第4話 身分偽装

 ポフロムから少し王都に近づく道の途中、アルガスという小さな町がある。

 建物の数は王都と比べるまでもないが、近くで魔草採取や、希少な魔石が採掘できるため、生成スキルを得意とした職人たちが多く滞在しており、物作りの町としても知られている。


 職人が作り出したアイテムが盗難されたり、採取中に魔物に襲われる被害が後を絶たない。

 そんな町だからこそ、ここには小さな冒険者ギルド支部があり、護衛や討伐といった仕事がちょくちょく入ってくる。


(こ、こんな装備で大丈夫だろうか。竹の弓だけって、怪しすぎやしないか?)


 こんな軽装で冒険者を名乗ったら、僕だったら確実に怪しむ。どっかの猟師が鹿狩りでもしてるのかなって思う。

 今から竹藪にとって返して、竹の防具でも作ろうか。いや、弓は慣れ親しんでいるから作れたけど、防具までは作れる気がしない。

 はぁ、こんなことなら知力をもっとあげて器用さのあるスキルを習得するべきだった。

 知力を振り分けることでスキルを習得していく訳だが、僕の場合、得た知力は全て弓スキルに使ってしまった。それは日に日に進化を遂げる神童の集いについていく為で仕方のない事だったが、今にして思えば馬鹿な事をしたと反省する。

 もっと転職した時の事とか考えとけば良かった……。


(ど、堂々とするんだアミル。挙動不審にしてたら余計に怪しまれるぞ)


 何を後悔しても元の木阿弥。意味のないことだ。

 深呼吸をして落ち着きを持って、勢いよく冒険者ギルド支部の扉を開ける。


 こじんまりとした木造の小屋。【鷲の眼イーグルアイ】で俯瞰から見るとよく分かるが、大理石で出来た王都のギルド本部に比べたら50分の1くらいに小さい。

 掲示板に貼られた依頼書の数も5枚か6枚程度、王都の方じゃ常に100枚以上の依頼書が、所狭しと貼られていたのに。

 内容もFランクからDランクのクエストしか無さそうだ。


 受付の綺麗な女性がこちらを見る。

 もしかしたら顔も既にブラックリストに登録されているんだろうか。

 そうだとしたら、酷評を流された僕が取り持ってもらえる可能性は低い。


「御用件は?」


 ニコリとした笑顔が見える。

 よかった。どうやら、顔までは特定されていないようだ。


「新しく冒険者登録したいのですが」


「新規冒険者の方ですか、ようこそ冒険者ギルドへ。それでしたら此方に必要事項を御記入して下さい」


 墨のついた羽ペンを握った時、思わず手が止まる。

 本名や実歴を書けば、間違いなく犯罪者リストと照合され身元がバレる。


 僕にかけられた能力偽装罪は、罰則こそ極刑にはならないものの、一度それをしてしまうと冒険者としてはやっていけなくなるくらいに信用を失う。

 基本的に誰も彼もが相手の能力を知れるわけじゃないこの世界では、自分の能力値は自分で言わなきゃいけないし、そこは信用で成り立っているからだ。

 一度失った信用は2度と取り戻せない。だから、余程の悪党でも能力偽装だけは絶対にしないのだ。


 震えるペン先を紙に落とした。


【名前】  ケイル・エバンス

【年齢】     25

【冒険者履歴】 無し

【パーティ名】 無し

ー能力値 ※半年以内に測定されたものに限るー

【攻撃力】 38

【防御力】 45

【魔力】  50

【知力】  100

【命中力】 100 


ーパッシブスキル ※現在持っているものに限るー

【鷲の目 Lv1】


ーアクティブスキル ※現在持っているものに限るー

【渾身の一撃 Lv1】


「はい。確かに承りました。冒険者カード発行のため銀貨1枚を頂戴いたしますが、よろしいでしょうか?」


 全財産銀貨4枚の僕にとって決して安い金額ではないが、致し方あるまい。

 僕はポケットから銀貨1枚を取り、手渡した。


「以上で登録作業は終了となります。新規登録者様はFランクからのスタートとなります。冒険者カードが発行されるまで、最低でも1日かかりますので、また後日お越しください」


 簡単だ。適当と言って良いくらいだ。能力値も適当に書いたんですけど、良いんですか? 本当に。

 来るもの拒まず、去るもの追わずの実力主義社会。年齢や性別、性格も関係ないところが冒険者家業の、魅力の一つだけど、いくら何でも無審査とは恐れ入った。


「あ、あの直ぐにでも仕事が欲しいのですが」


「契約は依頼主と冒険者双方の承諾があって初めて成立します。願書は提出できますが、流石に今日中というのは」


 そ、そうだよな……。

 今来て直ぐに仕事にありつくなんて都合が良すぎるか。神童の集いに居た時は、学園長の後ろ盾もあって、パーティの信用が最初から凄く高くて、依頼者の方から申請が殺到してた。

