第9話 アデレード
衝撃の夜を越え、ひた歩くこと5日。
僕たちはようやくアデレードが望める、山までやって来た。
きっと道中で追い抜かされたのだろう。【
「村に35人。周辺の茂みで捜索しているのが250人。オーバス様もいます。やはり、騎士団がアデレードに居るみたいです。しばらくは森の中で潜伏するしかないようですね」
「そうですか……」
村の様子を見ることの出来ない二人に、状況を伝えた。予想はしていたが、流石に連日連夜の野宿でエリスティーナ様の疲れはピークに達している様子だった。
はぁ。エリスティーナ様の顔を見ると、嫌でもロイド様の嘲笑う顔を思い出す。
まさか本人も、逃走と引き換えに立件した罪人が、目の前にいるとは思うまい。エリスティーナ様は僕を疑うことなく指示に従ってくれた。
「状況を把握するために、村の方へ行ってきます。あの重装備なら山の上までは来ないはずです。お二人はここで待機していて下さい。ちなみに、亡命を手引きしてくれる協力者がアデレードにいるのですか?」
「はい。赤い屋根の家に住む。コルタスという漁師と聞いております」
「分かりました。では、行ってきます」
「どうかお気をつけて」
エリスティーナ様から少し離れた場所で【
村の中に潜入する。誰も僕のことを認識できている者はいない。しかし、オーバス様には騎士王の勘がある。無闇に近づくのはやめておこう。
「第三王女。エリスティーナ殿下を見なかったか?」
「第三王女? はて、ワシらには全く分かりません」
騎士たちが村人に質問して回っている。口を割らない限り、亡命協力者がバレることは無いと思う。
懸念があるのは魔法使いの幻術魔法によって、自白を引き出されることだが、村には騎士しかおらず、魔法に特化した者はいなさそうだった。
「魔法使いはいつ到着する?」
「今日の夜には到着するかと」
「急がせろ。見えざる手がエリスティーナ様を隠している。かなり手練れた者を側に支えさせているようだ。一刻の猶予もならん」
「はっ!」
オーバス様の声が辛うじて聞こえる。
やはり狙いは【
最初は暫く身を潜めていれば帰ってくれると思ったけど、第三王女の捜索なら、そう簡単に済ませてくれそうにないな。
今日の夜か。こちらに向かって来る魔法使いを潰して足止めできたとしても、異変に気づかれるのに半日くらいしか時間稼ぎは出来なさそうだ。
協力者の村人は騎士たちの監視下にある。目を盗んで連れて来るのは至難の技だ。
ならばここは、僕が直接協力者に接触して、避難用の船の場所を聞こう。
最悪の場合は、エリスティーナ様だけで海に入れるように。
屋根が赤い家の煙突から、中へと侵入する。
視覚認識を阻害できても、舞い上がる灰に存在は隠しきれない。
暖炉から急に煙が湧いたから、居住者は警戒した。
「静かに」
「だ、だれだ!?」
「落ち着いて、貴方は協力者か?」
煙は上がっても、体が灰まみれになっても、住人には僕の気配が感じ取れない。
誰もいない空間から、声が聞こえて驚いていたが「協力者」という単語を聞いた途端、全てを察したように冷静になった。
「……そうだ。アンタは一体」
「僕のことはどうでも良い。それよりも、船はどこに置いてある?」
「……ここから東に行って3番目の岬を越えた場所に、海の水が流れ込む洞窟がある。見つかり難いところだが、隈なく探せば辿り着けるはずだ」
「分かった。……貴方は、その……こういうのが生業なんですか?」
「報酬は既に貰ってる。もう話すことは無い。さっさと出ていけ」
見えもしないけどお辞儀をして、再び煙突から外に出た。
やばい。このままだど靴に付いた灰で足跡がつく。【
僕は靴を脱いで、抜き足差し足で騎士たちの間をすり抜け、再びエリスティーナ様がいる森の中へと戻った。
「船の場所は分かりました。東に3番目の岬、その周辺の洞窟にあるそうです」
「そうですか、ご苦労様です」
「もうすぐ魔法使いの増援が村にやって来ます。そうなれば、協力者が割り出されるのも時間の問題となるでしょう。ここは私たちだけで、海に出るしかありません」
「わかりました……。しかし、残された協力者の方は大丈夫なのでしょうか」
「お嬢様。貴方はこの国を立て直す唯一の希望。多少の犠牲は目を瞑り、今はご自身の命を最優先にお考えください」
エリスティーナ様は返事をせず、沈黙で答えた。悲しそうな顔は、本気であの協力者のことを心配しているようだった。
「時間稼ぎをして来ます。それまでの間、お二人はしっかりと休んでいて下さい」
僕は王都からやってくる魔法使い部隊を足止めするべく、来た道を引き返す。
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