第11話 人間

「サクラ。」

「なーに?」

 だんだん調子も良くなってきました。サクラはちょこっと顔の向きを変えます。ユキの顔は近すぎて、鼻がこっつんくっつきます。

「サクラは人間のこときらい?」

 ユキはそうたずねました。

「えっ……?」

 サクラはとまどいます。ユキの顔をまじまじと見ます。その顔は、口をひき結んで、まっすぐサクラを見ています。

「あのね、わたしがずっと看病してるとき、サクラはずっとうなされてた。その時に、サクラいったの。『人間はきらい』って。サクラが苦しんでいるの、本当は人間のせいじゃないか、って思って……。」

 ユキは赤い目で、こちらの様子をうかがいます。

「……そうだよ。あたし、人間はきらい。」

 サクラはぽつりと呟きます。

「どうして?」

「……。」

「もしかして、サクラの毛が少ないの、人間のせい?」

 サクラはうるんだ目を見開きました。

「どうしてわかるの?」

「何かあったんだろう、ってわかってた。だって、ふつうのうさぎには、ふさふさの毛があるはずだから。……でも、サクラにはない。」

 つらそうな声をユキはだします。それから、少し声を明るくしてつけたします。

「まあ、わたしもうさぎみたいなふさふさの毛はないよ。わたしは、少しちがうから。だから、ふさふさの毛がなくても寒さは平気。……でも、サクラはちがうよね。毛がなくなちゃったから、こんなにも高い熱だして、苦しいんだよね」

 ですが、ユキの声は話すたびにだんだん暗くなってしまいます。

「うん。」

 呟きが一つ、聞こえました。

 まっくらであたたかい穴の中で、涙がたくさん、たくさんあふれる音がしました。

 止まりません。止めようたって、無理です。

 あの地獄の日々が、苦しさが。ずっとせき止めていたのに、今になって流れでてきます。

「つらかった。」

 そんな言葉、吐きだせませんでした。

「痛かった。」

 ずっとずっと、痛みを体の内にしまいこんでいました。

「死にたかった。」

 やっとです。ようやくあの時心から叫びたかった全てを、いえました。

 死が目の前に来たら、本当に選ぶのか。それはサクラにだってわかりません。でも、そう強く願うほど、残酷だったのです。

 孤独だったのです。

 あそこにいると、みんな孤独になります。どれほど多くのうさぎがおりの中にいようが、みんな孤独でした。

「サクラ、もう大丈夫だよ。わたしがいるから。サクラのこと、わたしが守るよ。」

 ユキの声が、やさしくひびきます。

「ユキ……。ありがとう。」

 サクラはもう、孤独ではありません。友だちがいます。大の親友で、家族でもある、ユキがいます。

 ユキは心配そうに、サクラを見つめると、ぺろっと涙をなめてくれます。

 いつもと同じ、冷たいです。ユキの冷たさです。そして、あたたかさです。

「人間はあたしの毛をうばったの。何度も、何度も。あたしも本当は、ユキみたいな真っ白な毛だったんだよ。」

 サクラは話します。

 ユキは聞きます。

「お母さんや、お父さん。お兄ちゃんとお姉ちゃんともはなればなれになっちゃった。あたし、一番下の甘えんぼさんだったの。みんなが大好きだった。だから、人間につかまったの、あたしだけで、それが一番安心した。」

「いつか帰るって、決めてたの。だって、『いってきます。』ってしたから、言わないと。『ただいま。』って。でも、やっと外に出れたのに、みんないなかった。」

「そうして迷子になって、雪を初めて見て。さびしかった時にユキと出会ったの。……ユキ、あたしユキにあやまらなくちゃいけない。」

「どうして?」

 ユキはおどろいた顔をした。

「その……。初めて会った時のことなんだけど……。あたし……、ユキを守れなかったから。」

 ずっとあやまりたかったことでした。あのとき、サクラは、一匹のうさぎがいじめられるのを、見て見ぬふりをしました。

 その痛み、苦しみをよく理解しているのは、自分なのに、怖くて怖くて、助けられませんでした。

 最低だ、と自分を心の中でののしっていました。ユキに後ろめたい思いを抱いていました。きっとユキにも最低だ、と思われているかもしれません。

 大切な友だちを失うのが怖くて、ずっといいだせませんでした。

「ああ、あのこと。ふふっ。大丈夫だよ、わたしは感謝しているの。人間に。」

 ユキはあっけらかんとそう言います。

「え? なんで? ユキ、叩かれてたんじゃないの? そうでしょ? なのに……なんで?」

 サクラは混乱しました。大丈夫と許してもらえたことより、人間のことを悪く思わないユキに、おどろきました。

「叩かれて、ないよ。あれはね……。」

 ゆっくりとしゃべり、何かを言いかけたユキですが、口を閉じます。それからあわてていいます。

「とっ、とにかくあれはね、ちがうの。わたしはいじめられてないよ。」

 なにがちがうのか。じゃあユキは何をされていたのか。サクラは全くわかりませんでした。

「ユキは、人間が怖くないの?」

「わたしは、人間は好き。」

 ユキはいいます。

「好き……なんだけど、サクラがされたことは別だよ。わたしは許せない。きっと人間は、ウサギの毛で服とか作るんだよ。あったかいから。でも、それでサクラが冬をこせなるのは、いやだ。」

 ユキは怒っていました。サクラのためです。

「だね。ふふ、でもユキがいてくれるからいいや。」

 サクラは笑顔になりました。

「ふわぁ、ねむたい。」

 なんだかすべてが安心です。眠気が急にうとうとさせてきます。

「ちょうしはどう?」

「ばっちり! 頭も痛くないよ。」

「じゃあ、おやすみなさい」

 ユキは、サクラの顔にちゅっとキスをしてくれました。

「ねえ、ユキ。」

 眠りにおちそうになりましたが、少しだけあらがいます。

「さくらを見よう」

 ユキはなぜか、悲しそうな顔をしました。しかし、強い意志を灯したような目をして、「うん」とうなずきます。

 サクラはそうして、安心して眠りについたのでした。

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