第8話 真実
「ケイル様。これからは、どの様に行動すれば良いのでしょうか」
信頼を勝ち得たのだろうか。マリーは率先して今後の方針を僕に委ねてきた。
口調や仕草がもう完全に貴族様のそれだ。もはや身分を隠すつもりは無いらしい。それも信用して貰えている証拠だろうか。
「とりあえず南に向かいましょう。でも、アデレードに入るのは暫く控えたほうが良いかも知れません。森の中で潜伏し、騎士団の捜索が一段落するのを待ちましょう」
矢筒には3本しか矢が残っていない。血のついた矢を再度使うのは気が引けるが、潔癖を主張している場合じゃない。ゴブリンの頭部に突き刺さった矢を引き抜いた。
竹の矢の先端は、ゴブリンの頭蓋骨に当たり潰れてしまっていた。残念ながら竹の矢の再使用は無理なようだ。
(どこかで矢を補給しないと)
休憩を挟みながら南に歩き続けること10時間。
空がオレンジ色になった頃、マリーが座り込んでしまう。体力の限界だった。
「今日はここで、野宿しましょう」
「野宿⁉︎ こんな森の中でお嬢様を寝かせるつもりか⁉︎」
「やめなさい、セバス。分かりました。今日はここで朝を待ちましょう」
集めた枝に【
本来の【
敵に囲まれた時なんかに威力を発揮するけど、最小限の力で放てば、矢は地面に潜らず、着火剤として重宝する。これで残り矢は2本、火起こしのために使ってしまうのは勿体ないが、仕方のない事だった。
ぐぅうう〜。
誰かの腹の虫が鳴いた。僕じゃない。ロバートでもない。ふと横を見ると、マリーが顔を真っ赤にしていた。
「今すぐ食料を見つけて参ります。少々お待ちください」
「いえ、私が探します。すぐに戻りますので待っていてください」
「お前はお嬢様をお守りしていろ。食料は私が探す」
「そうですか……。でしたらリンゴの木が50メートル南西に、水は30メートル東に小さな川があります。お肉がご所望なら40メートル西北にウサギが2匹居ますが……こちらは私が狩った方が早く済むと思いますが、どういたしましょう?」
「いえ、ウサギは要りません。セバス、ここはケイル様にお任せした方がいいと思うのだけれど」
「ぐぬぬ」と言いながらロバートは不貞腐れて座る。自分の仕事を取られて悔しがっているようだ。マリーが貴族様であることを考えると、ロバートは従者か、執事といった立場なんだろう。
とりあえず、小石でリンゴを5個投げ落とし、マリー達の元に置く。
「何処へいく?」
「竹藪が300メートル東にあるんです。そこで矢の補充をしてきます。お二人の姿は見えるので、何かあれば直ぐに駆けつけます」
「なんでも見えるのですね」
「唯一の取り柄です」
ベルトに引っ掛けておいた薪割り用の斧を使い、また竹を切り倒す。心なしか初めて作った時よりは、手早く作業を終えることが出来た。
竹の矢が21本完成する。レイシア様の【
戻る途中、マリー達のことを考える。
一体どんな罪を犯せば、騎士王自らが出陣する事態に発展するんだろうか。相当な重要人物なのか、よほど許されないことをしたか、他言されたく無い情報を持っているのか。色々と理由が思い浮かぶが、どれも安いものじゃない。
騎士団たちに追われても、マリー達は最初の目的地を変更しようとはしなかった。アデレードには何かがある。そこに出向かなきゃいけない何かが。
僕の任務はマリー達をアデレードに送り届けて
、それで終了ということになるんだろうか。護衛する立場として、目的地で待つものが何なのか、聞いて置いた方が協力しやすいような気もするーー
が、しかし、こちらからの深入りは厳禁だ。
討伐が目的なら、そこには被害にあった復讐心が、採取が目的なら他人には言いたくない商売上の密約が隠れている。クエストの目的を聞いた途端に不機嫌になる依頼者は多い。
「おかえりなさいませ。ケイル様」
「はい。ただいま戻りました」
「実は、セバスと相談したのですが、貴方には本当の事を言っておこうかと思いまして……」
ロバートは厳しい顔を隠さない。マリーは相談したと言っているが、やはりロバートはいつものように納得し切ってはいない様だ。
それにしても、向こうから語ってくれる気になるとは。此方としては守る上で、情報は多い方が助かるし、黙って耳を傾けよう。
「私の本当の名は、エリスティーナ・フォン・リングリッド。国王アルバート・フォン・リングリッドの娘でございます」
思考が一時停止して、開いた口が塞がらなくなる。
「だ、だ、だ、第三おう……」
驚愕の声を上げそうになった時、ロバートに思いっきり口を塞がれた。危うく森中に響き渡る声で護衛対象の身分を公表するところだった。
貴族様だ、貴族様だと思っていたが、まさか、そんな。国王陛下の娘? それは貴族じゃなくて、王族じゃないですか。
しかもエリスティーナって、国民なら誰でも知ってる。王位継承権3位の第三王女のことじゃないか。
これは予想の斜め上を行き過ぎる事態だ。貴族の逃走者なら助けることを惜しまないが、相手が王族ならそれは国家の存亡に関わることになる。
慌てる心をなんとかして落ち着かせる。
役職柄、観察眼には自信がある。大抵の嘘やハッタリなら目の瞳孔の収縮具合で分かる。でも、目の前の女性が嘘をついている様には見えない。それに第三王女が相手なら、騎士王が自ら駆け出してくる理由にも合点がいく。
