第5話 目立たない功績

 依頼者であるマリーの所望は、アデレードまでの移送護衛だった。


 アデレードはポフロムよりさらに南のそのまた南。

王都から500キロほど離れた場所にある最南の村だ。

 

 アデレードにはほとんどスライムしか出ないが、道中にはゴブリン系の魔物が広く生息している。ゴブリンは狡猾で気性が荒い。宝石など光る物に目がないので、よく物資なんかを運ぶ荷馬車が襲われる。

 今回の依頼はそんなゴブリンたちを警戒してのことだった。


「随分と立派な馬車ですね。まるで貴族様が使う馬車のようです」


「そ、そ、そうかしら⁉︎ 別に普通だと思うけど⁉︎」


「馬車の屋根に乗せてもらうことは出来ますか?」


「屋根?」


「高い所にいた方が、より索敵しやすいので」


「そうなの。分かった。自由にしていいわ」


「ありがとう御座います」


 綺麗な馬車を汚されるのが嫌なんだろう。ロバートはイラッとした引き攣った顔を僕だけに見せた。

 しかし、これも依頼を確実にこなすため、多少の汚れは勘弁していただこう。


「ねぇケイル!」


「おじょ……マリー、余りはしたない事はするもんじゃないよ」


「別にいいじゃない。聞きたいことがあるの!」


 馬車に揺られること数分。窓を開けたマリーが大声で僕を呼ぶ。


「何でしょうか」


「ケイルはアデレードに行ったことあるの?」


「ええ、一度だけ」


「どんな所なの?」


「すごく長閑な所で、海が綺麗な場所ですよ。強いモンスターも殆ど出ないですし、休暇を楽しむのに適した所です」


 南に進めば進むほど、出現する魔物は弱くなる。

 Sランククエストをこなすようになってから、南に向け移動する事は滅多に無かったけど、アデレードには一度だけ行ったことがある。レアモンスターのアゴーレッグが出現した時だ。


 アゴーレッグは体長が10メートルにもなる海から出現する希少種。サメのような見た目から、恐れる人も多いが、実際の性格は穏やかで人に危害を加えることは滅多にない。

 被害報告もなければ、討伐クエスト依頼もなかった。それでも神童の集いはアゴーレッグの目撃情報を聞きつけ、それを一方的に狩り殺した。

 

 なぜか、硬い鱗はSランクモンスターの強度に匹敵し、一度狩れば大量に入手できるうえ、融解して錬成し直すこともできて、凝縮すればさらに強度を増したアゴークリスタルを生成できる。

 そう、全てはロイド様が自分の使う剣の素材が欲しいがため。神童の集いはそれに付き合わされたのだった。


 キラキラとした鱗を光らせ、悠然と泳いでいたアゴーレッグが今も目に残ってる。危険性なんて一つも無かったし、相手はモンスターだけど戦ってる時は正直可哀想だと思ってしまった。


 ん? おっと、昔のことを思い出してたら、早速ゴブリンたちがこちらに気づいたようだ。

 【鷲の眼イーグルアイ】がモンスターの勢力を捉える。

 ミニゴブリン150、ゴブリン50、キングゴブリン1。距離は1キロ半。馬車の音に引き寄せられて四方から寄ってきてる。


 今のうちに牽制しておこう。狙うべきはキングゴブリン。司令塔を潰せば当分はゴブリンたちも怖気付くだろう。

 竹の矢だとスキルを使ったらすぐに燃えてしまいそうだ。普通に打つしかないな。


(【天候測量フィールサーチ】! 【風速操作ウェザーシェル】!)


