第18話 告白
「シスターヴィヴィ。材木が届きましたぁ!」
元気のよい修道女の声が修復途中の聖堂に響いた。修道女の後ろから材木を抱えた男性達が続々と聖堂に入ってきた。
「お疲れ様です。シスターハンナ」
ヴィヴィは聖堂の修復スケジュールが書かれた紙を片手に振り返った。堕天使の襲撃から二週間が経ち、ようやく街が落ち着きを取り戻し始めて主要建造物の修復が始まっていた。
その間、堕天使の襲撃で亡くなった教皇の跡継ぎ問題や亡くなった人々の合同葬儀があり、教会関係者は慌ただしい日々を過ごした。司祭、司教も多数亡くなったため、司教であるジョージは各教会をたらい回しにされた。
堕天使達の襲撃は国民の身と心にひどい傷を残したが、天使が現れ聖女フェリシーを救い、堕天使達を倒したという噂がどこからは広まると、その噂が国民の心の支えとなっていた。
「シスター、こっちも材木が足りないぞ!」
「はい、分かりました。シスターティミー。手配をお願いします」
「わっかりましたー!」
ティミーは元気に答えると駆け足で聖堂を出て行った。ヴィヴィは転ばないだろうかと心配しながらティミーを見送った。
「では、材木が足りない箇所の方は材木が届くまで一休みしてください。今、飲み物と食べ物をお持ちします。それ以外の方は作業を続けてください」
ヴィヴィは聖堂で作業をしている人々に声をかけると食堂へと足を向けた。食堂では修道女達が忙しそうに走り回っていた。他の建物に比べ損傷が少なかった聖アブラフィア教会は配給の場所として選ばれた。そのため街中に配る食料を作らなければならない。そんな忙しそうな食堂の隅でこそこそと動く陰があった。
ヴィヴィは眉をピクッと動かすとその陰に向かって足早に近寄っていった。
「フェリシー様? 何をしてられるのですか?」
「ふぇ!?」
フェリシーは口に食べ物を詰め込みながら驚いた表情で振り返った。フェリシーが反射的に逃げようとした瞬間、ヴィヴィはフェリシーの頭を鷲掴みして取り押さえた。
「皆が忙しく働いている時につまみ食いですか?」
「ほふぇふぁ」
「ちゃんと食べきってから話してください」
フェリシーは慌てて食べ物を飲み込んだ。
「だ、だってお腹が空いちゃって……」
「お昼は召し上がりましたよね?」
「うん、でも働くとお腹が早く空いちゃうから」
「本日、フェリシー様の仕事はないはずですが?」
「えっと……だからお手伝い」
「つまみ食いがですか?」
「あうぅ」
ヴィヴィの攻めに負けてがっくりとうな垂れた。
「お部屋の方でじっとしていてください。最近は教会関係者以外の方の出入りも多いのです。いいですか、フェリシー様は聖女様なのです。聖女というのは……フェリシー様?」
ヴィヴィが少し説教を始めようとした瞬間、ヴィヴィの目の前から忽然とフェリシーが姿を消した。フェリシーを探して食堂の出口を見ると丁度逃げようとしているフェリシーの姿があった。
「フェリシー様!!!」
ヴィヴィの怒声から逃げるようにフェリシーは駆け足で食堂を後にした。
※
部屋に戻ったフェリシーは乱れた息を整える。食べた直後に走ったでの少し気持ちが悪いと感じながらフェリシーはベッドに身を投げた。フェリシーは柔らかいベッドに身を沈めた後、仰向けに体勢を変えてぼーっと天井を見つめた。
堕天使の襲撃から二週間は慌しい日々が続いた。街の至る所に慰問に訪れては国民を励まし続けた。時に聖女であるフェリシーに暴言を言ってくる国民もいたが、それも今の国の状況を思えば仕方ない事だった。ようやく慰問に行く回数も落ち着き、少し時間ができたフェリシーは暇を感じていた。
「ユーリ、どうしてるかな」
フェリシーは一人でいるといつもユーリの事を考えていた。
(また会おうと言ってくれたけど、何時会えるんだろう? ユーリと私とじゃ時間の感覚も違うのかもしれないし。ユーリが少しと思っている時間も私にとっては一年、もしかしたら十年くらいかもしれないし……。会いたいな)
フェリシーはずっと再会を願っていた。慰問中も国民達を励ましたい気持ちを持ちながら、どこかでユーリとの再会をずっと願っていた。
「ユーリ……」
静かな部屋に空しくフェリシーの声が響いた。もう会えないかもしれないと思ってしまう。ユーリが会いに来てくれていたのは単なる気まぐれで、助けてくれたのも気まぐれで、もう二度と会うことがないのでないかとフェリシーは思ってしまった。
思ってしまったら一気に悲しい感情がフェリシーの心と身を支配した。
「ユーリィィ……」
ベッドで丸くなり、呻くように想い人の名を呼んだ。
「泣いているのか?」
唐突に自分以外誰もいない部屋に男性の声を響き、フェリシーは驚いて顔を上げた。見ると以前と同じようにユーリが壁に背を預けて立っていた。
「ユーリ?」
「名を覚えていてくれたようだな。感謝する」
「会いに来てくれたんだ」
「ああ、聞きたい事があったからな」
ユーリの言葉にフェリシーの心臓が高く鳴った。ユーリの聞きたい事。それはユーリが天使に昇天した理由。その理由になるかもしれない事をフェリシーは確かに知っていた。だが、それはフェリシーがユーリに自分の想いを告げる事を意味していた。
「ユーリ、どうしても聞きたい?」
フェリシーは心臓の高鳴りを感じながら言葉を発した。
フェリシーは待った。
肯定の言葉を。
「聞きたい。俺はそのためにフェリシーに会いに来た」
肯定の言葉が放たれ、フェリシーはユーリにゆっくりと歩み寄った。これほどユーリに近づくのはあの事件の時以来であり、事件の時は慌ただしくちゃんと顔を見れていなかった。ユーリに近づけば近づくほどに胸の動悸が激しくなり、心臓の音が聞こえてしまいそうだった。
「ユーリ、ちょっといい」
フェリシーはユーリの胸に右手を添え、自分の胸に左手を添えた。
「ユーリ、私ね。こうしてユーリの傍にいると心臓がどきどきしてね。胸の奥がとても暖かくなるの」
「……」
「ユーリはどう。胸の奥、暖かい?」
フェリシーはユーリの顔を見上げた。ユーリは何かを考えるように瞳を閉じた。
「正直分からないな」
「そう……」
フェリシーは残念そうに声のトーンを下げた。そしてフェリシーがユーリの胸から右手を離そうとした時、突然、ユーリがフェリシーの右手を掴んで優しく自分の胸に改めて押し付けた。
「ユ、ユーリ!?」
「だが、フェリシーの手はとても暖かいのは分かる」
その時、フェリシーは初めてユーリが笑ったのを見た。そして胸の奥で我慢していた言葉が、自然とフェリシーの口から飛び出した。
「……好き、ユーリが好き」
愛とはまだ呼べない純粋な言葉と共に聖アブラフィア教会の鐘が正午を告げて鳴り響いた。
IF 聖女が悪魔に恋をしたら 枇杷アテル @biwaateru
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