第46話 いつの日か
会議を終え、主要者が部屋を後にするなか、エリス様はしばらく座ったまま動こうとはしなかった。
「エリス様……?」
「私たちは途方も無い所へ来てしまったのですね」
主要者全員が退室したのを確認すると、エリス様はしみじみと、そして何処となく恐ろしさを感じながら笑みをこぼした。
「何を言っても彼らは動揺しない。怯まない。私を仲間だと言って突き放そうとしない。私は……彼らが傷つく姿を見たくなかった、迷惑をかけたく無いと思っていた。それは……弱さなのでしょうか?」
「何が本当の強さなのか、それは誰にも分からないことかも知れません。立場によっても変わってくるような気が致しますし……」
人の上に立つ者の意見など僕は持ち合わせていないけど、それでも冒険者と旅をしてきた時の心構えなら多少の理解が有るつもりだ。
「エリス様は弱い御方ではありません。あなたには自分の身を投げ打つだけの強さが有ります。ただ、仲間と共に困難を乗り切った経験が少ないだけです」
エリス様は真っ直ぐ前を見ながら、思い当たる節を深い呼吸の中で理解していった。
「なるほど……仲間と共に困難を乗り切る……。それは確かに、私には無い経験でございますね。しかし、ケイル。貴方も確か、駆け出しのFランク冒険者だった気が致しましたが……?」
「え、あ、いや……それはぁ……。そう、これは先輩冒険者に言われた言葉で……」
「先輩でございますか……?」
「は、はい!」
意地悪さを含んだ微笑みで、エリス様は僕を見る。もはや僕の嘘は分かり切っているかのような言葉だった。まぁ、これだけの技を見せておいて、今更としか言いようがないが。
それでも僕の冤罪の片棒を担いだ事実がある以上、エリス様に身分を打ち明ける訳にはいかなかった。というよりも、適切な言葉なんて見つけられなかった。
ここまでやって来て今更なにをどう言えば良いのか。「貴女が在らぬ罪を誤解したお陰で、僕は追放されました」そう言えば良いのか?
そんな事は死んでも言いたく無い気がする。確かに失ったものは大きいし、その時は悔しかった、悲しかった。でもそれは全て過去のことで、今は信頼してくれる人がいて、褒めてくれる人だっている。僕は一抹でも今の関係が損なわれるような事はしたくない。
今が幸せならそれで良い、名前が偽りかどうかなんて些末な問題だ。エリス様が信頼して、その名を呼んでくれるなら、僕はそれで良い。名前を間違えたくらいじゃ、誰も困らない。
「いつの日か、本当の事を話して頂ける日を、心待ちにしております」
嘘を嘘と分かっていながら、エリス様は優しい空気を持って話を閉じた。
僕が本当の事を言える日……冤罪が解けて大手を振ってエリス様の前で名乗ることの出来る日。それは奇しくも、エリス様が目的を達成し、元の権力を取り戻してこそ叶う事だった。
翌朝。
ローデンスクールの最上階に座り、新しい矢が届けられるまでの間、狙うべき樹海の中に潜む魔物たちを確認する。
僕が適当に射抜いた魔物の中には、倒すと毒のガスを撒き散らすものがいたらしく、ここ数日で、どれが食べれる魔物なのか、モーガンから説教気味に教えられた。もう無駄に矢を消費する事もない。
「持ってきました!」
「ありがとうございます」
製鉄所から送られてきた新しい鉄の矢80本。最上階には既に1200本以上の予備の矢が置かれている。食料を調達するだけなら、もう十分過ぎる程の在庫だが、万が一に備えて大いに越したことは無いと、主要者たちの意見もあって、オルバー率いる製鉄班は毎日製作し続けてくれている。
急事の際は僕が最上階に登って、発射台の役割を果たす手筈だ。与えられた役目が常にあるというのは、とても嬉しいし、やり甲斐を感じる。それが皆んなの食料を手に入れる為なら尚のことだ。
さて、今日も集中して頑張ろう。
足元に置いた矢が手に届く範囲にあるか、矢継ぎの動線を確認し、深呼吸をして弓を張り詰める。風の流れを見極め、目標までの矢の軌道を予測する。
いいかアミル? 一本でも外したら弓使いの恥だと思え。
(【
500本の鉄の矢を100秒で射ち尽くす。今日も滞りなく全射的中。大小様々な魔物500体の討伐に成功した。
無数に降り注ぐ矢を確認すると、門の前で待機していたモーガンたち狩猟班が樹海に向け進み出す。