しかし、なぜ第三王女がこんな森の中で野宿することになっているのか、逃げなければならない理由がなんなのか見当もつかなかった。
「この国には今、危機が訪れております。上官達は腐敗に満ち、王族は権威を争うことに没頭し互いに足を引っ張り合うことしかしない。中でも第四王女のアルテミーナは、その権化というべき恐ろしい存在です」
「第四王女……」
国王陛下の血を引く子供は全て女性。長女のフローレンス様は温和で美しい方と評判が高く、次女のハルネスティ様は頭が良くて魔法の才に長けた御方、三女のエリスティーナ様は聖霊の加護を与えられた聖人だと謳われ、四女のアルテミーナ様は父親譲りの武勇を持った御方と聞く。
平民に知れる事は、そんな噂話程度のことだけ。
あとはパレードや式典なんかで少しお顔を拝見できるくらいだけど、そういえば、四女のアルテミーナ様は余り人前には顔を出さない方だった気がする。
「第一王女は策謀にはまり操り人形とされ、第二王女は呪いの術に苛まれ、ほぼ軟禁状態。そして私は……国家への反逆を企てたという在らぬ罪を着せられ、命を狙われております」
なんとも衝撃的な言葉が並ぶ。これって本当にFランクの新米冒険者が聞いていい話なんだろうか。口にすることすら恐れ多いことを聞いてしまっている。
「彼女の目的は、王位継承権の奪取。ゆくゆくはお父様をも手にかけ、自らが王の座に就こうと画策しているのです」
考えられる可能性として、貴族同士の跡目争いかと思っていたが、まさか王家の権力争いの話になるとは。
王族の知り合いなんて居ないし、王宮内の事なんてなんの情報も持ってない。一度だけ、Sランクに昇格した時の祝賀会に国王陛下が仮面をつけてお忍びでいらしたことがあったが、凄すぎて実感が湧かなかったし、王族の方と話したことなんてそれっきりだった。
僕は返す言葉を何も持っていなかった。自分の生きている世界とは、まるで違う次元の話のように思えた。
「私はアデレードで船に乗り、海から国境を越えて隣国のテルストロイ共鳴国に亡命するつもりです」
亡命。アデレードは最南の町で広範囲が海に接した場所。確かにあそこなら避難用の船を隠すのには適しているかもしれない。
身分を隠そうとしていたこと、騎士王に追われていたこと、アデレードを目的地とした事、全ての事情が一つの線となって、真実を伝えていた。
「それで、ケイル様の強さを見込んでお願いしたい事がございまして。もしも宜しければ、このまま私たちと共に国境を越えて、護衛していただくことは出来ないでしょうか」
「わ、私ですか?」
「貴方の力が無くては、亡命することは出来ない。私はそう確信しております。どうか、私を助けては頂けないでしょうか」
第三王女が僕に頭を下げている。こんな恐れ多い状況、3秒とだって耐えきれず、直ぐに頭を上げるようにお願いした。
返答に困る質問だ。Fランク冒険者として細々とやって行こうと決意した矢先、まさか第三王女の亡命の手伝いを依頼されるとは。
「私たちを助けた事で貴方は罪に問われてしまう。きっと、一緒に来なければ、いずれはオーバルに捕まってしまうことでしょう。私は貴方の恩義をふいにしたくないのです」
脅迫じみた事を言うと思ったが、確かに国内で逃げ続けるのは限度があるし、いずれは僕の身元はバレてしまうだろう。とくにアルガスのギルド支部では、受け付けの女性にエリスティーナ様の依頼を引き受けた姿を見られている。
乗りかかった船とはこの事だな。船はアデレードにあるけど、僕が助かる道を考えれば、もうその船に乗らなきゃいけないことは決まってしまっているようだ。
「分かりました。私でよければ」
「ありがとうございます! この御恩は必ずお返しさせて頂きます!」
第三王女は両手で僕の手を握り、隠すことなく喜びを露わにした。
(これから長い旅を共にするなら、そして共犯の道を共にするなら、もうこの人たちに身分を偽っていても仕方がない。エリスティーナ様が名を明かしてくれたんだ。僕も本当の名を言おう)
「冒険者様と言うのは、皆様勇敢な心に満ちた方々ばかりなのですね。ロイド様もケイル様のように、正義感に溢れた御方でしたし」
ん? え? ちょっと待って。ロイド様……?
ロイド様ってあのロイド様……?
「ロ、ロイド様と言うのは……」
「Sランクパーティ神童の集いのリーダーを務めている御方です。私を牢屋から逃げ出す算段を整えてくれたのは、あの御方なんです」
「へ、へぇ。そうなんですかぁ」
「はい。一人の冒険者の不正を承認するという条件で……」
悪い予感がして、急に汗が流れてきた。
「確か、能力偽装を働いた冒険者で名はアミル・ウェイカー。国を追われる私を助けて下さっただけでなく、その報酬が罪人の立件だなんて。ロイド様はとても徳のある御方でした」
ああ、神様。そんなのは嘘だと言って欲しい。
真実を伝えていた一本の線は、どうやら僕の体にまで繋がっていたらしい。
ロイド様が僕の冤罪を告発したのは、目の前にいる第三王女様だった。そしてこの人は、自分が逃げ出すために、ロイド様の言葉に耳を傾けたらしい。
もう誰にどうこの複雑な思いをぶつけて良いか、分からなくなった。
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