最終章 私たちの故郷 3

二人は全速力で走りぬけ、光の先へ飛びだした。

「おそい!」

のカイの一言がして、どぼんと水にとびこむ音がした。

 トンネルからでると、崖は二人の歩幅分しかなかった。

 すぐ近くに、太陽の存在を感じる。海たちが起きようとさざさざ鳴りだした。

 シーは一瞬城の姿をふりかえり、そして勇気をふるう間もなく、海へと飛びこんだ。

 その刹那、太陽の光がはじけた。

 地上の光に照らされて、下へ下へと続いていく崖の闇が隅に追いやられた。

 シーは自分が違う生き物へと変えられていくような感覚がした。

 足が伸びていき、それが尾びれへとなった。水の中で、呼吸ができている。

 二人は手を固く結び体を逆さまに落ちていきながら、海を見渡し、顔を見合わせ笑いあった。

 それはそれは摩訶不思議な光景だった。

 たくさんの人間が下半身に尾びれを生やし、泳ぎ回っている。近くでは、カイとヤドが銛を手に携えて泳いでいた。ナギサは、家族と笑顔で笑っている。

 それに動物たちも紛れこんでいる。犬、猫、ねずみ、鶏まで。牛飼いが牛を持ってきたようだ。海で突進している。のんきな羊が立ち止まり、豚が歩いている。

 そのどれもに、尾びれがついていた。

 シャルが、空飛ぶ鳥のように海を飛んでいる。それだけではなかった。

「いやっほーい! みんな僕とおそろいだい」

陽光のゆらぐ海面から鳴き声がした。

「スピン!」

 サンが歓喜の叫びをあげた。

 スピンと、もう一匹、雌のイルカが二人に近づいてくる。

「やあ、親友。やあ、シー。元気かい? こちら紹介するよ、僕のガールフレンドのサンゴさ」

 スピンはまるでいつものように陽気に鼻歌をるんるん歌う。

 スピンの言葉を伝えると、サンは笑い飛ばす。

「へえー。彼女だって! おめでとう。幸せになれよ、親友」

 そして額でスピンの額をこづいた。

 スピンはきゅーきゅー鳴くと、一足先にサンゴと潜っていった。

 シーはそんな笑顔のたえないサンを見ていた。

 取り返しのつかないことをしてしまった。太陽と名付けられた少年を、海の深い底へ追いやってしまう。世界をスピカ号で回ることが夢だというその夢も、シーがつぶしてしまった。日の目を浴びない闇の底へと閉じこめてしまう申し訳なさが今さらこみあがってきた。

「シー」

 サンが頬をよせ、そして唇にキスをした。

「俺は大丈夫。俺は、海の中の太陽に、これからなるんだから!」

 サンの笑顔はどこでだって太陽だった。

「うん」

 シーは優しいほほえみをうかべ、サンの頬に口づけた。

 だんだんと落ちていく間に、島の全体が海の中に見えた。すでにシャルリー城も水の中。こうして別れゆく故郷を見ると、たくさんの思い出が走馬燈のように鮮明によみがえってくる。

 お母さまと食べた甘いフォポ。

お父さまと望遠鏡でのぞいたあの星空。

ばばさまとの修行。

ナギサと遊んだ子供時代。

洞窟で出会ったおばけとイルカ。

サンと眺めた夏夜の星空。

最高の夏の冒険。

海と船、民の選んだそれぞれの道。

全部が宝物だ。思い出が一生の宝物。思えばあっというまで、もう戻れない懐かしい日々。

 シーは涙を流す。それも海の水に消されて。ああ、私たちは涙さえ流せない残酷な世界に生きていくんだな。

 シーが流した涙は、真珠の玉のようにキラキラきらめき、空へと昇っていった。

                                おしまい

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海と太陽の物語 春冬 街 @Machi_Syuntou

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