第54話 光の鎧

「やめろ、モーガン! お前、手が……!」


「このぐれぇ、すぐ治んだよクソったれがぁ!」


 モーガンは押し潰された仲間を救うため、焼き石を鷲掴みにして瓦礫を退かそうとしている。

 彼だけじゃない、全員が目の前にいる弱き者のために全力を振り絞って救助活動に当たっている。地獄絵図の烈火の中でも希望を失わないのは、彼らの絆と屈強な心のおかげだろう。皆んなが頑張ってるから、自分も頑張らなきゃいけない気概に満ちてくる。


 【鷲の目イーグルアイ】で救急搬送が必要な人を探る。【風速操作ウェザーシェル】で跳躍して医療班の待つ場所まで負傷者を運んだり、強風で余炎を吹き飛ばしたりと、出来る限りの援護に回った。幸い死者は発見されなかったが、腕や足を潰されたり、気を失ってしまった人は何人もいた。


 突然、辺りの空気が緑色に光る。優しい心が全身に伝わるような癒しの波紋は、身体中の擦り傷を治癒していく。こんな事が出来るのは一人しかいない。

 光は暫くして消える。遠くで【聖霊の祈りアテナス】を唱えていたエリス様は、体を小さくして背中を上下させ、過呼吸の症状を見せていた。

 まだ、完全に魔力が完全に回復していない状況で、数万人の傷を癒そうとすれば、限界を超えて命の危険に晒されるほどの枯渇症を引き起こす。


「エリス様! 安静にしていてください! これ以上、魔力使ったら」


「はぁ、はぁ……私が……私が……」


 僕は急いでエリス様の元へと駆けつけた。

 緑光を輝かせる虚な目。限度を超えた力を使うと、人は本当にその場で心臓が止まる。あっさりと、なんの予兆もなく。冒険の中、そんな同業者の姿を何度も見てきた。ここには蘇生魔法【根幹蘇生アンジレイズ】や魔力を分け与える【魔力授受ドレイス】を使えるレイシア様はいない。末期の枯渇症で心肺停止になれば、人口呼吸じゃどうにもならないし、回復薬だって吸収してくれない。


「と、とにかく安全な場所へ行きましょう」


 極限まで疲労の溜まったエリス様は返事すらできなくなる。

 安全な場所、それは何処だ? 山の中に逃げ込めば、それで安全なのか?

 そういえば、まだこの惨事を引き起こした元凶を調べていなかった。こめかみに血管が浮き出るほど目に力を入れ、巨大隕石が降ってきた方向を中心に【鷲の目イーグルアイ】の視野を伸ばしていく。20キロ圏内、ここまではいつも警備してる時に見る範囲で、怪しい影は見当たらない。さらに先を見る。22キロ、25キロ、30キロ。

 

 そんな、馬鹿な……。

 樹海の中にポッカリと切り開かれた場所を発見した。そこにはテルストロイの兵士たちが列を成して陣を取り、多くの魔法使いが詠唱に費やした体力を補う為、満足気に回復薬を飲んでいる姿があった。


 超遠距離魔法。どんな術かは知らないが、状況を見れば事の犯人は彼らとしか思えなかった。

 奥には輿こしの上でふんぞり返って座るアンガル王の姿がある。ご自慢の攻撃が成功してご満悦のようだ。酒の入ったグラスを回して、大きな口を開いて笑っている。


 ロイド様にどんなに虐げられても感じたことの無かった怒り、追放され全てを失った時、もうこれ以上の悔しさは無いと思っていたのに……。人生でこれ程までに憤りを感じたことはない。


「ヤードさん……」


「はい」


「製鉄所からあるだけの鉄の矢を持って来てください」


「鉄の矢、ですか?」


「早く!」


「は、はい!」


 アンガル王は第二射撃の号令をかけた。200人以上の魔法使いで結合魔術を唱え、巨大な魔法陣が形成されたが、その進行速度はかなり遅い。


「も、持ってきました!」


 これは僕の落ち度。探索範囲を20キロ圏内で留めておいた怠慢のせいだ。もう少し先まで見通していれば、事前に危機を察知することも出来たのに。

 深く角度をつけ、夜空に向かって矢を放つ。

 風に乗った矢は30キロ先のアンガル王の右腕を貫通し、そのまま背もたれに釘付けとなった。額に汗をかき、慌てて引き抜こうとするアンガル王たが、そうはさせない。2射目は右足、3射目は左足を射抜き、身動きが取れないようにした。元より人の命をお金に換算する人だ、残った左手で緑色の髪を持つ側近を引き寄せ、盾代わりに使っているが、僕が人質を射抜くことはあり得ない。残った左腕も的確に射抜き、四肢の動きを奪った。

