第7話 最強の騎士

「お嬢様 このような者の言葉を信じてはなりません! そもそも、騎士団が此方に向かって来ているという話すら怪しいのですぞ⁉︎ 全てが嘘で、馬車を盗むための方便かも……」


「分かりました。馬車は貴方に任せます。それで、わたくしたちはどのようにすれば?」


「村に常駐する騎士達に姿を見られないよう注意して下さい。暫く南へと走ったら森の中へと入り、身を隠してください。そこから決して動かないように」


「お嬢様⁉︎」


「どのみちあの馬車で逃げたところで、オーバスの手から逃れられるとは思えません。私たちに残された希望は、ケイル様に命運を託すことだけです」


 

 ロバートは最後まで反対していたが、マリーは聞く耳を持たず、僕に馬車を預けた。

 僕が言うのも何だが、この場を切り抜けられるとしたら、僕の力に頼るほか無いと断言できる。

 マリーは冷静で的確な判断をしたと思う。


「では、後ほど」


「お気をつけて、ケイル様」


 馬車の手綱を引き、サルハス村を東に出る。

 【鷲の目イーグルアイ】で戦況を確認しながら移動する。

 ロバートは最後まで僕のことを疑っていたが、小高い山を登る最中、振り返った景色に騎士団達の旗を見て、冷や汗を流していた。少しは信じてくれただろうか。


 オーバス騎士団長はサルハス村に到着、常駐する騎士達に早速聞き込みを開始したようだ。

 下手に勘づかれる前に此方から先手を打とう。相手は騎士王、後手を踏んだら1発で終わる。劣勢を立て直すチャンスなんて与えてくれるはずが無い。


(【閃光花火テルスアロー】!)


 頭上に向けて矢を放つ。

 通常【|閃光花火(テルスアロー】は一定距離飛んだあと爆発し、八方に光の矢が拡散する。その名の通り花火のようなスキルなのだが、竹の矢では、打ち上がった時には既に焼け溶けてしまって、小さな花火しか作れなかった。


 それでも音は周囲に響く。

 オーバス様の顔が東を向いた。騎士団を治める者なら、あからさまな陽動だと気づくことだろう。

 だが、陽動だと分かっていても他に手がかりが無い状況では。追わないわけにはいかない。


 馬車から飛び降りる。花火に驚いた馬は、暴走気味に勝手に前へと進んでいった。

 さらに先手を打つ。

 オーバス様に矢を放ち、強制的に此方に注意を向けさせる。肩の鎧に当てれば、怪我はしないだろう。


 弦を引く。国の英雄に、騎士王に竹の矢を向ける。

 緊張しないはずは無い。手は微かに震えていた。

 こう言う場合は、一度弦を緩め深呼吸する。テイナーバルスにアンデスナイト、最初の頃はSランクモンスターに相対する度に足が震え、腕に力が入らなくなった。

 今は、その時と同じくらいに恐怖を感じる。


 目を閉じ、考えるのは仲間のこと。僕がやらなきゃ、僕が射抜かなきゃ仲間の危機は救えない。そう言い聞かせる。

 パーティを追放され、僕の想いは結局無駄になったけど、今はマリー達の命が僕の弓に掛かってる。

 マリー達のことを考え、全神経をを研ぎ澄ませると、手の震えは止まった。


 オーバス様に向け矢を放つ。

 だが、肩の鎧に当たる直前、竹の矢はオーバス様の槍によって切断された。


(う、うそ……)


 (【|天候測量(フィールサーチ】! 南の風3メートル。湿度30%。 乱れた気流なし)


 今度は明後日の方向に放ち、【風速操作ウェザーシェル】で大きく旋回、旋回、旋回。オーバス様の側面から、速度を上げて進入……。


 死角から襲ったはずの矢も、視認出来ないほど速く動く槍によって切り落とされた。


(そんな……。どうなって……。まだ日が上り切らない今、高速で動く細い竹の矢なんて見えないはずなのに……)


