第47話 予兆 ※

「じゃあ、明日ね」


「寝坊しないようにね、ミリィ」


「ふふ、それは保証できないわ」


「……全く。……ん? どうしたの、シェイル。体調でも悪いの? 回復させましょうか?」


「あ、いえ。なにも……」


「そう、じゃあ私も行くわ。明日ね」


「はい、レイシア様」


 私の名はシェイル・エルバーン。

 失敗を庇い、約束を守る、誇り高き盾の騎士を目指す者だ。


 Sランクパーティ神童の集いを脱退した我々はこれから失った友を探し出すため、王都グレンパールから遥か東にあるテルストロイ共鳴国へと向かう。

 潜伏に長けたアミルを探すのは容易な事ではない。今回の旅は長期遠征となることが予想されるので、身支度を整えるため一度解散し、明日の朝、日が登る少し前に東の城門で待ち合わせることになった。


「……はぁ。どうするべきか」


 しかし、身支度といっても私にはもう帰る家がない。冒険に必要な最低限の装備以外は、借金返済のため全て質屋に持っていかれた。

 手持ちにあるのは金の盾と金の鎧、ポケットに残った金貨3枚。それが私個人が持つ全財産。


「そういえば、食料とか水とか、ちゃんと用意しとかないとな……」


 借金のショックがまだ残っているのか、大事な準備を失念していた。

 テルストロイは自然を愛するアンガル王が統べる国で、木々を切り開く事を極端に嫌うためか、町や宿が極端に少ない。確実に野宿することになるだろうし、食料を持参するのは必須だった。

 アミルが居てくれれば、いつだって魔物を狩って来てくれたし、水の場所も教えてくれた。ロイド様では無いが、居なくなって初めて私は彼に依存していたことに気づいた。旅を円滑に進める上で、アミル以上に頼もしい同行者もいない。彼が誰かの護衛任務に着いたなら、例え一国の軍を相手どったとしても、きっと対象者を守り切ることができるだろうな。私よりも、よっぽど有能な盾となれるに違いない。


「これはエルバーン様! ご来店ありがとうございます! 今日は何をご所望でしょうか?」


「携帯食料と替えの水筒を」


「はい、かしこまりました。ではこちらはどうでしょうか?」


 目抜き通りに接した高級クエスト用品店に訪れた。安いクエスト用品店で貴族が買い物していたら、きっと嘲笑の目で見られる。私は平民に対しての差別は無い方だと思っているが、こればかりは貴族としての誇りが許さない。

 ちなみにここの店主ヘリックは、貴族に対してだけ媚びを売る事で有名で、本人もそれを隠そうとしないタイプの商人だ。あからさまでも、貴族はへつらう平民に気分を良くする者が多い。だが、私はそんな器の小さい貴族は軽蔑しているし、それに靡く平民も尊重していない。とくにアミルを失って携帯食料が必要になってからというもの、一度来店しただけでSランク冒険者御用達などと言って宣伝していた強欲な店主が私はどうにも苦手だった。

 高級携帯食料7日分。高級携帯浄化水筒50回分。

 一流三つ星シェフ監修、極上牛ステーキ味。どんな辺境の泥水でも超高級グレープジュースに様変わり。

 目的地までの道中に町があるなら食事処に行くし、野宿するなら気を緩めることは許されず、高級料理に舌鼓を打っている場合ではない。

 正直言って、こんな上等な味など冒険者は求めていない。こんな物を求めるのは旅行気分のまま城壁から少し出ただけで、冒険した気になっている三流貴族だけだ。


「毎度、ありがとうございました!」


 ーーが、これ以外に買える物が無いので購入するしかない。携帯食料、金貨1枚。浄化水筒、金貨1枚。残金金貨1枚。

 もしも、旅の途中でお金が入り用になったら、恥を忍んでミリィ様かレイシア様に無心する事を覚悟しなくてはいけないな。


「もうやることも無いし、宿を取って一日潰すしかないな」


 王宮の門に通じる目抜き通りから離れるほど、宿の値は下がり質は落ちていく。一番外側で一泊銀貨1枚、中央通りの宿は一泊金貨1枚と10倍の格差がある。男爵家の者が安宿に泊まったとなれば、一族の恥となりかねない。懐には厳しいが、貴族としての沽券を保つため目抜き通りの宿を探すことにした。


「申し訳ございません。エルバーン様。現在、宿は満室になっておりまして……」


「これはこれはエルバーン様、いつも当店をご利用いただきありがとうございます。大変申し訳ございませんが、現在、当ホテルは満室となっておりまして……」


「申し訳ございません」


「ただいま満室となっており……」


 なんだ? どうなっている?

