最終話 春がきた

春が来ました。

 ぱっちり目を開けて、サクラはそう感じました。

 なぜって、すぐそこに春がいるからです。

 鳥たちが鳴く声。

 虫たちが動きだす音、

 あたたかな風。

 土の新しい匂い。

 草花の芽吹く息。

 穴の中に閉じこもっているサクラにも、春の気配がぱんぱんになって、春のお日様がさしこんできました。

「ユキ! 春だよ、春だ!」

 サクラはぴょんと飛び起きました。あのうだるような体の熱はどこへやら、すっかり元気まんまんです。

「あれ、ユキ?」

 サクラはキョロキョロとあたりを見回し、穴の中を一周して、それから外に出ます。

「ユキー!」

 叫んでも、叫んでも、にぎやかな春の中にユキはいません。

「どこにいちゃったの?」

 サクラの目は、もう春には向いていません。ユキの姿を必死で探します。

 二匹で遊んだ小高い山と平野。ボコボコ並んだしげみに、赤い実の転がるとっておきの場所。おいしい草の生えるえさば、岩と岩が重なる危ないとこ、おばけが出てきそうな苦手な洞窟。

 笑って、泣いて、また笑った思い出の場所たちです。冬の間、雪をかぶっていた山は、緑の大地が広がっています。

 どこにも、ユキはいませんでした。

 その時、いつかと同じく、あのふしぎな音がひびきわたりました。

「この音っ。ユキの。」

 サクラはその音を頼りに、急いで走りました。

 そうしてたどりついたのが、桜の樹の下でした。

 鹿角のように枝を広げる巨木。赤く色づいたつぼみが、そのたくさんの枝にくっついています。

 ユキはいませんでした。

 少し前のこと、吹雪が来る前に、サクラとユキはここへ来たのです。

「ほら、これがさくらの木だよ。この木にあたしの色の花が咲くの。」

「わあー。大きな木だね。楽しみだな。」

 ユキのはしゃぐ声が、遠いところへ消えていってしまいます。

 サクラは立ち尽くしました。

 まだ……。まだ、さくらが咲いていません。ユキとさくらを一緒に見てません。冬を共にのりこえ、ようやく春が来たというのに、どうしてユキはいないのでしょう。

 その時、ユキの目の端に、ちらりと何かが映りました。ちょうど木の根元です。

 サクラは急いで駆けよります。

 雪でした。

 まっしろな雪が少し。その上に、二つの南天の赤い実。二枚の笹の葉があります。

 サクラはぼうぜんと、雪を見ました。ぽたぽたと、雪がとけていきます。

「そうだったんだ。」

 おどろくはずが、どこかストンと胸に落ちました。

 さくらを見よう、といった時の悲しそうな顔を思いだします。ユキはわかっていたのです。それが叶わぬ夢だとしても、サクラを元気にするために、やさしいうそをついたのです。

 うすうす気づいていました。ユキが、本物のうさぎではないことに、でも、それよりもユキのことが大好きだから、気になりませんでした。

 サクラだって、ふつうのうさぎのような姿ではありませんでしたから。

「ユキ、ありがとう。」

 桜の樹の下にあるのは、水たまりです。ぽちゃんと、サクラがぎゅっと目をつぶった分のしずくが水たまりにはねます。

「あたし、生きる。どんな姿でも、堂々と生きる。みじめでも、誰かにばかにされても、ユキにほめてもらえた色だから、前を向く。絶対にへたばらない。毎日を大切に生きる。ユキのやさしさを思いだして、生きていく。冬も何度だってこえていく。

 だから、ユキ、おねがい。またいつかの冬で会おう。冬を一緒に過ごそう。あの冬みたいに、楽しく暮らそう。一番の友だちとして、そして、」

 さくらを見よう。

 声に出して、ユキは空に叫びました。ユキが昇っていった大空へと。

 サクラは春の大地を、力強くかけだしました。

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サクラと雪うさぎ 春冬 街 @Machi_Syuntou

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