第48話 不吉 ※

 盾スキル【不変の領域ゴールデンサークル】を使い一定範囲内の冷気や熱気、風を遮断することで、ベンチでも室内にいるような快適さを手に入れられる。

 音や光まで遮ることが出来るので、暗室にすることもできる。旅で野宿する時にはパーティメンバーに簡易テントとして重宝された技だ。でも、今日は綺麗な星がよく見える。光を遮断するのはやめておこう。住居不定の恥を飲めば、夜空を仰いで寝るのも嫌いじゃない。


「……あ」


 空に光る赤い線が北東の方角に伸びている。流れ星だろうか、いや、それにしてはゆっくり過ぎるから彗星だろうか、どちらはせよ願わずにはいられない。


「お金を恵んで下さい! お金を恵んで下さい! お金をめぐ……いや……」


 自分の卑しさに溜め息を挟み、今本当に望むべきものを考えた。


「星よ、アミルの居場所を教え給え。星よ、アミルの元へ私たちを導き給え。星よ、アミルの無事を約束し給え」


 星は地平線の向こう側で、私の願いに呼応するように一瞬強い光を放って消えていった。


「……はぁ、星に自分の行く末を願うなど……いよいよだな、私も」


 何もすることが無いため、早めの就寝となった。

 考えることは王の安否。この国の行く末。

 私のような下辺のものが憂国に耽たところで事態は何も変わらないのだが。胸のざわめきが治らない。嫌な予感がする。

 十中八九ただの杞憂な噂話だったとしても、仮に国王陛下がお亡くなりになられたらと考えると、不安は拭いきれない。もしもの時に後継者として選ばれるのは第一王女のフローレンス様だろうか。美しい容姿にお淑やかな振る舞いが評判の良いフローレンス様なら、きっと王の座に即位しても国民は敬愛の念を崩さないだろう。強固なこの国の地盤は、そう易々と崩れやしないはず。

 なら、このどうしようもない不安はなんだ?

 王宮内は、公爵以下の預かり知らぬ神域。何も情報がないから必要以上に不安を感じているんだろうか。


「はぁ。何も知らない私が悩んだところで、仕方のないことか……」


 鮮やかな赤に輝いていた星の軌道を瞼の裏に思い描いて、今は閑散となった広場のベンチで眠りについた。

 翌朝。

 お二人を一秒でも待たせては失礼になるので、日の出の30分前に東門で待つ。


「おはよう、シェイル。相変わらず早いわね」


「おはようございます。レイシア様」


 最初に集合場所に来たのはレイシア様、ちょうど日が顔を出した瞬間だった。知力の才を持ったレイシア様の行動は、全て計算によって導かれた合理的なものばかり。とくに星読みの力によって方角や時間の把握に関しては正確性を欠かない。待ち合わせは常に時間ピッタシだ。


「シェイル、荷物は? 収納しちゃうけど」


 スキルの習得は、許可した魔導書の内容を脳に刻み込む事で行われる。一度脳に刻み込まれたスキルは、スキル同士を融合変化させるか、記憶を削除する方法でしか忘れることは出来ず、覚えられる量は知力値によって決まる。知力は発想や想像性では無く、覚えられるスキルの種類の多さを指す。

 膨大な知力を持ったレイシア様は、回復系の魔法を全て習得してなお記憶容量を持て余していたので、ありとあらゆるスキルに手を出し、今じゃ白魔術師を超えた歩く魔導図書館と化している。

 そういった事情でレイシア様は回復とは無関係な【多元収納ワーム】も取得している訳なのだが。


「い、いえ。私は大丈夫です」


「大丈夫って……あなた何も支度して来なかったの? 確かにテルストロイの魔物は弱いけど、少し甘く見過ぎてない?」


「あ、いえ……そういう訳では……」


 兄の借金のせいで、家も家具も替えの服も予備の装備も全て売り払い、預けておく物が一つも無いんです、とは言えなかった。


「あら、もう来てたの?」


 一番遅れてきたのはミリィ様。時間にルーズ、と言うよりも朝が苦手で、遠征中もミリィ様の寝起きの悪さで行動が遅くなることがしばしば。10分程度の遅刻はまだ早い方だった。


