第4話 美織、探索する(6)
[6]
「朋美さん?」
美織が言いました。
「もし、ほんまにその人を捜さんとあかんのでしたら、警察行った方がええのやないですか?」
「まだ、何かあったって決まった訳やないんや、警察行ってもどうもならん」
朋美は答えました。
「でも、今動かな、後悔しそうな気がするんや」
美織は、小首をかしげて、
「でも、あの待合室には、さっきの方はおらんかったですよ?」
その時でした。
「朋美ちゃんやない?」
またまた、聞き慣れた声がしました。
「悦子お姉さん?」
顔を向けると、通路の脇のスタッフステーションから、悦子お姉さんが顔を覗かせているのでした。
「何やってん?」
「同僚が熱出してな。業平(ナリヒラ)のメンテナンスや」
と、かたわらのロボットの肩を叩いてみせます。
悦子お姉さんが、いつも美織にするのと同じ様に、ささっとUSBケーブルをはずすと、ナリヒラは、
「いやあ! 悦子さんにメンテナンスして頂けるなんて、光栄だなあ!」
と、自分の右額を片手でなで上げます。
さして親しくもないロボットに『悦子さん』呼びされた浪江主任は、軽く口をすぼめました。
でも、大度な様子を見せて、
「次は、また、マリちゃんが来るからな」
「折角お近づきになれた機会です、ラウンジで技術談義でもいかがです?」
悦子お姉さんは、あきれ顔をしました。
「聞いとるで。あんた、ホームに入所しとるばあさんたちに、愛想振りまきまくってるんやて?」
「いやあ! 入所者の皆さんに喜んで頂くのは、介護ロボットとして当然の勤めですよぉ」
「そら結構! ただ、その内、どこかのじいさんに殴られんよう気ぃつけや!」
悦子お姉さんが軽くパンッと肩を叩くと、ナリヒラは、白衣を肩にかけ、すーっと通路を滑るように去って行きました。
「素敵なお人ですなあ‥‥」
美織がその後ろ姿をぽおっと見送っていると、
「はっ!? ナリヒラが? あんた、頭の回路がいかれとるんとちゃうのん?」
美織の初恋は、一瞬でつまみ潰されました。
「で、あんたはここで何をしとんのや?」
「それが、そのぉ‥‥」
「あーっっと!!」
あわてて朋美はフォローしました。
「おばあさまのお遣いでなぁ!! 入院しとる人にお見舞いやて!! うちら、そこでぱったり会うて。な、美織?」
美織は、目をぱちくりさせて朋美を見ています。
「だけど、そうしたら、この子らの同級生が一人はぐれてしもて。どうも、病院から出てってるみたいなんやけど、どうやって捜そかって」
「ふーん‥‥」
悦子お姉さんは、朋美の説明に納得したのかどうなのか、なにやら目を細めていましたが、突然、指をパチンと鳴らしました。
「狩野君! あれや!!」
「ええっ!! あれですか!?」
片づけをしていた狩野さんは、かなり渋々、それでもいつものカバンから、なにやら黒いものを取り出しました。
悦子お姉さんは、それを受け取り両手で抱いて、
「『どこまでも追撃、アレキサンダー君』や!!」
と、バーンと朋美たちに示しました。
朋美と美織は、しばし、その黒い塊を見つめました。
朋美は、美織にそっと尋ねました。
「悦子お姉さんて、毛むくじゃらな機械を作るの、好きやな?」
美織は、自分の髪を一筋、指でつまんで眺めていましたが、慌てた様に返しました。
「そんな事はあらしまへん! 毛むくじゃらは、あれが初めてやと思います!」
「狩野君! USBケーブル、長いやつ!」
悦子お姉さんは、狩野さんに指示すると、もぞもぞと動く4本足の黒いそれを床に降ろして、
「♪ふん、ふん、ふん、ふん!」
と鼻歌を歌いながら、USBケーブルをその首筋のポートに接続しました。
そうして、ケーブルのもう一方の端を美織の右手首のポートに接続すると、準備万端の様です。ドライバが読み込まれて、美織は、すぐに使い方が分かった様でした。
「朋美ちゃん。何か、その子の匂いのついたものはある?」
悦子お姉さんが尋ねました。
「匂い?」
朋美は、例の、五島君の生徒手帳を、ハンカチで包んだままで差し出しました。
悦子お姉さんは、それを受け取ると、床に膝をついて、
「よしよし、ええ子や!」
と、アレキサンダー君の頭をなでて、そうして、鼻先に、生徒手帳を押し付けました。
アレキサンダー君は、ふんふんと鼻をならして、その匂いを嗅ぐと、朋美に向かって、
「アンッ!!」
と吠えました。
「へっ!?」
驚く朋美に、
「朋美さんの匂いが一番新しいそうです」
美織が説明すると、1年生たちは、
「あーっ!」
と声を上げました。
「ある意味、すごいな!」
「いや、それ、意味ないやろう!?」
朋美が言うと、悦子お姉さんは苦笑して、
「美織。分解レベル、チェンジや!」
「はい! アレキサンダー君、分解レベル・2!」
「アンッ!」
やがて、美織が言いました。
「その生徒手帳には、主に3人の人間の匂いがついとるそうです。一番新しくて表面についてるのが、朋美さんの匂い、3番目に古い匂いが一番強くて中までしみているそうです」
「それや!」
「ほな、アレキサンダー君、ターゲット変更、成分3!」
アレキサンダー君は、床にふんふんと鼻をつけて、しばらくの間、病院の廊下を歩いていましたが、
「アンッ!!」
一声吠えると、美織を引っ張って真っすぐに歩き出しました。
ちょうど、佐久間君が、病院の玄関から入って来て、皆と合流しました。
「よし! ほな、みんな、行くで!」
と、悦子お姉さんが先頭に立って歩き出そうとした時でした。
「しゅ・に・んっ!」
狩野さんが、背後から呼び止めました。
「仕事ですよっ!」
「えええっ!? ちょこっと試運転、ええやない?」
「ダメですっ!!」
狩野さんも、歴戦の強者(つわもの)です。
「新島さんに言いつけますよ!」
「マリちゃんは、まじめ過ぎるから熱なんか出すんやぁ!」
「行きますよっ!」
狩野さんは、悦子お姉さんのジャケットの襟をつまんで歩き出しました。
「ちょ、ちょ、ちょ! 朋美ちゃん! 後で首尾を教えたってなあ!!」
悦子お姉さんたちは行ってしまいました。
朋美と美織は、顔を見合わせました。
「行く?」
「帰ってええんやったら、美織は、帰ります」
「ダメや!」
朋美たちは、アレキサンダー君を先頭に、病院を後にして歩き出しました。
(第4話 終り)
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