48【下洛】


 クラスメイトと共に新幹線に乗り込み、刀子と自分の荷物を荷物棚に押し込みながら、弐朗は奇鬼の言葉について考えていた。


 大仏旅館でヨズミの請願を受け黒猫姿で顕現した十九、奇鬼は、起きる様子のない北沢を眺めて言い放った。


 もぬけのからだ。

 完全に抜かれてる。


 どういうことかと問うヨズミに、奇鬼は鬼壱の膝の上で茜色の尻尾を振って暫く黙り込んでいたが、鬼壱が膝を揺すって促すと如何にも億劫そうに答え始めた。


「どうもこうも、何も残っちゃねえって言ってんだよゥ。索敵しても気配がないだろう? もう血刀使いじゃあねえのサ、こいつは。幾ら待ったって起きやしねえぞ、空なんだからなァ。元々成りかけてたって話だが、あののらりくらりした奴に引っこ抜かれてんだろう。本来なら、抜かれて残った身体も腐るなり焼くなりで一式揃うもんなんだが、阿釜の血刀で生かされてそっちは成り損なった、ってところか」


「こいつは成ったのサ。妖刀に」


 奇鬼の言葉を引き取って、そこから先は鬼壱が説明してくれた。


 妖刀の成り立ちには幾つか種類がある。

 古い刀が付喪神つくもがみとなり妖刀化するものや、刀匠とうしょうに強い念を込められ妖刀として生み出されるもの、名刀が妖怪を斬って妖刀化するもの、妖怪の中から取り出されるもの等、割合は不明だが、脈々と語り継がれている類型パターンがあると言われている。


 そしてその中のひとつに、血刀使いが妖刀になる、という型があるのだと言う。


 魂は刀身に、身体は鞘に。


 そんな話を最近どこかで聞いたな、と弐朗はぼんやり考え、そうだ、黒服の鮫島から聞いたんだったと思い出す。


「って言っても、俺も実例見たわけじゃないんで、言い伝えっていうか俗説っていうか……。「死んだら幽霊になる」ぐらいの感覚で、「死んだら妖刀になる」っていう考えが昔の使い手にはあったらしいんですよね。禍根や未練を残して死んだら成るとか、生前に切ったものの数で成るとか、強けりゃ成るとか、色々です。実際、江戸時代ぐらいの文献にはそういう事例も残ってはいるんですけど……」

「いや、事実、成る。まあ、誰でも彼でもとはいかねえし、我が最後に「刀匠とうしょう」見たのはもう百年以上も前だが。「鞘師さやし」ならまだ見かけるけどなァ。灰鬼かいきなんかは江戸の頃に名のある鞘師に派手なこしらえにしてもらって以降、気に入ったのかずっとそのままだ。わわが、叫鬼の面とが塗り直されてたと言ってたから、あれもわりかし最近手入れしてもらったんだろうよ。しかし刀匠はなあ。血筋守ってもなかなか継げるもんでもねえし」

「……つまり。根岸がその、刀匠ってやつだって言ってんのか?」

「この使い手から血刀抜き取って、それを持ち去ったんだろゥ? 血刀を抜き取る技能は幾つかあるがー…阿釜の「分離ぶんり」もそうだな。あれは血から血刀だけ抜き取って血刀使いをただのひとにする技だが、刀匠は違う。刀匠は血刀使いを妖刀にする。血刀を引っこ抜くのが、刀匠の技だ」


 奇鬼は尾先で鬼壱の腿を叩きつつ、南天なんてん色の目を細め言葉を重ねる。


「最近の奴らは爺婆から教わらねえのかよぅ。血刀使いの魂は血に宿る。脳でも、記憶でも、心の臓でもねえ。血だ。器の隅まで管を通って流れる、その血が、刀をかたどり、後世のちのよへ筋を残す。狂えば崩れてあやかしに成るような血だ、妖刀になったところで別におかしかねえだろう?」


 弐朗は両手で顔を押さえながら「おかしくないのか?」「本当に?」「おか、おかしい、おかしい……ような」と煩悶したが、いつから存在しているのかわからない人生の大先輩である鬼神が「そういうもんだ」と言うのであれば、そうなのかも、と受け入れざるを得ない。


 そうしてその場で更に突っ込んで聞くこともできないまま、今、こうして、弐朗と刀子はクラスメイトと一緒に帰りの新幹線に乗っている。


 奇鬼の話の途中、ヨズミの「そういえば」の一言で弐朗と刀子は京都を発つ時間が迫っていることに気付き、慌てて大仏旅館から東山ホテルへ移動した。

 弐朗はそこで漸く公民館Tシャツから解放され、自前の小豆色のジャージに着替えることができた。

 クラスメイトは既にホテルを出て最終日の日程消化に入っており、弐朗と刀子は国立博物館での合流を諦め、京都駅で銀南高校修学旅行一行を待つことになった。


 担任の計らいにより、弐朗は稲荷神社で腹痛を起こし、刀子同伴で市内の病院に緊急入院したことになっていたらしい。

 丸一日いなかった弐朗と刀子が戻っても、同班のクラスメイトは「お前ツイてないな」「寧ろ憑いてんのかな」「紅葉さんがついてるなら安心だな(?)」と軽く慰めてきただけで、実にあっさりしたものだった。