「ミリィにしては早いほうね。荷物は?」


「はい」


 レイシア様はミリィ様の荷物を魔法で異次元に収納した。


「聞いた? 国王陛下の話」


「ええ、重い病に倒れたとか……」


「急な話よね。……レイシア、アンタなら王の病も治せたりするんじゃない?」


「魔導書で治せる範囲のものなら。でも、王宮内の魔法使いたちに治せない病がなんなのか、私でも想像がつかない」


「念のために、王宮に顔を出しておいた方がいいんじゃない? アンタが診察した方が確実だと思うし」


 私が心どこかで感じていた不安感をミリィ様方も感じている様子だった。

 王都を出てからでは万が一の危篤に駆けつけることも出来ない。何かあってからでは遅いと、私たちは失礼を承知で王宮の門を叩いた。


「何のようだ?」


「私の名はレイシア・ハートン。子爵家エリック・ハートンの娘にございます。国王陛下が病に倒れられたと聞き、不躾ながら私の回復魔法がお役に立てればと思い参りました。お話を通して頂くことは叶いますでしょうか」


「……少し待て」


 門番を務める王宮騎士は城内に入っていった。王宮の門に訪れたのは人生で初めてのこと。Sランクパーティの権威は国民なら誰しもが知るところ、特にレイシア様はその多才さで数々の発明をされることも多い。無下に門前払いされるほど、無名な方では無いはずだが、国王陛下の診察となると流石に敷居が高いのか、門番が戻ってきたのは30分も後のことだった。


「態々お越し頂き感謝致します。しかし、申し訳ないが貴女の力を借りる事はない。どうぞ、お引き取りを」


 待たされた事の詫びもなく、レイシア様の助力は不必要と沙汰が下る。何の後ろ盾もなく、招かれてもおらず、今の私たちはSランク冒険者でもない。当然の結果といえばそれまでだった。


「レイシアの力が必要ないってどういうこと?」


「未だ魔導書にも記載のない未知の病か、それとも、呪いの類か」


 レイシア様の言葉に、ミリィ様は思慮を深め眉を顰めながら歩く。レイシア様は人が遺した回復魔法の全てを知っている。それを必要ないと突き返すのは、回復魔法では治療の見込みがないことを示唆していた。


「どうする? このまま王都を出る?」


「留まっていても仕方がないなら、私はアミル君を探しに行きたい」


「そうね。私たちじゃどうしようもない問題みたいだし、もう行こうか」


「おい、国王陛下が今朝亡くなられたそうだぞ!」


「葬儀で国王が眠る棺が通りを歩くらしい。今のうちに場所を取っといた方がいいぞ!」


 東門に歩いていく道中、程無くして聞こえてきたのは、王の訃報だった。あまりにも唐突なことで呆気に取られることしか出来ない私たちの前を、王宮騎士団が国王陛下の入った棺を担いで目抜き通りをゆっくりと歩く。国民は涙を流しながら葬儀を見守り続けていた。

 沿道の高級宿には公爵家や王宮に住まう王族たちの姿があり、上階から棺が通り過ぎるのを無表情で見下ろしていた。

 私が宿を取れなかったのは、彼らが貸し切っていたから。まるで、最初から王の葬儀が行われることを知っていたみたいだ。

 国王陛下はもっと前にお亡くなりになられていたということなのか?


「こんなのって……おかしいわ。まだ陛下は60代、蘇生魔法で蘇らせることも出来たはず。なぜ、陛下はお亡くなりに……」


 全てが余りにもいきなり過ぎて、国民は混乱を余儀なくされた。それでもレイシア様は持ち前の冷静さを持って疑いの目を模索する。


「誰かが故意に……陛下を殺したとしか思えない」


「……ちょっと、滅多なこと言わないでよ」


 人混みから離れ、誰にも聞かれないように恐れ多いことを言うレイシア様。

 その日、リングリッドに最悪が訪れた。国民は失意に満ち、王の不在を嘆く。

 レイシア様の直感はよく当たる。そのことを知る神童の集いの元メンバーだからこそ、王の死の裏にある闇を感じざるをえなかった。

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