第2話 やりがいということ

ある日のある時、またも鐘が純白の世界に鳴り響いた。


この鐘が鳴ったということはまた客が来たということなのだろう。


フリ-ニックは大きなあくびをしてとりあえず足を組む。


何度も言うが客が来る際の緊張感などはこの仕事をやっているうちにどこかに置いてきてしまった。


よって、この場に残っているのはこの上ないめんどくささのみ。


だから、フリーニックは毎回のように足を組む。


面倒くささを自分なりに体現しているのだ。


だがしかし、今日の来客は少しテイストが違った。


客がおどおどしていないのだ。このイカれた純白の世界を見てもまだ尚。


どういうことなのだろうかとフリーニックは目を大きく見開いた。


来客は女の子。


この世界に動揺することもなくただ仁王立ちをしている。思わず、フリーニックはスージンと顔を見合わせた。


スージンも反応こそは薄いが、きっと驚いていることであろう。


「君……驚かないの?急にこんなところに来て…」


フリーニックは震えた声で言った。

いつのまにか、立場が逆転していたのだ。


「驚いてるわよ…ここはどこなの」


これで本当に驚いているといえるのだろうか。

少女の目は澄んでいたが、それと同時に淀んでもいた。疲れているのだろうか…


「ここはね、異世界転生検問所。異世界の検問所だよ」


「え!?ほんと!」


フリーニックが言った言葉に少女は必要以上に反応した。


「まあそうだけど……君、なんでそんなに飲み込みが早いの?」


「え?願ってたからよ。世界に行きたいってずっーーーーーーーーーっと」


少女は腰に手をやって口々にそう言った。


「でも……普通びっくりしない?本当に起こるとは思わなかったでしょ」


「だからびっくりしてるって言ってるじゃない」


何かよくわからないけれど、怒られてしまったようだ。


スージンは気がつけばいつもの無表情に戻っており、その顔のままで少女に質問をした。


「なんで、そんなに異世界へ行きたいと思っていたのですか?」


少女は不機嫌そうな顔になった。


「いいじゃない…別にそういうの聞かなくても」


「いや、動機を聞かないと転生出来ないという規定がありまして…」


「何なの、そのクソ規定」


少女は思った以上に汚い言葉を使うみたいだ。


「いいの?いけないよ?異世界」


フリーニックは指の骨をポキポキ鳴らしながらそういった。


「うぐっ…………」


「願ってたんでしょ?ずっーーーーーーーと。異世界に行くの」


少女はフリーニックの言った言葉に心を揺さぶられているようだ。


あくまでもフリーニックの主観からであるが。


「仕方ないわね…特別に教えてあげるわ。これを言えば異世界に行けるんでしょ?」


「そうなるね」


少女は一呼吸おいて、ここに来るまでの経緯を話し始めた。


「私、彼にずっと束縛されてたの」


「束縛?」


フリーニックは首をかしげた。


「そうよ。私、ずっと彼のおもちゃにされてた。私の一挙一動は全て、彼に GPS で管理されていたのよ。おかげで何一つ自由に行動できなかった」


「でも、それって彼から逃れば済む話じゃないんですか?」


スージンは珍しく話に入ってきた。


「いや…………それが彼、めちゃくちゃ強かったの…付き合うことになった時もすごい強引だったわ。私には、他に好きな人がいたっていうのに…………」


フリーニックは違和感を覚えた。


何だこの感覚。


この話、まだ奥が深そうな気がする。


その違和感を説明することができないまま、フリーニックはただ少女の話を聞いていた。


「そしてある日、事件は起こった。私を監禁したのよ彼が。もはや、それは束縛のレベルじゃない。犯罪よ、犯罪。でも、それだけじゃない…………。暴力も…………」


少女は腕をまくって腕のあざを2人に見せた。


「なっ…すごい痣じゃないか」


フリーニックは予想以上の痣の多さにとても驚いた。


「もう嫌になったのよ………こんな生活がずっと続くなんて…」


やがて、少女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。


「だから…私は偶像崇拝のように異世界転生したいと願ったの」