 クラスメイトを待っている間に弐朗はドリムクで挙動不審な発言を繰り返している唐丸に「稲荷神社ではお世話になりました! 今日地元に帰ります!」とダイレクトメッセージを、ヨズミと虎之助には「京都駅に着きました!」とグループメッセージを送り、刀子と二人、最後の悪足掻きで駅の土産物売場を物色することにした。

 二日目午後からの日程はまるりとキャンセルになったのだ。新京極で買えなかった分、ここで京都らしいものを買っておかないと他に買える場所がない。


 二人が売場を右往左往していると、旅館で適当な挨拶をしてそのままになっていた鬼壱とさわらが現れ、悩める修学旅行生におすすめの土産を色々教えてくれた。

 弐朗がご当地キーホルダーや龍の巻き付いた剣のキーホルダーをレジに持って行くのを、鬼壱はあたたかい目で見守っていた。

 さわらは最後の最後で根岸の暗示に掛かってやらかしてしまったことを弐朗に詫び、その場で土下座をしそうな勢いだったが、それは鬼壱が首根っこを掴んでやめさせた。


 ヨズミと虎之助はクリーニングに出していた制服の回収や、北沢を地元に引き取る手続き等に時間が掛かっているらしい。弐朗たちが乗る便の一本後の新幹線に乗る手筈を整えていたと、鬼壱が教えてくれた。

 鬼壱とさわらはヨズミたちを見送ってから帰るつもりのようで、弐朗と刀子が新幹線の改札を通るところまで見送ってくれた。


 荷物棚に荷物を押し込みながら何やら深く思い悩む弐朗に、刀子は「かえりはまどがわ、すわっていいよ!」と窓側の席を譲ってくれた。

 弐朗は有難く席を譲られながら、隣に座ってデジカメの画面を確認している刀子の様子をちらりと確認する。


 正直、全くすっきりしない。

 京都の連続襲撃犯特定して、捕まえて、十九叫鬼も保護したけど、でも、結果的に根岸は新たな妖刀を手に入れて行方を眩ませた。

 ヨズミ先輩とキーチさんは根岸の気配を追えてるって言ってたけど、結局追い掛ける素振りは見せなかった。

 根岸には逃げられ、北沢は一生昏睡状態。

 俺の所為か? 俺がヨズミ先輩と北沢さん、引き合わせようとしたからか?

 余計なことしたのか、俺?


 どう思っているのか刀子に聞いてみたかったが、弐朗は言い出せずにいた。


 刀子は自分を責めはしないだろう。

 「じろくんはやれることをやったのです!」と慰めてもらえる確信があるだけに、尚更言い出せない。

 ヨズミも反省はしても、済んだことに対していつまでも悩むタイプではない。「仕方ないさ」の一言であっさり切り替えてしまう気がする。

 虎之助はどうだろう。怒るかもしれない。勝手に責任を背負い込もうとする弐朗に対して、「巻き込まれただけのくせにどんな責任があるっていうんですか。図々しい」と蔑んでくる気すらする。

 そして言うのだろう。

 諸悪の根源は根岸、他に何がある、と。


 担任がクラスメイトの人数を確認し、忘れ物はないか、もう取りに帰れないぞ、と生徒に声を掛けている。斯く言う本人が着替えの入った袋をホテルに忘れ、慌てて電話していたのを弐朗は知っている。


 動き出す新幹線の窓に顔を向け、緩やかに流れるホームの景色を眺めていた弐朗は、「あッ」と素っ頓狂な声をあげてしまった。


 隣に座る刀子や、近い座席のクラスメイトが振り返り、担任の教師が「阿釜、忘れ物かぁ?」と声を掛けてくる。


 弐朗は腰を浮かせて暫くの間、窓に貼り付いていたが、車窓の景色が移り始めれば席に座り直して「なんでもないッス!」と担任に無事を知らせる。


 刀子が「どうしたの?」と真横から顔を覗き込んでくる。

 弐朗はそれに「いや、親父にお土産買い忘れたなって」と、苦しい言い訳とともに引き攣った笑顔を返す。


 ホームが途切れる、その寸前に。

 長い棒を背負った見慣れたブレザー姿が見えた気がしたが、あれはまさか。

 なんなら、物凄い笑顔で見送られたような気さえする。


 車窓には、今は青い空と色付いた山の天辺が見えている。

 秋晴れの空には鳥の一羽も飛んでいない。


 弐朗は目を閉じ、深く座席に沈み込みながら思うのだ。


 良くも悪くもー…忘れられない修学旅行になったな、と。



 【第一章:京都鳥辺野編】完

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血刀異聞 椋鳥印 @mkdr

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