「うぁああああ⁉︎」


 動揺を隠せないまま次の手を考えようとした時、オーバス様が目の前に現れ、僕は思わず悲鳴を上げた。


「な、なんで……どうして……」


 ど、どうやってこの距離を一瞬で……。

 オーバス様は尻餅をついた僕を見下げる。

 こんなの、太刀打ちできるはずがない。自分の無力さに失望しかけたが、ふと違和感に気づく。

 オーバス様の姿は目の前に有るのに、【狩人の極意マースチェル】でも気配が全く感じられない。


 この現象には心当たりがある。

 【大刀の威圧エルバイアス】。

 自分を見るものに対して、高圧な緊張を与え、視覚妨害、思考妨害を引き起こさせるアクティブスキル。

 こういった視覚妨害スキルは【鷲の眼イーグルアイ】で広範囲を視認する僕にとっては、最難敵のスキルだ。


 眼の前に見えるのは幻覚、そう分かっていても恐ろし過ぎて思考がブレる。もう正確な矢は放てないだろう。


 不安が頭の中を埋め尽くす。

 だが幸いなことに、オーバス様率いる騎士団は此方に向かって移動し始めていた。


「よし、これでかなり時間稼ぎができる」


 騎士団を引きつけつつ、適当に矢を放ち牽制する。当たらなくてもいい。ここに誰か居ると思わせればそれで良かった。


 騎士団は東に10キロは移動した。

 あまり遠くに離れすぎるとマリー達と合流するのにも時間がかる。陽動はここまでにして、退避することにしよう。


 【狩人の極意マースチェル】を使えば、極限まで自分の気配を隠すことが出来る。

 これは身を隠すと言うよりも、周りの人に「そこには何もない」と思わせるスキルだ。【嗅覚測量テルサーチ】や広範囲魔法で吹っ飛ばされない限り、僕の姿は誰も認識することはできない。


 道からは外れ、木の影に隠れる。

 暫くすると目の前を騎士団が通過した。此方に気づく様子はない、かに思えた。


 通り過ぎて直ぐ、オーバス様が馬の脚を止めてしまった。


 まさか、気づかれた?

 馬に乗っていて周りの景色なんて、よく見えないはず。気配だって完全に消してるのに、どうしてそんな所で止まる? 歴戦の騎士としての勘が、足を止めさせたとでも言うつもりか? こんな猛者の相手をするなんて、金輪際お断りだ。


「どうなさいました? オーバス様」


「少し待て」


 オーバス様は馬から降り、木の影を見つめる。視線から察するに、こちらの居場所を正確に捉えられている訳ではなさそうだ。


「【覇斬一閃アグロスラッシュ】」


 殺気を感じ、僕は咄嗟に身を伏せた。

 オーバス様が槍を一振りすると、辺り一帯の木が全て真っ二つに切り倒された。

 生きた心地がしなかった。今屈んで無かったら、確実に胴が切断されていた。


「気のせいか……」


 オーバス様は馬に乗り、再び東へと進み始めた。異様な気配がドンドンと遠ざかっていく。どうやら、暴走した馬車に、マリー達が乗っていると錯覚したようだ。

 さらに時間稼ぎが出来た。

 

 騎士団が完全に離れたあと、森の中を突っ切って南に向けて走る。

 1時間走り続けてようやく【鷲の眼ホークアイ】がマリー達を捉える。現在地からさらに南に1キロ。言われた通りに森の中に潜んでいるようだ。


 だが、周りにいたゴブリン達が鼻を利かせてマリーの方へ向かってしまった。

 ロバートは剣を持って対峙するが、とても冴えのある構えとは言えない。

 念には念を。この場から射抜いてしまおう。


 2、3匹のゴブリンを倒したら、簡単に怖気付いて逃げていった。どうやら竹の矢には相当なトラウマがあるらしい。


 【風速操作ウェザーシェル】を使えば自分の体を浮かせられたり、背中を押して跳躍することもできる。

 でも、そこには不自然な風の流れが出来て、一流の冒険者、そしてオーバス様のような手練れの騎士には直ぐに勘づかれてしまう。

 今は隠密の時、多少時間はかかっても普通に走っていくことにした。


「どこだ⁉︎ どこにいる⁉︎ さっさと姿を現せ!」


「しーっ! 大声を出したらダメですよ⁉︎」


 マリー達と合流すると、ロバートが大きな声で喚いているのが聞こえてきた。


「矢を放ったあと、お前がさっさと出てこないからだろう! 何処で何をしていた⁉︎」


「走ってこっちに向かってました」


「嘘をつけ! 私たちが怯える姿を影から見ていたのだろう⁉︎」


「す、すみません……。でも落ち着いて下さい。声を静かに」


 本当に1キロ向こうから走ってきたのだが、説明したところで信じては貰えなさそうだ。これ以上騒がれても困るので、適当に謝って治めておこう。


「大丈夫でしたか? ケイル様」


「はい。騎士団達は東に向かいました。半日ほどは時間が稼げたと思います」


「オーバスの目を出し抜いたのですか?」


「全く歯が立ちそうに有りませんでした。僕は陽動して身を隠しただけです」


「それは、凄いことですよ⁉︎ ケイル様、貴方は一体何者なんですか⁉︎」


「ええっと……ただのFランクの冒険者ですよ。アハハハ……」


 少し気を緩めると、自分が身分を偽っていることを忘れそうになる。今後も冒険者として働きたいのなら、一度ついた嘘は貫き通さなきゃいけない。

 時代遅れと言われる弓を、ここまで使い熟しているのは、世界中探してもおそらく僕以外誰もいないだろう。

 スキルをひけらかしては即身元がバレる。今後はスキルの使い方にも気を遣っていこう。

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