フリーニックはこれまでかというほどに納得した。


だが、何故か一つだけ、腑に落ちないところがある。


しかし、その腑に落ちないところが何なのかは全くわからない。


どこかがつかえるのだ。


「なるほどねぇ…大変だったのか」


フリーニックは少女を見ながらそう言った。


少女のほうを見ていると、少女の首元にかけられている割れたハートのネックレスが目に入った。


その刹那、フリーニックの中のピースがはまって、思考の歯車が動き出した。


つまり、フリーニックはあることをひらめいたのだ。


「なるほどねぇ…」


フリーニックは全てを理解したと言わんばかりの表情を浮かべる。


「どうしたんですか?急に…」


スージンは不審な目でフリーニックを見る。


「いーや、何でもないよ」


「ほら、言ったから転生させてくれるんでしょ」


少女は涙を振り拭いながら、言った。


「そうですね……ですが少し、手続きが必要なので…」


スージンがそう言うと、少女はまた不機嫌そうな顔になった。


「何なのよ……めんどくさいのね転生する時って…」


それには思わずフリーニックも乗っかってしまった。


「だよねー。めんどくさいよね」


ややもすると、フリーニックはこの少女と気が合うのかもしれない。


少女とフリーニックであーだこーだと転生に関する文句を並べていると、スージンが口を開いた。


「えっと………あなたの名前は里ヶ浜幸さんでよろしいのですね?」


「そうだけど……って、それ個人情報とかも持ってんのぉ!?」


幸はスージンが持っているプロフィール表を指差した。


「はい………載ってますけど…」


スージンはプロフィール表を眺めながら言った。


「え!?じゃあ体重とかも!?」


「はい、しっかりと」


「あー終わった!絶対見ないでよ!?見たらお前、人間として最悪なやつだからなぁ!」


幸は焦りから由来したものなのだろうか、言葉遣いが先ほどの5倍近く汚くなった。


一応、幸にも乙女なところがあったらしい。


「大丈夫ですよ。見ませんから」


スージンはおもむろにプロフィールを裏返した。


確かにスージンはそういう奴だ。


プロフィールを持っていたのがもし、フリーニックだったら、ちらっと体重を見ていたかもしれない。


幸は助かったのだ。


「では、手続きに参りたいと思います」


スージンはやっぱり無表情だ。


「ほら、さっさと終わらせちゃって」


幸は急かすような口調でそう言った。


「ほらよ」


フリーニックは幸にメニュー表を投げ渡した。


「何なのよ、これ」


幸は眉をひそめてメニュー表に目を通している。


「これは転生先のメニュー表です。この中からであれば何でも選べます」


「ふーん」


スージンの言葉に幸は適当な反応した。


「ですが、幸さんは自由を求めているのではないでしょうか?」


「そうね」


「では、この【お気楽平和村セット】はどうでしょう」


幸はスージンの言葉に合わせて、メニュー表のいたるところに目をやりだした。


どうやら、幸はそのセットを探しているようだ。


そんな光景を足を組みながら見ていたフリーニックはようやく口を開いた。


「君は、あれだ。【魔界村人成長セット】に行けよ」


いつしか、フリーニックは真剣な眼差しに変わっていた。


「え!?フリーニックさん、何言ってるんですか!」


スージンはポーカーフェイスの割にはすごく大きめなリアクションをした。


「君はそっちの方が幸せになれると思うよ」


「そうなの?」


幸はフリーニックの方を向いた。


フリーニックは気が付くとそう言っていたのだ。


フリーニックの口から出た言葉は一切でまかせのようなものではない。


しっかりと考えた上で、フリーニックはこの言葉を紡いだ。


「【魔界村人成長セット】って一番魔物が多い世界ですよ!?」


フリーニックはスージンの忠告を無視して、話を進めた。


「本当に自由を願っているのなら、君はそこに行った方がいい」


幸はメニュー表に目を移す。

「フリーニックさん!ちょっと!」


「しぃぃぃっ!まぁ、まぁ、少しだけ僕の言う通りにしておいて」


フリーニックはこそこそと小声でスージンをなだめた。


