第2話 全てを失う
銀行ギルドに駆け込んだ僕は、早速自分の口座を照会した。
「申し訳ございません。お客様の口座は既に凍結されております」
「お、お爺ちゃんとお婆ちゃんが居るんです! そっちの口座は……」
「申し訳ございません。そちらの方も凍結されております」
「そんな、ど、どうして……!」
「理由は貴方が一番よく分かってるでしょう?」
理由なんて、知るわけないじゃないか。
「……じゃ、じゃあ。新しい口座を開けますか?」
受付のお姉さんは笑顔のままだったが、そこには敵意が込められているような気がした。
振り向くと巨漢な警備兵が僕の事を見下ろしていた。
「で、出ます……。す、すみませんでした……」
ロイド様の言葉は冗談ではなかった。
クエスト報酬を入れていた銀行の口座も、仕送りのために開設した実家用の口座までもが凍結されていた。
現実感がないまま、銀行ギルドをでる。
全財産はポケットの中で免れた、銀貨5枚のみ。
弓も矢も防具もアイテムも、全部事務所に置いてきてしまった。
王都の宿屋は安くても銀貨一枚は取る。食事だって高いお店ばかりだ。収入が無ければ保って三日でポケットの中は空になる。
「お、落ち着こう……と、とにかく働かないと……仕送りしなきゃ、お爺ちゃんとお婆ちゃんが飢え死にしちゃう」
口座が凍結されてるなら、手取りで受け取れる日当の仕事を探すしかない。
仕送り用の口座が無いけど、多分それは大丈夫。
実家までの距離は南に100キロ程度。
【
さらに【
この二つのスキルと、僕の命中力を合わせれば、此処から実家のポストの口に直接お金を投げ入れる事だってできる……はずだと思う。
「とりあえず、転職事務所に行こう」
転職事務所では、専門の鑑定士が個人の能力値を査定し、その人に合った最適の職種を選んでくれる。
店内に入ると古臭い埃の匂いを感じる。
壁には一面に求人広告が張り出されていて、筆記系スキル、料理系スキル、測量系スキル、テイマー系スキル歓迎と、それぞれに求められるスキルが大きく書かれていた。
此処には冒険に特化したスキルを求める広告が見えない。それもそうか、冒険がしたいなら冒険者ギルドに行けっていう話だよね。
壁に貼られた紙を見ていたら一日かかってしまいそうだ。僕はカウンターに座る眼鏡をかけた店員さんに話しかけた。
「あの、すみません。転職したいんですが」
「どのようなお仕事をご希望ですか? って、大丈夫ですか? その顔」
「え、ええ。大丈夫です」
よかった。銀行の受付の人は冷たかったけど、此処の店員さんは物腰が柔らかそう。第一声で怪我の心配をしてくれた。ロイド様に恫喝された恐怖が、ちょっとした気遣いで癒されていく。
「日当で、手取りで受け取れる仕事を探してるんですが、なるべく直ぐにできる仕事は有りませんか?」
「……なにか、問題ごとでも起こしましたか?」
店員さんの質問にドキリとする。
「え、いや……別に。どうしてですか?」
「手取りをご要望の方は大半が口座を凍結された前科持ちの方ばかりですから」
「ぼ、僕は……別に変なことはしてません」
「そうですよね。変な事を言って申し訳ございません。それでは、こちらの用紙を持って、銀貨1枚と一緒に鑑定ルームに提出して下さい。必要事項をご記入後、またこちらへお越し下さい」
げ。能力測定にお金が掛かるんだ。銀貨5枚しかないけど、働くためには仕方がない出費だ。
なけなしの銀貨1枚を出して、鑑定士に基礎能力値を測定してもらった。
鑑定士、良いなぁ。これなら仕事に困ることもないだろうに……羨ましい。
鑑定士に測定結果を記入してもらい。スキル系の欄は自分で記入する。
【名前】 アミル・ウェイカー
【年齢】 17
【職業】 冒険者
【冒険者の場合はランク】 S
【冒険者の場合はパーティ名】 神童の集い
ー能力値 ※専属の鑑定士が測定し記入しますー
ー(測定には銀貨1枚が必要です)ー
【攻撃力】 308
【防御力】 180
【魔力】 3657
【知力】 2381
【命中力】 100000
ーパッシブスキル ※現在持っているものに限るー
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ーアクティブスキル ※現在持っているものに限るー
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「こ、これで良いかな」
必要書類を提出すると、さっきまで優しかった店員さんの顔が、あからさまに曇る。
「少々お待ちください」といって奥の部屋に行ってしまった。
(ど、どうしたんだろう……長いな……)
暫くして奥の部屋から戻ってきたのは、いかつい顔をした別の店員さんだった。