 いつも使っている宿が軒並み満室。こんな事、今までに一度も無かった。大概は満室だったとしても、平民の宿泊者がいれば、それを退室させてでも用意してくれたものだが、それが無いということは宿泊者全員が、男爵以上の爵位を持った貴族だということか?

 そんなこと、あり得る筈がない。

 まさか、我が家が借金の形に殆どの財産を失ったことが世間に知られ、宿泊するに値しない人間と思われたのか? その可能性はあるな。資金のない貴族にはハリボテの権威すら無い。いよいよ、爵位剥奪が現実味を帯びてきた。


「はぁ。これからエルバーン家はどうなってしまうのだろうか」


 広場のベンチで空を仰ぐ。

 年齢による体力低下でリストラにあった中年冒険者の気持ちが今なら我が身のように分かる気がする。

 平民になったら、冒険者を辞めて騎士養成学院に入学しよう。盾の騎士を志す私の本来の夢、目標の道に戻るんだ。安定した収入と最低限の社会的名誉があれば、貴族の称号が無くても誇り高き盾の騎士は目指せる筈。

 入学試験で優位になるはずだったSランク冒険者としての権威はもう無いが、魔導士学院を防御力トップで卒業した成績と、過去の実績を引っ下げて行けばきっと合格できるだろう。


 ぐうぅう。

 そういえば、今朝から何も食べていない。所持金は金貨1枚のみ。これを使えばもう宿には泊まれない。情けない限りだが、路地裏に隠れて携帯食料を食べてしまおうか。いや、それを食べてしまったら、旅の途中でミリィ様たちに迷惑が掛かるな。今日は腹を空かせたまま我慢するとしよう。


 ぐうぅう。

 ん? 腹の虫が聞こえるが、良く考えると、これは私のものではない。

 空に向いた顔を元に戻すと、そこには見窄らしいボロボロの服をきた子供が2人立っていた。鹿のような角、爬虫類のような目、亜人の兄弟だろうか、小さな男の子は姉にしがみ付いて身を隠している。


 ぐぅうう。

 腹の虫は子供たちのものだった。口では何も言わないが、ウルウルとした目が私に何かを求めている。

 旅に持っていく携帯食料はあげられない。施せるものが有るとするなら……。

 ポケットの中の金貨1枚を取り出す。なけなしのお金。宿代。最後の希望。


「あ、ありがとう……」


 ああ、さようなら、私の全財産。こんにちは絶望。

 金貨を受け取った子供たちは、心ばかりの感謝の気持ちを表して、路地裏の方へ走っていった。


 途方に暮れるとは、まさにこのこと。私の体はベンチに引っ付いて離れようとしなかった。というか、もう宿代もないので、今日はもうベンチで野宿する覚悟だった。


「おい、アンタ。こんな所で寝てる場合じゃないぞ」


 通りがかった見知らぬ男に声をかけられた。

 全てを失った私に取っては、今が一番眠りについて現実逃避したい所なのだが、男は取って置きの情報を持ってきたと言わんばかりの顔で言う。


「国王陛下が病に倒れたらしい……。重症で、もしかしたら……」


 畏れ多い国王陛下の不幸を通行人は口を噤んで暗に伝えた。

 陛下が、病に……?

 そういえば、最近は国王陛下の姿を拝謁していない。最後にお目にかかれたのはSランク冒険者誕生を祝う祝賀会に、お忍びでいらして頂いた時だ。「神童の集いSランク昇格パーティ」と題されたその祝賀会の主役はもちろん我々で、控え室で直々に祝福の声を頂いた時には、騎士になる夢を遠回りしてでも冒険者になって良かったと、身の震える想いだった。

 顔や髪は変装魔術が施されていて、パレードなどで拝謁した素顔とは違うものだったが、その声や立ち振る舞いには、落ち着いたオーラの中にどこか計り知れない野望を抱いているような、人の心を惹きつける何かを感じさせる御方だったので、突然と正体を明かされた時も疑うことはなかった。

 陛下に口止めされてしまったため、この最高の栄誉を父上と母上にお伝えすることは叶わなかったが、私のそれまでの人生で最大の誉れであると断言できる瞬間だった。

 あれは確か一年くらい前、あの時は病に苛まれているような素振りは感じられなかったが……。

 王都に不穏な空気が漂う。街にいる者たちは、嫌な噂を耳にして不安そうな顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る