「じゃああんたがそう言うんだったら、そうするわ」


幸が納得するとフリーニックは小さく微笑んだ。

フリーニックにとってみれば、この反応はとてもありがたいものだった。


「いいのですか?本当に」


スージンは釘を刺すように幸に言った。


「いいんじゃない?」


「…分かりました。では、【魔界村人成長セット】で手続きを進めます」


スージンは心の中の困惑を隠せないままに手続きを進めていった。


スージンはいつもポーカーフェイスなので、困惑した時はとてもわかりやすいのだ。


まぁ、このような反応になっても仕方がないのかもしれない。


なぜなら、フリーニックが無理を言ったから。


だが、すべてを知ってしまったフリーニックは無理通してでも、この案件を昇華させなければいけない。


そういう使命を担ってしまったのだ。


「はい、まずはキャラクター選択を…」


「君はヒロインでいいんだよな?」


フリーニックはスージンの話を途中で打ち切って、自分が考えた質問をかぶせた。


「ま…まぁ、異世界に行けたらキャラなんてどうでもいいわ」


スージンはやっぱり不可解な顔でフリーニックを覗き込む。


フリーニックはその顔をあえて見ないように、遥か彼方の「白」を見つめた。


やがて諦めたのか、それとも飽きられたのか、スージンは目線を先の方に戻して、手続きの続きを始めた。


「次にリスポーン地点の登録お願いします」


「はぁ!?何それ、リスポーン地点の登録って……いつになったらこの手続き終わるのよっ!」


「もうしばらくかかります」


起伏が激しい幸の口調に相対して、スージンは比較的にニュートラルな口調でそう言った。


それからというもの、ただ淡々と手続きが進んでいき、気がつけば手続き終わっていた。


「これで私は異世界に行けるのね!」


幸は両手を胸の前で組んで輝かしい目つきでどこかを見つめていた。


さぞかし、異世界に行くことが楽しみなのであろう。


「そんなに楽しみなのか…………?異世界に行くの」


フリーニックは到底理解できないと言わんばかりの態度で幸に言った。


「当たり前でしょ!?こんなクソな世界からおさらばできるのよ。これ以上に嬉しいことはないわ」


その言葉を聞いたスージンはおもむろに忠告を放った。


「一応言っておきますが、一度異世界に行ってしまうと、もう二度と現実世界には戻れませんよ?」


「別にいいわよ」


「本当に悔いはない?」


フリーニックは後ろ髪を搔きながら、幸にさらっと釘を刺す。


「………うーん…しいて言うなら、私の好きな人にもう一度会いたかったな……」


幸は少し下をうつむく。


「そうか……それなら大丈夫だ」


フリーニックは優しく微笑む。


「え?どういうこと?」


そう言った幸の言葉に反応することもなく、フリーニックは早々に靴磨きを始めた。


この場にいた誰もがフリーニックの言葉に疑念を抱いたことであろう。


まぁ、誰もがとは言ってもフリーニック以外の人は幸とスージンしかいないのだが。


そんな不可解な案件も「時間」という名の風にはないみたいで、気がつけば話題は切り替わっていた。


それも「異世界出発前の最終確認」という重要な話題に。


「準備が整いましたので幸さんはもう、今すぐにでも異世界に行くことができます」


「あら、そう。じゃあ、行くわ」


幸は塩ラーメンのようにあっさりとした反応で出発を決めた。


迷いが一切感じられない。


「フットワーク軽いねー」


「何言ってるのよ。ためらう理由なんてないじゃない」


幸はワクワクを隠しきれない顔で言った。


「分かりました。では、転生を実行します」


スージンがそう言うと幸の体はどんどん薄くなっていった。


こんな光景もフリーニックたちにとってみればかれこれ、300回以上見てきた。


だから、二人は今、この光景を何食わぬ顔で見ることができているのだ。


「じゃあ、あっちで楽しんでくるわね」


「いってらっしゃーい」


二人は幸に手を振った。


そして、純白の世界に溶け込んでいくかのように幸は消えていった。




「ふぅー…疲れた」


フリーニックはダラっと、大きめの椅子にもたれかかった。


何やら、スージンがやけに静かだ。