「お客様、困りますねぇこういうのは」
僕の提出した紙をトントンと指さし、店員さんは睨む。こういう威圧してくる人は苦手だ。ロイド様の恐怖を思い出してしまう。
「あの、何か書き間違えましたか?」
「何かって、これ、全部嘘なんでしょ?」
「え?」
もう一度書類を確認する。間違ったことは一つも書いてない。嘘ってどういうことだ。
「貴方、自分の能力を偽って冒険者ギルドに所属していたそうですね。財産を全て没収されたとか。前科の記録が残されてますよ?」
「ちょちょちょっと待ってください!? ぜ、前科!? 能力を偽るって、僕そんな事してませんよ!? 何だったら、今ここで僕の力をお見せしましょうか!?」
「ええ、ぜひとも」
いつもベルトの後ろに装着していた弓に手を伸ばしたが、当然そこには何もなかった。
(あ、弓ないや)
「お客さん……懲役にならなかっただけ有難いと思わないと。こんなスキルが全部最上級のレベル5なんてありえないでしょ? こっちも本当の事を記入してくれれば、仕事を渡さないこともないんだから。反省しない人間に、人は手を貸したりしませんよ?」
「ぼ、僕は本当にSランクの冒険者ですよ! 此処に書かれてるのだって嘘じゃありません! それに基礎能力値はこちらの鑑定士さんに見てもらったものですよ!?」
「貴方には鑑定結果を偽装する【
「そ、そんな、むちゃくちゃな! 僕にそんなスキルなんて無いですよ!」
「はぁ。話になりませんね。どうぞ、お引き取りください」
イカツイ顔の店員さんは呆れた声で退室を促した。
ロイド様の差し金。考えなくても分かることだった。
なんで、どうしてこんな事をするのか、僕には見当もつかない。百歩譲って僕のことが気に食わないなら、追放だけすれば良いのに、こんな身に覚えのない罪を着せるなんて。
そんなに怒らせるような事を僕はしたのか……?
「この冒険者の恥が!」
「お前のせいで冒険者全員の信用がなくなるんだ! 勘弁してくれよ全く!」
「まだこの街に居たのか!? さっさと失せろ! この街から!」
「お前なんか処刑されちまえば良かったんだ!」
転職事務所を後にする。
王都は相変わらず人通りが多い。そして、行き交う冒険者たち全員が僕を睨み、ゴミを投げつけてくる。僕の言葉を信じてくれる人は誰もいない。
鞭を撃たれながら重い荷物を運ぶ獣人、緑の皮膚を持つ亜人の奴隷たちですら僕を嘲笑っているかのように思えた。大きな街の中で、僕だけが置いてきぼりだった。
「帰ろう。実家に」
沢山の努力を積み重ねた街を、僕はあっさりと捨てた。
「何しに帰ってきた! この親不孝者が!」
王都から南に100キロ。
ポフロムの実家に到着すると、お婆ちゃんが顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
「ど、どうしたの、お婆ちゃん!?」
「お前なんか……お前なんか学園に通わせるんじゃ無かった!」
いつもは穏和なお婆ちゃんがこんなに取り乱しているのは初めて見る。
ふと部屋の奥を見ると、人が寝ていて、顔には白い布が被されていた。
血が逆流するかのような悪寒が走る。
「お前が不正を働いたって王都から連絡があって、お爺さんは心臓をやっちまった。お前のせいだ。お前のせいでお爺さんは死んだんだ」
顔の上に乗せられた布を捲る。
寝ていた人はお爺ちゃんの遺体だった。
全身の力が抜けて、その場にへたり込む。
(どうして、なんで……こんなのことに)
「良い成績でお前が卒業した時は、お爺さんも大喜びしとったが、あれも全部嘘だっんだな!」
「嘘じゃない! 僕は神童の集いに入って! クエストも頑張って、それでSランクの冒険者になったんだ!」
「煩い! 黙れ! 王宮からわざわざ来てくださった騎士様から聞いたよ! お前【
「ど、どうして信じてくれないんだよ!?」
「さっさと出てけ! お前の顔など2度と見たくないわ!」
背中を押され、取り付く島もなく僕は家の外に出された。
何なんだよこれ……。こんなのって……。
気がつけば武器も防具も、お金も名誉も全てを失っていた。自分の何が悪かったのか、考えても答えなんてあるはずない。
ポフロムに雨が降る。【
落ち着きを取り戻し始めると、目から涙が溢れてくる。
緊張していた頭が、やっと事態を冷静に理解し始めた。
王族の親戚に当たる公爵家の長男を敵に回すとは、すなわち国を敵に回すのと同意。
個人がどう弁明しようが、王宮から発行される犯罪者リストから僕の名前が消えることはない。
怒りや悔しさが込み上げてきて、噛んだ唇から血が滴り、水溜りを赤く滲ませていた。
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