第3話 竹の弓

 全てを失っても僕たちは生きていかなきゃならない。やっぱり仕事は必要だ。悲しむのも、嘆くのも、後悔するのも、立ち直るのも、仕事をしてお金を稼がなきゃ話にならない。今日を生きることすら出来ない。

 これでも世界中を股にかけて旅をしてきた、Sランク冒険者。心が折れたその時からが勝負だと、身に染みて知っている。


 でもポフロムは農村地帯にある田舎の村だ。働ける仕事にも限りがある。

 リンゴ畑は隣人に譲ってしまったし、いまさら農業を始めるにしても、収穫から販売まで時間がかかり過ぎるし、前科持ちの僕じゃ融資も断られる。


 僕が唯一誇れるもの、それは弓の力しかない。

 弓で魔物ばかりを射抜いてきた。それ以外何もしてこなかったんだ。使えるアクティブスキルも弓を持ってなきゃ発動できないものしかない。

 器用なスキルでお金稼ぎなんてできないし、色々と考えたけど、やっぱり冒険者ギルドに行ってクエストを貰うしか選択肢が見つからなかった。


 でも、今の僕がロイド様のいる冒険者ギルドに行っても確実に門前払いされる。

 考えられる手段としては……一つしかない。


 王都にある本部ではなく、田舎に設置された冒険者ギルドの支部で偽名を使って登録すれば、仕事にはありつけるかもしれない、そう思った。


 勿論それは犯罪行為だ。冤罪が本物になってしまう、正真正銘の能力偽証罪に該当する。

 でも、生きていくためには背に腹は代えられない。公爵に睨まれた僕に、選択肢を選んでいる余裕なんてないんだ。


 と言ってもその前に、今は武器を調達しなきゃならない。何をするにしても弓が必要だ。

 こんな田舎の村じゃ武器屋なんてどこにも無い。

 というか残りの手持ち銀貨4枚で買える物なんて、子供用の弓くらいだ。

 さて、どうしたものか。雨に濡れながら腕を組んで考える。


「仕方ない。作るか」


 無いのなら作るしかない。

 幸い弓使いは他の冒険者職と違って、武器の製作に事欠かない。しなやかな枝と丈夫な木の皮か蔦、それと矢に出来る枝さえあれば完成する。

 粗悪な物が出来そうだが、そこは持ち前の経験と技術で何とかするしかない。


 しかし問題なのは、今は枝を切り落とすナイフすら無いということだ。

 お婆ちゃんには申し訳ないが、薪割り用の斧を拝借していくことにした。


 さっそく森の中へ入る。

 ポフロムの森には魔物が生息しており、絶対に近づくなと子供の頃はキツく言われていた。

 でも、ここに出てくるのはFランクモンスターだけ、今の僕なら手斧でも何とか撃退できるはずだ。


 程よくバネのある蔦を見つけた。細くて丈夫だ。弦はこれでいけるだろう。

 目ぼしい枝を切り落とし、試しに歪ませてみるが、どれも簡単に折れてしまう。

 多少の反発性はあるから、これだけでも何とか弓にする事は出来るが、少し力加減を間違えば折れてしまうから、扱いがかなり難しくなる。

 本来なら水に湿らせて、木の整形をして弓に最適な形にするのだが、それには専用の器具が必要だし、やはり近くには無い。


 しばらく歩くと天高く真っ直ぐに伸びる竹藪が見えた。


「た、竹か〜! 竹は使える! 弓にも矢にも使えるぞ!」


 しなやかな弾力性。強く曲げても折れない伸縮性。

 弓はもちろん、細く切って先端を尖らせれば矢だって作れる。


「グギギギギィ」


 茂みの奥から出てきたのはミニゴブリンだった。

 せっかく弓作成が軌道に乗ってきたのに、邪魔しないで欲しい。

 ミニゴブリンはFランクモンスター。恐れるほどの敵じゃない。手斧を当てれば倒せるはず。

 でも問題なのは、ミニゴブリンが1匹ではないということ。パッシブスキル【鷲の眼イーグルアイ】を使うと、茂みの影に隠れて15匹のミニゴブリンがいると分かる。

 戦うための得物は手中にある手斧のみ。僕は剣の扱いが苦手だ。手斧ならもっと苦手だ。というか、これは薪割り用で本来戦闘用でもないし。

 1匹は確実に倒せても、二、三匹が同時に襲ってきたら対処できない。


 どうする? 念のために逃げるか?

 これはクエストじゃない。逃げたって任務失敗にはなってもギルド評価が下がるわけでもない。

 だけど、せっかく見つけたこの竹藪。これを捨ててしまうのは、もったいなさすぎる。


 ふと地面を見ると小さな小石が転がっているのが見える。

 小石か、ゴブリン系の急所は眉間にある。小石を投げたら倒せるだろうか。牽制の意味も込めて、近づかれる前に、一つ投げておこう。


「えい!」


「うぎゃ!」


 眉間に石が直撃したミニゴブリンは、簡単に息たえた。


(え……小石でいけるの……)


 自分でも引くぐらい呆気なく倒せてしまった。

 これでは何のために弓を作ってるのか分からない。もう小石でいいんじゃないか? 小石マスターとして、その道を極めれば武器の費用は安く済ませられるぞ。

 なんて、つまらないことを考えながら、残りのミニゴブリンの眉間にも小石を喰らわせていく。

 1匹2匹とやられると、実力差が明確に分かったのか、数匹が逃げ始めた。

 後ろを向かれると眉間が見えない。急所に当てれないんじゃさすがに小石で仕留めるのは無理だ。

 だが、図らずしもここは森の中だ。

 対象となる木が何本も生えている。木の反射を利用すれば、後ろを向いたミニゴブリンの眉間にも小石を当てられる。


「えい!」


「うぎゃ!」


 小石だけでミニゴブリンを全滅させた。

 【解体パーム】や【精密作業クラフトメーカー】なんかの工作系スキルを持ってればミニゴブリンの皮や骨を捌いて、質屋に売ってお金にできるんだろうが、僕にはそんな器用な事はできない。

 これがクエストじゃ無いのが勿体無いが、弓がなくてもFランクモンスターが倒せると分かっただけ大収穫だ。

 偽名を使って冒険者ギルドに再登録さえ出来れば、食う分には困らないだろう。途端にやる気が湧いてきた。


 さて、弓と矢が完成した。

 試しに【渾身の一撃パワーショット】を放ってみたが、竹が一瞬で燃え尽きて、光の線となって消えてしまった。幾つかの木が貫通しているのを見ると、至近距離ならそれなりに力を発揮してくれそうだ。

 森を出ようかと思った時、矢筒がないことに気づく。矢筒がなきゃせっかく作った矢を持ち運べない。


「はぁ、どうしようか」


 目の前にあるのは竹だけだった。

 竹の中をくり抜けば、あら不思議。あっという間に矢筒の完成。ちょっと竹、優秀すぎないか? もはや弓使いのために自生?してるとしか思えないぞ。


「竹、凄すぎるよ! ありがとう、竹!」


 最低限の武器は手に入れた。

 それじゃあ、冒険者ギルドに再登録をしに行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る