第53話 奇襲

 騒ぎを聞きつけ表に出てきた住人は、一様に空を見上げていた。

 空気を揺らす轟音、その正体は夜空に光る太陽のような火の玉。遠目からでも凄まじさが伝わる巨大な隕石だった。


「あ、あれは一体……」


 エリス様は愕然として覇気のない声を漏らす。

 隕石の四方には魔法陣が追走している。誰かが故意に発動させた魔法だろうが、目の前の脅威は通常の【火降流石ファイアメテオ】の20倍の大きさがある。

 【鷲の眼イーグルアイ】で俯瞰に捉えても、まず間違いなく炎の軌道はローデンスクールの直撃進路を辿っている。何十トンもの重量を天高く持ち上げ、巨大な石が赤く燃えるほどの熱を加え、尚且つ機微な重力操作で軌道を修正しながら目標に向かい自然落下させていく。あれだけの質量をコントロールして正確に標的に落とすなんて、並大抵な魔法使いの力ではない。


 幻覚か? ローデンスクールに住む全員が、幻術魔法によって支配されたのか? まさか、ダンジョンのリッチが目覚めた? それなら、あの巨大さも理解できる。


 まて、落ち着け。熾烈な冒険の中で、こんな窮地は何度だって潜り抜けてきただろう。冷静さを欠いた者から先に死んでいく、それが冒険者家業の常、とにかく目の前の現実を淡々と分析するんだ。

 全身に伝わる空気の振動、【天候測量フィールサーチ】で観測する風の流れは間違いなく本物。これだけは幻術で完璧に再現することは出来ないはず。幻術という線は消していい。


 本物の隕石ならどう処理する? 矢で撃ち抜くか? あれだけの物を射抜けるのか? いや、軌道に乗った今からでは打ち砕いたところで、破片がローデンスクールに降り注ぐ。被害は免れない。

 【風速操作ウェザーシェル】で爆風を起こしても、隕石の勢いを止めるほどの風速を出せば、この街ごと吹っ飛ばすことになる。


 僕が持てる力の中で対応できる術としては一つしかない。

 エリス様を下ろし、ヤードを呼びつける。こればかりは護衛対象者を庇いながら対処できる範疇を超えていた。


「ヤードさん! エリス様をどこか遠くまで運んでください! お願いします!」


「ど、どこかとは?」


「ローデンスクールの端まで走って下さい! とにかく、エリス様を安全なところまで!」


「ケイル!? どこへいくのですか!?」


「出来るところまでやってみます。ですが成功するかどうかは分かりません。エリス様はどうかお逃げ下さい」


「ケイル! 待ってください! ケイル!」


「すみません……」


 力なく服を掴んだエリス様の手を振り払い、僕は上階へと跳躍した。

 最上階に常備した鉄の矢は、1500本程度。どこまでやれるか分からないけど、この本数だけで処理し切るしかない。

 

 ローデンスクールが反射した光りで昼間の色を取り戻すほど、隕石は間近に迫っている。考えている猶予はない。膝をつき、右手の届く範囲に矢を置く。


(【神速連射ゴッドアロー】! 【神の縄綱ホーネットショット】!)


 1000本の矢を神速で放つ。

 【神の縄綱ホーネットショット】は矢と矢を魔力の縄で結ぶことができるスキル。縄自体には刺激はないが、矢の数を増やせば増やすほど結びつく線は多くなり、網となって対象を捕縛することができる。

 全ての辺に250本ずつ放った矢は、対角の矢と光の縄で結びつき、網状になって隕石を包み込んだ。落下速度が落ち、反発する矢の推進力に釣り合うと、隕石は空中で留まりを見せた。

 しかし、僕の【神の縄綱ホーネットショット】には隕石を押し返せる程の力はなかった。

 クロフテリアの住人は、今にも落ちてきそうな網に掛かった太陽をみて、呆然と立ち尽くしていた。ヤード、気持ちは分かるけど、君まで立ち止まったらエリス様が避難できないぞ。


「走れぇええ!」


 クロフテリア中に響く声で叫んだ。それは行動することを忘れた皆んなに向けた言葉でもあったが、一番はエリス様の安否を気遣ってだ。こちらからは見えていても、ヤードから僕の姿を見ることは出来ない。どこから見ているのかと、キョロキョロした様子を見せた後、ヤードは自分の使命を思い出し、エリス様を抱えてロッカと共に再び走り始めた。

 もう400本で【神の縄綱ホーネットショット】を放って今度こそ押し返そうか。そう考えている最中、受け止めていた筈の隕石が爆裂した。


「なっ!?」


 どうやら、この魔法は最初から着地した瞬間に爆発する作用があったようだ。確実に膨大な被害を生み出すために発射された殺人魔法。誰がこんな非道な事をしたんだ。

 花火が散るように破片となった火の玉が、クロフテリアに降り注ぐ。破片と言っても、直径1メートル級の岩であって軽い物じゃなく、一個一個が通常の【火降流石ファイアメテオ】と化していた。

 その数、視認できるだけでも1400。


「クソッ!」


(【二射一対クロスショット】! 【神速連射ゴッドアロー】!)


 残っているのは500本の矢。一本の矢が二手に分かれる【二射一対クロスショット】を全射必中させ、致命傷になりうる岩を出来るだけ小さく打ち砕いたものの、それでも射ち損じた破片たちが無情にもローデンスクールの表面に落下していった。


 在庫の矢は射ち尽くした。悲痛な叫び声が、次々と着弾するメテオの爆発に掻き消されていく。服が燃えてのたうち回る者、小さな岩が頭部に当たりピクリとも動かなくなった者、その手を握り泣き続ける子供の姿。

 【鷲の眼イーグルアイ】が全ての被害者の情報を脳に送り込んでくる。それを僕は一部始終ただ眺めているだけ、潰れていく街を観察しているだけだった。矢がなきゃ何もできない弓使いの非力さをまざまざと見せつけられる。もう僕には戦う術がない。


 ロイド様の腕力なら飛んできた隕石を投げ返していた、ミリィ様なら【極雹凍結バリジェイドアイスクル】で隕石ごと氷漬けにしていた、レイシア様なら【重力干渉デルトナ】で隕石の重さをゼロにしていた、シェイル様ならローデンスクール全域をカバーする程の防御スキル【不動の盾ゴッドハンド】で完璧に守り抜いていた。

 僕に何が出来る。目の前の火の海が現実だろ。援護射撃じゃ守れない、前線に立てるほどの絶大な力がなきゃ、誰の命も救えない。「無能」、ロイド様に言われた言葉を思い出す。僕はパーティに貢献しているつもりだったけど、目の前の最悪の状況を見れば、それが正しい言葉だったように思える。

 僕は無能。誰も救えない。何もできない、弓使い。


「……そうじゃ……ないだろ! 助けるだ! 一人でも多く!」


 ごちゃごちゃと考える自分の心こそが貧弱の証。それが現実逃避だと言われても構わない、僕は救助に向かうため頂上から飛び降り、考えることをやめた。

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