるわけ?」
「今の情報じゃなにも分からないわ。そもそも、クロフテリアにいる弓の名手がアミルと決まったわけじゃないし」
「もし行って人違いだったら最悪ね。時間の無駄もいいところだわ」
遠方から矢が飛んできて、テルストロイの兵士たちが足止めを喰らっている。オーバス様から頂いた情報を聞いて、私たちはアミルに間違いないと思い込んでしまった。エルフでもなきゃ、今どき弓矢を使う人間なんて限られているが、それでも確証なんて一つもなかった。
「関所越えたら魔物の巣窟だし、今日はここで休んできましょ」
「賛成」
「では、結界をはります。【
テルストロイは自然を愛する国、森を切り開くことを嫌う彼らは、道中に町を作らない。国境を越えたら、首都まで魔物が多く生息する森の道を何日も歩くことになる。日が暮れ始めてから入国するのは、気の滅入ることだった。
私の金の盾には、レイシア様が施して下さった防御スキルの長期継続化を呼ぶ【
レイシア様は【
魔力節約は鉄則だが、我々は元Sランク冒険者。この程度の小さな魔力なら使ったうちに入らないので、焚き火確保とテント設営は許容範囲としている。
「ほら、シェイル」
「ありがとうございます。そして……申し訳ございません」
「別に謝らなくていいよ」
レイシア様が【
私が買った7日間用の食料は既に底を尽き、恥を忍んで食事を恵んで頂いた次第だ。高級携帯食料は値ばかり張って中身が少なく、腹も膨れない。見栄を張った結果がこれだ。金欠なのだから貴族のプライドなど捨てて、安い食料を買い込むべきだったと後悔が積もる。
「シェイルがミスするなんて珍しいわね。なんかあったの?」
「い、いえ……」
実家が破産寸前です。とは、なかなか言えなかった。
ミリィ様もレイシア様も、身分や資産で人を見るような方ではない。エルバーン家の爵位が無くなろうと手のひら返しで偉そうに振る舞い事は絶対にしないだろう。ただ……。そう、私は仲間に要らぬ心配を掛けたく無かったのだ。
しかし、それこそが安いプライド、冒険者にとって一番不要なもの。一蓮托生の危険なクエストの中で、中途半端な気遣いは互いの首を絞めることになる。現にこうやって迷惑を掛け、旅に支障をきたしている以上、話さない訳にはいかなかった。
「実は……私の兄が多額の借金を抱えたまま姿を消してしまいまして。エルバーン家は殆どの財産を失ってしまったのです。それで、食費も出せない有様となってしまいまして」
お二人は途中で口を挟む事なく、私の言葉に耳を傾けて下さった。
「私はこの旅で、テルストロイで行方知れずになった兄の捜索もしたいと考えております」
「なにそれ。初耳なんだけど」
「借金っていくらくらいなの?」
「ざっと金貨50万枚」
「「50万枚⁉︎」」
お二人は声を揃えて驚いた。突然そんな多額の借金に見舞われたら、いくら裕福な貴族でも没落する。何とか返済出来たのは、代々騎士として国に仕え、懸命に働いたご先祖様の蓄えが有ったからこそで、私自身は家を守る力を何も持たず、ただ運が良かったに過ぎなかった。
重い空気が焚き火を囲む。暗い背景が、余計に気持ちをどんよりとさせた。
いっそ今すぐ私が消えたら、お二人の憂慮も晴れるだろうか。もしもこの旅でジェイド兄さんが見つからなかったら、その時は潔くお二人から離れよう。資産面で足手纏いになるくらいなら、私は……。
「困ったことがあるなら、どうして真っ先に相談しないのかしら? アミルもだけど、貴方の頑固さも相当ね」
「え?」
「住む場所は? どうしてんの?」
「そ、それは……」
「正直に答えなさい」
「……住む場所は、ありません」
「ご両親はどこにいんの?」
「父が騎士養成学院の教員を勤めているので、両親は学院の寮に移りました」
「誰も住んでない別荘が幾つかあるわ。それ使っていいから、帰ったらすぐご両親に伝えて」
「当面の資金は私が工面する。新作の魔法が売れたからお金だけはあるの」
「でた、それ自慢?」
「ええ、そうですけど、なにか?」
「アンタのそういうとこ、本気でいけ好かないわ」
「だったらミリィも何か作ってみたら良いじゃない」
「この……簡単に言ってんじゃないわよ」
「し、しかし、そのような事は……申し訳が無さ過ぎて」
「仲間を頼らないことを申し訳ないと思いなさいよ」
「自分の価値を過小評価し過ぎよ。私たちは掛け替えの無い仲間。代役なんて居ない。それはアミルを失って、ちゃんと理解したことでしょう」
「素直に受け取っておきなさい。これ、命令だから」
お二人は当然のように暖かい言葉をかけてくれた。側に居るには釣り合いが取れない、自分は足手纏いになると思っていた。嫌われる、軽蔑されると。
でも、お二人にはそんな考えは微塵もなかった。分かっていたはずなのに、どうしても涙が流れてくる。騎士は決して泣いてはいけないのに、それでも、溢れ出る感情は止めることができなかった。
私の心と同調するように涙雨が降る。【
「アンタがいなきゃ雨も防げない」
着飾ることなくミリィ様が笑みを浮かべてそう言うので、私も思わず微笑んでしまった。
「そろそろ寝るわよ。明日は日の出前に出る」
「ええ、そうね。それは良いけど、いい加減に一人で寝れるようになったら?」
「うるさい」
ミリィ様は暗闇が苦手で、いつものようにレイシア様に寄り添って眠る。強気な態度が目立つ令嬢も、こうなると小さな妹にしか見えないな。
「なに笑ってんのよ」
「あ、いや、別に……」
「……別荘は貸すけど、ちゃんと家賃は取るから」
「え……」
「おやすみ!」
「お、おやすみなさい……」
夜が更けた頃、来た道の方角から魔物の唸り声にも似た地響きが聞こえてくる。眠気も覚めて、私たちは暗闇を向いて臨戦態勢をとった。
「【
レイシア様が暗視魔法を唱えると、視界が薄明になる。地平線に揺れる無数の旗。それはリングリッド王国騎士団が掲げる軍旗だった。
「バシャバシャ」と泥水を跳ね上げて、数千の騎馬隊が通り過ぎて行く。
「シェイル⁉︎ お前、こんな所で何をしている⁉︎」
「ジェームス兄さん⁉︎」
ローブ姿が特徴的な魔法使いの部隊が通り過ぎていく中、一騎の兵士が隊列を離れこちらに戻ってきた。
馬を降り、目深に被ったフードを取りながらこちらに向かってくる男は、顔が露わになる前から声と雰囲気だけで自分の家族だという事が直ぐに分かった。エルバーン家次男、ジェームス兄さんだ。
「兄さんって……アンタの?」
「シェイル。こちらは?」
「オートレード伯爵家のミリアルディア様、ハートン子爵家のレイシア様です」
「おお、これはこれは。いつも弟がお世話になっております。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私の名はジェームス。誇り高き魔法の騎士を目指す者です」
「ミリアルディア。よろしく」
「レイシアと申します。シェイルには私たちの方こそ、よく助けて頂いております」
「兄さん、どうしてここに?」
「国王陛下より、テルストロイへの侵攻命令が下った。ここから先は、戦場になる。クエストの途中なんだろうが、今すぐ引き返した方がいい」
侵攻……? 戦場……?
突飛な言葉に私たちは少しのあいだ声を失った。
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