 だけど、信用ゼロの今の状況じゃ、まずは雇ってもらえるかどうかすら怪しくなる。新米冒険者の性だな。


「仕事を探しているの?」


 後ろから声をかけられ振り向く。

 古びた生地の茶色いコートを着た女性と、腰に剣を差してるのに、農夫のような格好をした初老の男性が立っていた。

 女性はフードを目深に被っていて顔がハッキリと見えない。

 【鷲の眼イーグルアイ】の付与効果で僕には1キロ先の人の顔が見えるほどの視力がある。荒い生地の服なら、多少は中が透けて見える。


 目は銀色、髪も銀色。綺麗な女性だ。コートの下は白いスカート。

 ん? スカートから先が見えない。安物の服では無さそうだ。上着と中に来ている服に、これ程差があるのは少し怪しく思ってしまう。顔つきも気品に溢れてるし、何処かの貴族様だろうか。

 神童の集いで貴族様に囲まれていた僕には、何処となく目の前の女性から、ミリアルディア様やレイシア様と同じ匂いを感じてしまう。

 農夫のかたは……うん、全部透けて見えるな。立派なものもお持ちだ。安い服のようだし、地元の猟師だろうか。


「は、はい……」


「でしたら、わたくし……。だったら、私の護衛役をやらせてやっても、良いってのことよ!」


 女性は喉を詰まらせて言い直した。変な言葉遣いで。


「おじょ……マリー、そんな得体の知れない男に護衛役を頼むのはよしなさい。寝ている間に何をされるか分かったものじゃないよ」


 農夫の方はとても失礼な事を言う。でも、新米冒険者なんて何の信用もないし、これが普通なのかな。

 「護衛役」という言葉が出た。どうやら仕事を依頼しに来た人たちらしい。普通なら契約が成立するまで依頼人には会えないものだが、これは好機だ。

 自分の魅力をアピールして売り込めば、仕事にありつけるかも知れない。


「僕は弓使いのアミ……ケイルと申します。護衛役を御探しでしたら、ぜひ私めをお使いください。私には【鷲の眼イーグルアイ】のスキルがあり、広範囲の索敵が可能です。危険を事前に把握することには長けております」


 優雅に頭を下げ、貴族様用の挨拶をしながら、さりげなく流れで自分の長所をアピールした。


「な、なかなか礼儀正しいのね! 冒険者ってもっと荒っぽい人が多いかと思ったけど。気に入ったわ! 貴方を雇うことにする!」


「マリー⁉︎」


 僕の挨拶が礼儀正しいと理解できると言うことは、やはり目の前の女性は貴族様か、それに深く関わる御仁なのだろう。

 ロイド様に叩き込まれた礼儀作法(服従の証)がこんな所で役に立つとは。悲惨なことでも、経験は無駄にならないってことか。


「私の名前はマリー。こっちはロバート。それで、契約を結ぶにはどうしたらいいの?」


「ご依頼を申請するには、こちらの書類に必要事項を記入して頂く必要が御座います。申請書の発行には銀貨1枚と報酬金の事前交渉が必要になります」


「報酬金。えっとケイル。あなた幾ら欲しいの?」


 受付の女性が気を利かせて声をかけてくれた。

 幾ら欲しいと言われても、普通は依頼者からの提示があって、冒険者がそれを受けるかどうか決める流れだ。常識の範囲のはずだけど、マリーは冒険者とは無縁の生活をしてきた人なんだろう。


「仕事にかかる時間によります」


「アデレードに向かうまでの護衛なんだけど、どれくらい時間が掛かるのか分からないわ」


「アデレードなら歩いて急げば7日、普通なら9日、馬車なら急ぎで4日、普通で6日といったところですね。それと運ぶ荷物の量によっても変わります。何か大切な物を運びたいと仰るなら、その重さと強度で換算させて頂きます。お二人の護衛でしたら相場の値段で結構ですが、Fランク冒険者の相場は、えっと……」


「一日の拘束で大体銀貨8枚くらいが相場です……。それにしてもケイルさん、随分と交渉に慣れてるんですね。まるでずっと冒険者としてやってきたみたい」


 受付の女性が怪しんだ目で答えてくれた。

 いけない、いけない。ついいつもの感じで喋ってしまった。今は身を潜む仮の姿。僕は新米冒険者、そう自分に言い聞かせよう。


「あ、あら、そんなに安いの? 私たち馬車で移動するから6日くらいね。じゃあ金貨が4枚と銀貨8枚でいい?」


「はい! 僕は全然構いません!」


 農夫の方は呆れた様子でため息を吐く。後ろの御仁は僕のことを一切信用していないようだ。

 でも僕にとっては、こんな幸運な事はない。不安にさせてしまうのは申し訳ないが、これでも弓の扱いには自信がある。僕が護衛に就くからには確実に目的地まで送り届けるので、身分を偽っていることも出来れば許して欲しい。

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