第45話 魔剣
「俺たちは何があろうとエリスの側に立つ。異論はないな?」
領主たるアメルダが改めて確認すると、主要者たちは満場一致で「異議なし」を答えた。
僕らは既に、僕らが思う以上にクロフテリアの一員として認められていたらしい。
僕らは彼らに、何か特別な恩恵を与えた訳でも、利益をもたらした訳でもない。むしろ戦火の火種となるいざこざをこの街に持ち込んだ、悪人として吊し上げられても文句は言えない立場にある。
でも、此処の人たちは弱いものは助けるという己の信念に従って、それを疑おうともしない。こちらの感謝など、どうでも良いのだ。弱い者を助ける限り、強い者から逃げない限り、仲間を裏切らない限り、それはクロフテリアの理念を持った同志であり続ける。それだけが此処のルールであり続けた。
「さっさと席に座れ。お前が話をまとめなきゃ、この馬鹿野郎どもは一向に前に進まねぇんだからな」
「モーガン、一番、バカ」
「あ? なんか言ったか緑虫が!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて」
モーガンとダンジョン班のリーダーがいがみ合い、それを医療班のマルクが間に入る。見た目には非力そうに見えるマルクは、こういった場合の仲裁役が定位置なんだろう。気の毒に思える。
「大変お見苦しい所をお見せしました。……それでは、会議を始めましょう」
エリス様は鼻を啜りながら、議長の席に座る。深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、いつものお淑やかなエリス様に戻ると、会議の場は不要な言葉を減らす気配に包み込まれる。やはり、近くにいる者に作用する、何らかの微弱なスキルが発動しているように思えるのだが、気のせいだろうか。
「皆様を招集したのはどなたでしょうか」
「俺、だ」
名乗り出たのはダンジョン班を取り仕切る、緑色の肌を持つバーベル。
彼とはまだよく話したことは無いが、見た目から察するにオーガやオークの混血。亜人種と呼ばれる種族だろう。街の中でも似た肌を持つ女性や子供も多く見かけるけど、亜人種はどこの国でも奴隷として働く姿しか見てなかったから、人間と平等に暮らしている光景がとても新鮮だったことを思い出す。
「ゴーレム、倒す、魔剣、無い。このまま、鉄、採れない」
「魔剣……ですか」
瓦礫撤去の殆どを終え、再利用できる鉄を把握したことによって、新たに必要な鉄の量も見えてきた。が、ダンジョン班が鉄の採取に乗り出して3日、以前より危惧されていた問題に直面した。
「魔剣無しでは、やはり鉄は採取出来ないのですか?」
「俺が話そう。プレートゴーレムは鉄の塊だ。倒すには体の中心にある魔晶石を砕かないとならないが、俺たちが持ってる武器では、奴らの鉄の装甲には歯が立たない。いつもはマディスカルに売っているものを使っていたんだが……」
吃音に似た話し方をするバーベルの代わりに、オルバーが話す。魔法を扱えないクロフテリアの住人は、もちろん魔法効果を付与した魔剣など作れない。抗争中の今、テルストロイの首都に出向いて、敵から武器を買うなんてことは出来ないし、相手がそれを許可するはずも無い。
「ちなみに必要な魔剣とはどのようなもので?」
「炎の魔力を宿したエルトナの魔剣だ。」
魔剣には色々と種類があるが、主流で多く量産されているのは、水の剣アリアス、氷の剣クディファ、風の剣ヨルト、そして炎の剣エルトナの4種。他にも光の剣や土の剣などもあるが、王道の4種と比べればマイナーの部類に入る。
物にもよるが通常のエルトナの魔剣なら、簡単な鉄を溶かし切るくらいの熱は作り出せるし、プレートゴーレムの装甲も切り裂けるはず。魔法が使えないクロフテリアのダンジョン班にとっては必須とも呼べるアイテムのはずだ。
「アメルダ、てつだう、でも、とれるの、すくない」
「悪かったな! 頼りにならなくて! 俺の拳じゃ鉄が歪んでくだけで、中の石っころが叩き割れねぇ。ちょームカつく魔物だぜ」
アメルダの拳には多少の魔力が噴出して炎が巻き起こる。手刀を使えば貫けそうな気もするが、アメルダがそんな繊細な技を身につけているとは思えない。
「あの、多少のリクスは有りますが、私がマディスカルから盗んでくる事も可能ですが」
「あ? 一人でか? んなもん無理に決まってんだろ」
僕の提案に視線が集まったが、モーガンには簡単に否定された。しかし、エリス様は僕が完全に身を隠すことが出来る【|狩人の極意(マースチェル)】の効力を知っている。こちらの意図を伝えるように、エリス様だけに視線を向ける。
「どれくらいの時間が掛かりますか?」
「往復で8日〜10日ほどは……」
「今この状況でケイルの目を失うのは得策とは思えません。他の方法を考えましょう」
「でしたら、僕がダンジョンに出向きプレートゴーレムを討伐してくるのはどうでしょう。地下に潜る間は監視が疎かになりますが、さほど時間を掛けずに帰ってくる事は可能かと思います」
「ケイルはプレートゴーレムを倒せるのですか?」
「はい」
「そんな、細い矢じゃ、倒せない。ケイル、ダンジョン、甘く見てる」
バーベルは太い腕を組み、僕の協力に否定的な姿勢をとる。世界中のダンジョンを探索する中で、プレートゴーレムは何度ともなく倒してきた魔物だが、確かに側から見れば鉄を矢で射抜くなんて想像し難いことだろう。
貧弱そうに見える外見も、弓使いが評価され難い要因の一つだ。もう慣れてる。
「はっ! テメェはケイルの実力をしらねぇだけだ。コイツが本気を出しゃ、お前なんて1秒であの世行きだぞ」
モーガンが僕の力を保証してくれる。だが、頑固そうなバーベルは、自分で見た事がないものを信用するタイプではなかった。腕を組んだまま目を瞑り、頑なに首を縦に振ろうとはしない。
「では、少しだけ……試しにダンジョンに出向いて頂けますか? ケイル。 すぐに戻って来れるだけで構いませんので」
「はい。かしこまりました」
試験的な解決策で会議はいったんお開きとなる。
明日からは狩猟班での手伝いが終わったあと、鉄を採取するためダンジョン班に合流することとなった。エリス様を受け入れて貰った恩を返す為にも、役に立てる事を証明しなきゃならない。失敗は許されない。精一杯に頑張ろう。
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