 【天候測量フィールサーチ】で現在の風の動きを把握。 【風速操作ウェザーシェル】で必要な量だけ風の動きを操る。標的の移動を予想するのは、経験と技術。


 角度深く矢を放つ。ゴブリンたちはまだ茂みの中に隠れている。普通では木々が障害物となって当たらない。命中させるには、空高く降り注ぐように矢を進ませる必要があった。


(うん、当たったな)


 遠くの方で、脳天に矢が突き刺さったキングゴブリンの姿が見える。


「何を遊んでいる冒険者。真面目に護衛しないなら、依頼料は払わんぞ」


 馬車を運転するロバートが忠告する。

 側から見ればただ空に向かって矢を放つ遊びに見えるんだろうな。説明しようにも、獲物がこんなに離れてちゃ証明も出来ないし。


「すみません」


 依頼者の機嫌を損ねてはクエスト失敗もあり得る。万が一の時は避難指示にも協力してもらわないといけないし、護衛任務の最中では信頼関係を築くのも大事なクエスト成功への技術かぎだ。

 ゴブリンたちは混乱して、こちらに来るのをやめたみたいだし、ここは謝ってロバートの気分を少しでも害さないようにしよう。


 丸一日走り続け、中継地点であるサルハス村に到着した。貴族様方の避暑地として有名で、大きな家々が並ぶ以外は特に何もない村。

 家を守るための騎士たちが常に常駐していて、魔物からの被害を防いでいる。

 騎士は国の税金で働いてるのに、その騎士を使って別荘を守らせてる。こういうのを見て、平民はどうして税金を払っているんだろうと疑問に思うこともある。


 なんにせよこの村なら安全に休むことができる。

 護衛を任せられた身として、僕はこの村での停泊を勧めた。


 村に唯一ある宿は、かなり豪華な作りになっていた。見窄らしい宿だと、貴族様の目障りになるからだろう。村の景観を損なわないような宿だ。


「ケイルは中に入らないの?」


「いえ、私は外で寝ますのでお気遣いなく。明日も早いですので、今日はしっかりとお休みください」


 宿泊費を聞いてまぁびっくり。一泊銀貨3枚。こんな田舎の街なのに王都の平均値段より高い。泊まった瞬間に僕の全財産が飛んでしまう。

 まぁ値段がどうであれ、元々家の中で寝るつもりは無かったけどね。

 家の中に入ってしまうと、流石の【鷲の眼イーグルアイ】も効力が半減してしまう。護衛に就いたからには、常に外の景色は見れるようにしておきたい。


 僕は宿の壁にもたれながら座る。

 月明かりが眩しいくらいに光ってる。

 たまには外で寝るのも悪くない。


 ん? またゴブリン。結構早いな。

 【鷲の眼イーグルアイ】がまたしてもゴブリンたちの不穏な動きを捉える。

 どうやらキングゴブリンを失った後、別のゴブリンがキングの座についたらしい。親の仇を打つために、遥々ついて来たようだ。

 少し誤算だったな。キングゴブリンを倒せばそれで終わりかと思ったのに、逆に復讐心を掻き立ててしまったか。


 夜空に向かって3発の矢を放つ。

 【風速操作ウェザーシェル】によって、1キロ先まで飛んでいった矢は、キングゴブリンの近くで走っていた子分たちの脳天に突き刺さった。


 今回はキングの方じゃなく、その側にいる奴を狙う。キングを慄かせれば、今度こそゴブリンは撤退するはずだ。


 これは警告だ。

 目の前で射抜かれた子分を見て、僕の意図が伝わったのだろう。キングゴブリンは、その他多くのゴブリンを引き連れて、サルハス村から遠ざかっていった。


「おい、貴様何をしている⁉︎」


「え?」


「いま、矢を放っただろう⁉︎ どいうつもりだ⁉︎」


 常駐していた騎士が怖い声で質問してきた。

 側から見れば居住区の真ん中で矢を射る変質者に他ならない。証明しようにもゴブリンの死骸は1キロ先の茂みの中にある。


「も、申し訳ございません。ちょっと暇だったので、遊び半分で矢を放ってしまいました。もう2度としないので許してください」


「ふん! 気をつけろ! 貴族様に見つかったらタダじゃ済まないからな」


 ことを荒立てては依頼者の信用を損ねかねない。僕はロイド様によって鍛え上げられた謝罪ポーズを敢行し、なんとか許してもらった。

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