第6話 慣れ

 翌朝5時。


 朝日が登る少し手前。異様な気配を察知し、飛び起きる。

 Sランクモンスターにも感じる強い者の気迫。肺が圧迫されるような感覚は、パッシブスキル【狩人の極意マースチェル】が危機察知している証だ。

 ここら一帯にはFランクモンスターしかいないはず。レアモンスターの出現? こんなタイミングで?


 もしもSランクモンスターならある程度、被害が出るまでは手を出さない方がいいかもしれない。クエストの受注なしで討伐しても、素材を持て余すだけで、誰からも報酬は貰えないからだ。


(【鷲の眼イーグルアイ】)


 北の方角、僕らが通ってきた道から、土煙を上げで騎馬を走らせる集団が見える。

 他の魔物たちはどうか……ぐっすり眠ってる。

 気配の正体は、あの騎馬隊と見ていいだろう。ちゃんと人の道を通ってる。モンスターじゃない。


 ん? 旗?

 ライオンに王冠の旗印。リングリッド王国の紋章が掲げられている。

 磨き上げられたシルバーメイル。赤いマント。大型モンスターも両断できそうな長槍ちょうそう

 短い白髪に白い髭を蓄えた屈強な男の姿を、僕は見たことがある。王都のパレードで見た時、それはSSランクモンスターを討伐し、見事凱旋を果たした騎士団たちの先頭で、歓喜に溢れる国民に向かい悠然と手を振る英雄の姿と同じ。


 騎士王。オーバス・ロッドメイル。

 国王陛下以外に王の称号を名乗る事を許された唯一の御仁。

 リングリッド王国騎士団、総騎士団長。


 気配の根源はあの方のもので間違いない。

 でも、なんで? 下級モンスターしか居ない南方に、どうして最強の騎士と名高い英雄が来る? それも複数の部下達を連れて。


 まさか、僕のギルド登録の偽装がバレて、連行しに来た?

 いやいや、まさか。もはやSランクパーティーを除名されて、ただの下民にまで落ちた僕の不始末の為に、わざわざ国家の剣が力を奮う筈もない。

 もしかして、僕の強さを警戒してなのか?

 仮にも元Sランク冒険者だし、もしそうなら少し嬉しい気もするけど……。いや、ロイド様は僕の悪評を王宮に伝えたと言っていた。やっぱり、わざわざ騎士王が僕を捕まえるために此方に向かって来ているとは考えにくい。


 別に考えられるとしたら、アゴーレッグのような希少モンスターがこの先で出現して、救援活動や素材採取の為に出動しているか。

 冒険者ギルドに依頼しないのは珍しいけど、そういう可能性は大いにある。

 なら、ここは下手に動かず、彼らが通り過ぎるのを黙って見守るのもアリかもしれない。


 でも、最後の最後に残った疑念が、僕の心を不安にさせる。

 出会った頃から、無理して取り繕った態度。言葉遣い。顔を見られないように、室内でもフードを取らない女性。身分を語らない貴族様。

 誰かから逃げているような、そんな警戒心が常に背中に感じられた農夫の姿をした男。


 もしも、本当にもしもの可能性だが。オーバス様が僕の依頼人を追い駆けてきているのだとしたら。一抹の可能性であることは重々理解しているが、依頼者が罪人で、それを騎士団が追いかけて来ているのだとしたら、僕はその逃走を手助けする共犯者にならないだろうか。


(……まだ朝も早い。マリー達はまだ寝てるだろうな……)


 こんなことで、依頼人を叩き起こして良いものだろうか。全てが杞憂だった時、怒りを買うのは当然の道理。クエスト終了時にギルドに報告される冒険者評価にも響く。駆け出しの新米で、初仕事に信用を損なうことはしたくない。


 時間が経つにつれ、索敵可能範囲に次々と人の影が入ってくる。100、200、300⁉︎

 オーバス様を筆頭に、後方には鎧を身に纏った泣く子も黙る騎士団精鋭部隊が列を成していた。


 ただごとではない。人探しじゃ無かったとしても、きっと凶悪なモンスターが近くに居るんだろう。

 杞憂だったとしても、未然に危険を察知し、避難させるのも護衛者として重要な仕事だ。


 自分を納得させ、僕は宿屋の中に入ろうとした。しかし、玄関扉には鍵がかかっている。

 裏手に回り、マリー達が宿泊している部屋の窓をノックした。


「誰だ⁉︎」


 ベッドから起き上がる音が聞こえた。やはりまだ寝ていたようだ。

 そして聞こえてきたのはロバートの怪訝な声だった。ロバートにはまだ、全然僕のことを信用して貰っていない。事を荒立てないように言葉は選ばないと。


「アル……ケイルです。すみません、朝早くに」


「やはり寝込みを襲いに来たな不届き者め!」


 いや、僕、外にいるんですが……寝込みを襲うならノックなんてしないんですが……。と言いたかったが、依頼者の眠りを妨げているのは僕の方、まずは現状を伝えて2人の反応を伺うことにしよう。


