第5話 美織、絶体絶命!(4)

[4]

 一行は、再び歩き始めたアレキサンダー君を追って動き出しました。

 美織は朋美の自転車の後ろに乗せて、アレキサンダー君は足を速めます。

 車の匂いは、交差点で切り返すと、神社前の車の雑踏を避ける様に東大路通りを北に行き、知恩院通りの交差点を左折して、川端通りに出ます。

 そうして、鴨川沿いを北上し始めました。

 曇り空は、ほのかに夕日に染まりましたが、あたりは次第に暗くなって行きます。

 三条を通り過ぎ、丸太町通りを通過し、精華学園中学の前を通る頃には、その向こうの大文字山は黒い塊になって薄墨色の空に沈み、鴨川の川面はすっかり暗くなっていました。

 今出川通りを渡って、出町柳の地下通路への入口を過ぎたところで、

「アンッ!」

 アレキサンダー君が声を挙げました。

 前方の道端に、白っぽい車が一台停まっています。ですが、辺りに人影はありません。

「先輩!」

 佐久間君が声を挙げました。

 土手下の河原の、鴨川デルタに渡る石橋の手前で、人声がします。

「‥‥なめてんやねぇんだよ!」

 暗い河原で甲高い声を上げているのは、やはり、背の高い大人に見えます。

 周囲を4人ほどの人影が囲んでいます。

 ばしっと音がして、小さな人影がバシャッと水に浸かりました。

「‥‥堪忍‥‥」

 言い返す声が涙声で言葉として聞こえません。

「使えねえなぁ、お前ら! こいつ、どうするよ?」

 リーダー格の男が言います。

「いっそ、ここでバラしちゃって、いィい?」

 おかしそうに言う男の手に、かすかな月明りでギラリとナイフが光りました。

 佐久間君が低く叫びました。

「大変や! 警察呼ばな!」

「間に合いまへん!!」

 言うが早いか、美織は、アレキサンダー君のUSBケーブルをはずすと土手の石段を駆け下り、

「アン! アン! アン!!」

と吠えるアレキサンダー君とともに、思いがけない速足で草やぶを走り、背の高いリーダー格の若者の体をドンッと突き飛ばすと、その目に向かって、右手のライトポインタを思い切り 閃(ひらめか)せました。

「うわっ!」

 若者は、目を抑えて仰(の)け反(ぞ)りました。

 美織のライトポインタは、カメラのフラッシュにもなる強力なものです。それを目の前で閃かされたのですから堪りません。

 片手で目を抑えながら、若者は顔を向けました。

「なんや、おまえはあ!」

「ロボットの美織ですぅ!」

 月明りの中で、美織は、五島君の前に立ち塞がって、バサァと髪をなびかせました。

 その足元で、アレキサンダー君は、「うーっ」とうなりながら身を低くします。

「ロボット!?」

 若者は、ギョッとした様子で美織を見ました。

 薄明りの元で、男は、美織がロボットだという事が分からなかった様です。

 ですが、脇からじっと美織を見ていた中学生の少年が叫びました。

「あっ! こいつ、テレビで見た! どこかのお屋敷のロボットだ!」

 美織は、「うむ」とうなずいて見せました。

「そうです! うちが有名な美織です!

 あんたらの悪事は、この美織が写真に撮って警察に通報しました。この京都の街に、あんたらの逃げる場所はありまへん!

 この上、まだ、無駄な抵抗するいうんでしたら!」

 美織は、ずんっと右足を踏み出しました。

「アバラの2,3本は折らせてもらいます!!」

 どこかでパトカーの音がしました。

 航が、朋美の腕を叩きました。

「おい!」

 言うが早いか、航は河原に駆け出しました。

「こっちやー!! お巡りさぁん、こっちやー!!」

 朋美も、別の方向に駆け出しました。

「人殺しやー!! 誰か来たってー!! 強盗やー!!」

 1年生たちも、土手の上で、足を鳴らしたり大声を上げたりしましたので、まるで、大勢の人が押し寄せて来たような騒ぎになりました。

 朋美と航は、美織の前で合流しました。

「アン! アン! アン! アン!」

 アレキサンダー君も吠えたてます。

 その間にも、甲高いパトカーの音は近づいて来ます。

「や、やばいですよ!!」

 河原の少年たちはうろたえ出しました。

 一人が、川中のデルタに向かって駆け出し、すぐに他の少年たちもてんでに逃げ出しました。

 リーダー格の若者は、なおも美織と睨み合っていましたが、

「お! 覚えてろ!!」

 叫ぶと、手下たちを追って、バシャバシャと水音を立ててデルタに駆けて行きました。



 朋美は、美織に飛びつきました。

「すごい、すごい! うち、あんたの事、非力でか弱いロボットや思っとったけど、腕っぷしも強かったんやな!!」

「違います。これです!」

 美織は、朋美に抱かれながら、右手をひらひらさせて、手首のスロットからSDカードを Exit して見せました。

「なに、これ?」

「悦子さんから持たされとった緊急用のスペシャル・アプリ『ハッタリ』です」

「『ハッタリ』ィ!?」

 朋美は、思わずオウム返ししてしまいました。

「嫌やぁ、このアプリ! バッテリーの電気、一気に使ってまうぅ!」

 美織は、そう言いながら、朋美の腕の中で、腰も立たない様子です。

「あ! でも、あんた、あいつらの写真撮って警察に送ったんやろう?」

 朋美が言うと、美織は、また、右手をひらひらさせます。

「違うん?」

と訊くと、こくこくとうなずきます。

「美織、シャッター押してまへんもん」

 そういえば、美織がシャッターを切ると、すごい音がするはずでした。

「あれもハッタリか!?」

 朋美が訊くと、美織は、また、こくこくとうなずきます。

「役に立たんアプリやーっ!!」

 朋美は、あきれて叫んでしまいました。

 そうして、立つ事もできない様子の美織を横抱きして、それを一旦、航に預けると、佐久間君と木屋君に挟まれている男の子に向き合いました。

「あんたが、五島カケルか?」

 五島君は、おどろいた顔で朋美を見て、でも、木屋君に促されてうなずきました。

「あんた、去年の全国大会でええ記録を出しとったろう! 練習せなあかんやろう! 明日から陸上部の練習に来いや! ええなっ!!」

 五島君は、おどおどしながら、でも、こくりとうなずきました。

 パトカーの音が大きくなり、土手の上で止まると、お巡りさんが降りて来ました。

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