先頭を歩くモーガンと手を振り合うのが朝の挨拶だ。
「はぁ。終わっちゃった……。でも今日は!」
これで狩猟班の手伝いは終了。鉄の矢を連射する爽快感はあっという間に終わってしまう。いつもなら、ここから一日中見張り役に徹することになるのだが、今日はダンジョン班と合流して、鉄採取に同行することになっている。
もちろん見張り役も重要な仕事だが、やっぱり動き回れる仕事の方が僕は嬉しい。昨日から未到達のダンジョンに潜り込めるのを楽しみにしていた。
樹海からでは見えないローデンスクールの裏手は、一件の鉄の家を起点に、鉄板の屋根で繋がるように扇状に鉄の山が広がっている。起点の鉄の家には両扉があり、何かを封印するように分厚い
「ケイル、来た」
「よろしくお願いします」
「遅いぞ! 俺を待たせるなんて10年早い!」
「あれ? アメルダさんも行くんですか?」
「なんだ? 行っちゃ悪いのか?」
「い、いえ、別に」
「俺は元々ダンジョン班だったんだ。舐めんなよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「俺は狩猟班に行きたかったのに、女だからってコッチに回されたんだ。こっちにはゴーレムしか出ねぇから安全だとても思ったんだろうが、全然甘いぜ。俺は直ぐに強くなって、クロフテリアの1番になったんだ!」
「おお……」
拳を掲げて武勇を語るアメルダに、それがどれくらいに凄いことなのかも分からず、適当に驚いてしまった。
「あの、ちなみにアメルダさんっておいくつなんですか?」
「あ? 17くらいだったかな」
「17⁉︎」
「……ああ」
「歳になんの関係があんだよ」と言わんばかり間の抜けた返事をするアメルダ。クロフテリア最強の拳よりも、その若さで頭領と呼ばれている事の方が驚きだよ。ここは本当に実力主義の、それも腕力のみを崇拝する組織体制なんだなと改めて理解した。明らかに年上でも、ここの人たちは態度を変えることもしないし、年功序列というものも無いのだろう。
「扉、開ける!」
バーベルの合図で起点となっていた鉄の家の門が大きく開かられる。
中には木造の古屋が口を開けて立っていて、トロッコに使われるような線路が地下の暗闇へと続いていた。
恐らく、昔の採掘場に魔物が住みつきダンジョンと化しているのだろう。脆く今にも崩れ落ちそうな木の柱を、後で補強したと思われる鉄の棒が支えている。古臭い埃の匂いから察するに、相当に年代物のダンジョンだ。
【
ん? あれは……?
最深部の奥底に
オーガ? いや、集団で生きる彼らが一人で地下に潜り込むなんて考えられない。
ま、まさか……リッチ?
不老不死を手に入れた魔法使いの成れの果て。この世のあらゆる魔法を習得し終えたと言われる賢者は、生きることに飽いて、洞窟奥深くで長い時間眠り続けていると聞いたことがある。
その強さは桁違いで、ドラゴンを凌駕する存在であり、ギルドで極たまに発行されるリッチ討伐はどれもSSSランクの最凶悪モンスター扱い。元は人間だが、もはや魔物として、いや、天災として認識されている。
リッチを見つけたら触らず騒がず、そっと帰る。それが冒険者たちの常識中の常識。掲示板に張り出されるリッチ討伐の公募も、危険を知らせるための張り紙でしかなく、何事も無いまま眠り続ける事を祈るばかりで誰も依頼を引き受ける事はしない。
相手の機嫌を損ねれば、あっという間に辺りは火の海と化す。まさかこのダンジョン班の面々は、リッチの存在を知らずに、この洞窟を荒らし回ってるってことなのか。想像しただけでも身震いする。
よく今まで怒りを買わずにやってこれたものだ。あのリッチがこちらに気づけば、クロフテリアなど一瞬で溶けてしまうだろう。
どうする? 一応伝えるべきか?
いや、アメルダの事だ、強敵が奥にいると分かったら「腕試しだ!」とか言って突っ走ってしまうに決まっている。
ダンジョン班は今まで大丈夫だったんだ。まだリッチと確定した訳じゃないけど、もしそうだったとしても、心の広いリッチなのかも知れない。うん、そうだ、きっとそうに違いない。
動揺する心を抑えつつ、ここは誰にも伝えずに様子を見ながらダンジョンの奥へと進んでみることにした。
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