「ち、違うんです。少しお尋ねしたい事がありまして」


「なに……?」


 マリーの声が聞こえた。良かった。彼女からは好意的な言葉を幾つかもらっている。話を聞いて貰うだけなら、時間を割いてくれるだろう。


「王都の方から騎士団長のオーバス様と騎兵隊が此方に向かっています。もしかしたら近くで凶悪なモンスターが出現したのかも知れません」


 沈黙が続く。さて、どんな反応を見せるだろうか。心当たりがあるのなら、自分から動く筈だけど。

 マリーはベッドから起き上がり、カーテンの開けて窓を開けてくれた。真剣な表情から察するに、僕の言う言葉は貴重な情報であるらしい。


「索敵範囲には凶悪モンスターは確認できませんが、この先の道で出たのかも知れません。念のため僕が先にいって、偵察する事も可能ですが、その場合マリー様たちの警護が手薄になります」


「貴方には、騎士王の姿が見えているのですか?」


「はい」


「……そう、ですか。わかりました。偵察は必要ありません。すぐに南に向けて出発します。ケイル様、ここまでの護衛ありがとうございました。任務はここまでで結構です。セバス。彼に報酬を」


「畏まりました」


 おっと、これは予想外の反応。まさかこの場でパーティから外されるとは。ロバートの事をセバスと読んで明らかに偽名を使ってるし、それに今のマリーの文言には高貴さが垣間見えた。

 訳ありの貴族が逃走を図っていると言う推察は、残念ながら正解だったようだ。

 依頼者はどういう事情かは知らないが騎士に追われている。ともすれば、ここで突き放してくるのは僕の身を案じての事なのだろうか。


「さぁ、受け取れ冒険者。約束の金だ」


「それは受け取れません。私の任務は貴方がたをアデレードに送り届ける事です」


「依頼人がいいと言っているのだ。早く受け取れ、お前と話している時間は無い!」


「騎士団から逃げておられるのですか?」


 僕の言葉に、身支度を整え、外に出ようと扉に手をかけていたマリーが止まる。


「貴方がたは貴族様。権力抗争に敗れたか、はたまた自分の欲に飲まれたか。何か事情があって騎士団から逃げているのでしょう」


「分かっているなら、さっさと報酬を受け取れ! お前も巻き込まれたいか⁉︎」


「どんな理由があろうとも、全ては依頼を引き受けた私に責任があります。貴方がたが誰であろうと、必ず任務はこなします。それが冒険者という者です」


 騎士団が探していると分かった上で逃走に協力するのは共犯以外の何者でもない。

 彼らが捕まれば僕も捕まり、身分を偽装したこともバレる。いよいよ殺されるかも知れない。


 そして、同じく身を潜める者として、逃げようともがく彼女達を見捨てることは僕には出来ない。

 逃げる立場っていうのは孤独だ。無力だ。事態が悪くなったら皆んな手の平を返しで、今までの笑顔なんて無かったみたいに見捨てていく。

 僕は王都を出た時、誰かに信じてもらいたかったし、助けてもらいたかった。結局誰も助けてはくれなかったけど、目の前に助けを求める人がいるなら、僕はちゃんと手を差し伸べたい。


「馬車で逃げるのは目立つので危険です。ここから

は走ってお逃げください」


「な、何を言ってるのだお前は⁉︎」


「待って、セバス」


 困惑するロバートをマリーは黙らせる。


「どうするつもりなのですか?」


「私に馬車を貸してください。囮になります」


「なっ⁉︎ 何を言うか貴様! そんなこと言って、あの馬車を盗むつもりだろう⁉︎」


「黙りなさい! セバス!」


 マリーは初めて声を荒げ、窓の方へと近づいてくる。真っ直ぐと此方を見つめる銀色の瞳は、嘘偽りの通じそうにない、威厳に満ちた光を宿していた。


「何故そこまでして下さるのですか?」


「囮役は散々やらされて来たもので」

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