○○の大きなカブ

ひーこー

○○の大きなカブ

 むかしむかし、あるところに、一つの大きな農家がおりました。その家の畑には、それはそれは大きなカブがありました。


 畑を管理しているのは、家族のうちお爺さんとお婆さんの二人です。朝早く、二人は玄関から出てきて軽く肩を回すと、杖をつくこともなく仕事にとりかかります。

 冬の時期は寒くて起きることのできなかったこの時間も、春になったことで起きることができるようになりました。


「爺さんや。そろそろあのカブは収穫するべきじゃあないかい?」


 お婆さんの細い目はカブを見て、ほんの少しだけ見開かれます。


「おお、そうだな婆さん。早速抜いて、昼飯か晩飯はカブのスープにでもしようかね」


 そう言って二人はカブに近づきます。

 お婆さんが腕を広げて、やっと直径になろうかというほど、その白い実は育っていました。

 お爺さんはカブの葉を持ち、お婆さんはお爺さんの腰を持って、引きます。


「「うんとこしょ、どっこいしょ」」


 それでもカブは、抜けません。




「お母さん、どうしたの?」


 二人の様子を見に来たのは、お婆さんの娘でした。朝食を作る途中だったので、花柄のエプロンのままです。


「このカブが抜けなくて、こまっているんだよ。抜くのを手伝ってくれないかい?」


 お婆さんが尋ねます。


「ああ、やっと抜くのね。いつになるのかと思っていたわ。ええ、いいわ。今晩はカブのカレーね」


「おお、それもいいな、さっきはカブのスープにしようかと話していたんだが」


 お爺さんの声は期待に満ちています。


「これだけ大きければ、きっとどっちもできるわ」


「それもそうだな、わっはっは!」


 そう言って、三人でカブを抜くことになりました。

 お爺さんはカブの葉を、お婆さんはお爺さんの腰を、娘はお婆さんの腰を持って、引きます。


「「「うんとこしょ、どっこいしょ」」」


それでもカブは、抜けません。




「おーい、何やってるんだ?」


 続いて出てきたには、娘の夫でした。ややこしいので、娘のことは「お母さん」、夫のことは「お父さん」と書くことにします。


「このカブが抜けなくて、こまっているんだよ。抜くのを手伝ってくれないかい?」


「ええ、いいですよ、お義母さん」


 お父さんは大工をしているので、力仕事もこなせます。三人にとって、とても強い味方です。今日も仕事があるので、頭にタオルを巻いています。


「これは大きなカブだなぁ、どうだ、今晩はカブの煮物にでもしないか?」


 そのお父さんの発言には、期待がこもっています。お爺さんと血は繋がっていませんが、どことなく似ています。


「実は、スープとカレーにする案もあるのよ」


「そうか。でもこんだけ大きければ、全部できるな」


 どうやら、お母さんにも似ているようです。それ、さっき私が言ったことよ、と少しの間、四人で笑いました。

 お爺さんはカブの葉を、お婆さんはお爺さんの腰を、お母さんはお婆さんの腰を、お父さんはお母さんの腰を持ち、引きます。


「「「「うんとこしょ、どっこいしょ」」」」


 それでもカブは、抜けません。




「にゃーん」


 次に出てきたのは、飼い猫のタマでした。まだ眠そうに、その短い前足で顔を拭っています。


「おはよう、タマ。このカブが抜けなくて、こまっているんだよ。抜くのを手伝ってくれないかい?」


「にゃあ」


 それは普通の鳴き声と何も変わらないものでしたが、お婆さんはそれを肯定の印と捉えました。


「よーしよし、じゃあ後でこのカブを切って食わせてやるからね」


 お爺さんはカブの葉を、お婆さんはお爺さんの腰を、お母さんはお婆さんの腰を、お父さんはお母さんの腰を、タマはお父さんのズボンに爪をひっかけ、引きます。


「「「「うんとこしょ、どっこいしょ」」」」

「にゃあ」


 それでもカブは、抜けません。




「…………おはよう」


 最後に出てきたのは、お母さんとお父さんの息子です。つい最近、頭のいい高校に入学して、家族からちやほやされています。


「このカブが抜けなくて、こまっているんだよ。抜くのを手伝ってくれないかい?」


「やだ」



 一瞬、周りの空気が凍りました。当然引き受けてくれると思っていたからです。


「……このカブを抜けば、スープにもカレーにも、煮物にだってできるわ。面倒くさがらずに」


「いや、面倒くさいとかじゃなくて」


 お母さんは息子に言いますが、途中で遮られてしまいます。

 息子は皆とカブの前に立ちます。


「僕、ずっと部屋の窓から見てたけどさ、おじいちゃんずっとこの葉っぱを引っ張ってたでしょ? ……見てよ、葉っぱの根本が傷ついてる。こんなんじゃあいくら引っ張っても、葉っぱがカブから取れて終わりだよ。……せっかくいい土使って、きちんとした管理のもと育てられてるのに。じゃなきゃこんなにみずみずしい実なんかしてないよ。そもそも大きいからって皆して腰を引っ張るって何? 腰なんて引っ張ったって上手く力が伝わるわけないじゃん。リンゲルマン効果……いや、それはいいか。腰より複数の葉っぱを引っ張った方がよっぽど効率的だよ。しかもタマって……」


 息子は呆れたように頭を掻きます。


「……。じゃあ、周りの土を掘って」


「いやだ。こんなの食べたくない。おじいちゃんもおばあちゃんも知ってるでしょ?標準サイズを超えた食べ物は大抵、味が落ちるって」


「「……」」


 二人は何も言わずに視線を逸らします。


「お母さん……?」


 お母さんはお婆さんに、そうなの?と言うように目を向けます。お婆さんは目を合わせようとしません。


「そういうわけで、僕はこのカブ、食べたくも抜きたくもない。もういい? 宿題しなきゃ」


 何も、言えませんでした。


「にゃあ」


 そこにはただ、スライスしたカブを期待しているタマの声が、響くだけでした。


「あ、でも僕から一つ、提案があるよ」




「おっ、ここが噂の『大きなカブ』か。やっぱすごいな」

「そうだな。よくこんだけ育てたもんだ」


 また一人、また一人と観光客がカブにやってくる日常が始まりました。


「カブはこのまま置いておいて、観光スポットにすればいいんじゃないかな? 物珍しさに、きっといろんな人が見に来るよ。その方が稼げるし、カブも大事にできる。どう?」


 そう言ったのは、息子でした。


 結果は大成功。観光客が押し寄せました。観光に貢献していることから、その謝礼やカブの維持費が市から出されるようにまでなりました。あの、カブを抜こうとしていた日など、遠い昔のように感じられます。

 ……これでよかったのです。一生懸命に努力している者が常に正しいことなど、ないのです。岡目八目、とでも言うのでしょうか。離れたところから冷静に考えることは、どんなことにも必ず必要なのです。

 息子は、よく考えます。自分があのまま何も言わないでいたら、どうなっていただろうかと。葉っぱがちぎれて、その日は諦めたでしょうか。はたまた抜けて、その日のごはんに、まずいカブが出てきていたでしょうか。

 ……もっとも、あのカブがおいしいかどうかなど、食べてみないと分からないのですが。


 やがて息子は大きくなり、自分の子供を持つまでになりました。あの頃と変わらず、カブのすぐ近くの家に住んでいます。


「お父さん、大きいカブだね」

「そうだろ。おいしそうか?」

「ううん、マズそう」

「だよな」

「観光客がたくさん来るから、あれは本当に大きいカブだね」

「……ふっ、そうだろ?」


「経済効果の大きいカブだね」

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