「どうした?スージン」


「どうしたはこっちのセリフですよ。なんで、あんなおかしなことしたんですか?」


「え?何が?」


フリーニックは全力のとぼけ顔。


「ふざけないでください。なんでフリーニックさんはあの一番魔物が多い【魔界村人成長セット】を幸さんに勧めたんですか?」


スージンのいつものポーカーフェイスは少しだけ崩れていた。


それくらい、スージンにとってこれは由々しき事態だと認識しているのだろう。


「このセットが幸を幸せにさせる一番の方法だったから…?しか理由はないだろ」


「あんな魔物のオンパレードな場所にいることが一番幸せなんですか!?」


「あぁ…好きな人の横にずっといれるからな」


スージンは今のフリーニックの言葉を聞いてから、「?」という感じの顔を浮かべた。


「え?どういうことですか?」


「あれ?スージンは気づかなかった?」


「何がですか?」


フリーニックはキョトンとしているスージンをニヤニヤしながら見る。


そして、フリーニックは説明を始めた。


「幸の首元には半分に割れたハートのネックレスがかけられていただろ?」


「…かけられていましたね」


「あのハートのネックレス、他のどっかで見かけなかったか?」


「…」


スージンはめいっぱい考えているようで、目をぎゅっと瞑っていた。


しかし、スージンに回答権を与えないうちにフリーニックは勝手に答えを言ってしまった。


「正解は幸の一個前の客、「順二」でした~」


「順二ってあの強くなりたいって言ってた人ですよね?………あぁ!確かにつけてました」


フリーニックは薄い程度のリアクションで閃いた。


「あの二人のハートネックレス。二人とも割れていたよな」


「はい」


「よく見てみれば二人のハートネックレス、順二の方のネックレスは右側だけが、幸の方は左側だけが欠けていたんだ」


「……よく見てますね」


「まーねぇ」


フリーニックは自慢げに言った。


そして、また説明を続ける。


「これが何を意味するかわかるか?」


「…………二人のネックレスを合わせたら、一つのハートになる?」


「そう!僕もそう考えたんだよ。だからもしかして、『幸と順二って付き合っていた』んじゃないかなって僕は考察したんだ」


スージンはポーカーフェイスが出せる最高ランクの納得顔でなるほどと置いた。


「しかも、それだけじゃない。順二は最愛の人を奪われたって言ってただろ?」


「はい」


フリーニックの推理節はまだ続くみたいだ。


「その奪われた最愛の人が仮に「幸」だったとしたら、話の辻褄が合う気がするんだよ」


「あぁ、確かに。幸は『他に好きな人がいたのにも関わらず、強引に違う男が私を彼女にした』って言ってましたもんね」


「だから、僕は絶対に順次と幸は付き合っていたんだと確信して、無理やり、二人を同じ世界で主人公とヒロインの関係にさせたんだよ」


「なるほど……そういうことだったんですね」


「そうだよ。何も理由なしにあんなありえない行動するわけないでしょ」


「…………さすがです…フリーニックさん」


スージンは輝かしい顔でフリーニックを見た。


「検問所の所長も伊達じゃないってことよ」


フリーニックは満足げにウインクをする。


久しぶりにフリーニックはこの仕事にやりがいを感じていた。


『この仕事をやっていて良かった』とまではいかないけれど、『心から楽しかった』と思えたのだ。


そんな気持ちも多分、3日経てば消えてなくなってしまうだろう。


フリーニックのことだから。


でも、今だけはやりがいという意味を少しだけ理解できている気がフリーニックにはしていた。


やりがいってものの源泉、発生源は-。


「順二と幸、あっちの世界でもうまくやっていけるといいな」


「そうですね……」


客の未来に想いを馳せること。

それに尽きるのかもしれない。



異世界転生検問所 ~fin〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生検問所 @kkk222xxxooohhh00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る