 取り乱したアンガル王は、遠距離魔法を中断させ自分の身を守るように、魔法使いたちに防御魔法を展開させるよう命じたようだ。流石にこの距離からスキル技の矢を放てば、鉄の矢では空中で融解してしまうだろう。悔しいが、この距離から防御魔法を貫くことは出来ない。

 たが、アンガル王は既に戦意を喪失したようで、ローデンスクールとは反対の方向に軍を移動させていった。当分の間、長遠距離魔法の2射目はないだろう。


「兄者ぁ! 兄者ぁあ!」


「心配するな……大したことはない」


 聞き覚えのある声が響く。エリス様はヨタヨタしながら悲鳴の方へ歩く。もはや意識もままならない筈なのに、使命感のみで動いているかのようだった。

 まだ燻っている瓦礫の近くで、倒れた兄を抱き起すエルの姿があった。肉の焼ける焦げた臭いが悪寒を唆る。

 ロイの右足は、降ってきた隕石の欠片に押し潰され黒く溶かされていた。


「エリス様!? だめです、やめて下さい!」


 両手で傷口近くに触れ、回復魔法を発動させる素振りを見せたエリス様。当然、すぐさま肩に手を置き、やめるように進言したが、エリス様は聞く耳を持たず、僕の手を振り払い患者の方に体を向けた。


「【聖霊の祈りアテナス】…… 【聖霊の祈りアテナス】…… 【聖霊の祈りアテナス】…… 【聖霊の祈りアテナス】……!」


「やめて下さい、エリス様! それ以上したら本当に死んでしまいますよ!?」


「黙っていて下さい……彼は私が助けます……」


 エリス様の声に、言い知れぬ程の覇気を感じる。オーバス様に睨みつけられた時よりも、深く巨大な何かに体がごと鷲掴みにされたような威圧感。

 声が出ない。体が動かない。

 何が起きてる? 金縛りか幻術スキルの類いを、エリス様が会得していたのか?

 いや、極限まで枯渇した魔力で、これほど強い拘束魔法など使えるはずが無い。一体、何の力が働いてるんだ……!?


 エリス様は性懲りもなく、また回復魔法をかけようと手を翳した。周りで見ている者も金縛りにあっているのか、それとも魔法が使えないから、そもそも枯渇症の行き着く先も分かってないのか、誰一人それを止めようとしない。


 だめだエリス様。それ以上は……本当に……。


《全く……手間の掛かる子です》


 出ない声を必死に振り絞ろうとしていると、誰かの声が聞こえてきた。頭の中に直接聞こえてくるような、それでいて柔らかく遠くからささやかれているようにも聞こえる不思議な声。光の中から現れたのは美しい甲冑を身につけた輝く粒子。人ならざるもの。

 生き物の気配を感じさせない、空気のような不思議な甲冑は宙に浮いたまま、そこから伸びる光の粒子がエリス様の肩に触れると、僕を縛り付けていた拘束の力が解ける。

 全身の力が吸い取られたかのように、倒れようとしたエリス様を何とかキャッチする事ができた。


 光の甲冑は何も言わないまま、霞となって空中で飛散した。

 直ぐに口元に耳を近づける。ゆっくりとした呼吸音が聞こえる。良かった、エリス様に大事はなさそうだ。でも……。


「い、今のは……」


「あ? そんな事より、エリスは大丈夫なのか!?」


「え、ああ、はい。気を失っただけです」


「直ぐに医療班の所まで連れて行け! ロイは俺たちで何とかする!」


「あの……光の鎧を見ましたか?」


「は? 何の話だ?」


 やはり、見えてないか。気配もなく、魔力も感じなければ、誰もその存在に気づくことはない。

 得体の知れないものに悩むのは後だ。今は見えない存在よりも、目の前の現実に対処するべきだろう。僕はエリス様を抱え、医療班の元へと走る。

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