第4話 美織、探索する(4)
[4]
アパートを後に、朋美たちは再び鴨川を渡り、唯一の足取りの病院に向かいました。
途中で、曇り空から急に雨が降って来ました。
傘を持っていなかった朋美たちは、商店街のアーケードの下に駆け込みました。
「にわか雨や」
朋美は、1年生たちに言いました。
雨足は強いものの、西の空には薄日も見えます。すぐに止むでしょう。
ですが、初夏の夕方の雨は、蒸し暑さを増すばかりです。
1年生の一人が、スマホを取り出して何かのチェックを始め、ほかの子たちも、それぞれにスマホを出して眺め出しました。
朋美も自分のスマホを取り出しかけて、ふと気づいてやめました。
「あんたらって、話しをせんなあ?」
1年生たちが朋美を見ました。
「そう、でもないですよ」
佐久間君が言います。
「そう?」
「話す時には、話しますよ」
「SNSだと、色々話してますよ」
「そうか」
まあ、SNSの方が話しやすい気がする事も確かにあります。
雨足は、すぐに弱くなって来ました。
その時、
「ごめん下さぁい」
耳に、聞き慣れた声がしました。
「あ! 美織ちゃんや!」
朋美が目を向けるより早く、1年生たちが目ざとく見つけたのは、近くの店に入って行く美織でした。さして来た番傘を閉じて、軽く雫を払って、店に入って行きます。
一年生たちは、ぞろぞろと店の前に向かって行きました。
(相変わらずや!)
朋美も、苦笑しながら、1年生たちに続きました。
美織が入ったのは、着物専門のクリーニング店でした。
(あ! ここにあったんかぁ!)
店の看板を見て、朋美は思いました。
朋美は来た事がありませんでしたが、ママたちの会話にもよく出て来る店の名前です。
外から覗いていると、美織は、店員さんから風呂敷包みを受け取って、振り返り、すぐに外にいる朋美たちに気づいた様でした。お店の人に頭を下げると、早足で表に出て来ました。
「朋美さん! どうされましたん!?」
美織は、いつもの様に目をきゅっと細めました。
今日の美織は、普段着らしい鳥の子色の綿の着物姿でした。
薄墨色の菱形模様と白く淡く藤模様が描かれていて、はじ色の帯だけは華やかに紅と白の牡丹の花と緑の葉が染め込まれています。
「あんたこそ、どうしたんや?」
朋美が聞くと、
「おばあさまに頼まれたお使いです」
美織は胸を張りました。
番傘をさし掛けて、止めます。雨は、
「一人でか?」
「もちろんです!」
美織は肩をそびやかしました。
「けど、あんたらって、知らん人や、初対面でデータのない人とも話したり出来るもんなん?」
「朋美さん、美織を見くびってますなあ?」
美織は、ますます肩をそびやかしました。
「美織たちの『人物認識AI』は、元データなしでも、一目顔を見たら、どんどん覚えてくんです。人混みの中でも見間違えたりせえへんのです」
なぜだか、朋美の前だと、ビッグマウスがぽんぽん飛び出す美織なのでした。
「へえ!」
朋美は感心しました。
「そしたら、あんた、顔を見た相手なら、どこででも捜し出せるん?」
「もちろんです!」
と、美織は大いばりです。
朋美の中で、ピッと音を立ててアイデアランプが灯りました。
「ふうん。美織はすごいんやなあ」
感心した風を装いながら、さりげなく両手を差し出すと、美織も、釣られてさりげなく、手にした風呂敷包みを差し出しました。
朋美は、それを、さっと佐久間君に手渡しました。
「佐久間! あんた、これ持って、うちのおばあさまの所に届けて来とって!」
「えええっ!?」
美織は、飛び上がるほどに驚きました。
「それ、美織のお仕事ですうっ!!」
「ええから! 佐久間、急いで行ったって! 病院で合流や!」
ガッテンとばかり、佐久間君は走り出しました。
「あああっ!! 美織のお仕事おっ!!」
と言ってみても、佐久間君も陸上部のスプリンターです。あっと言う間に見えなくなってしまいました。
「美織! あんたに頼みがあるんや! 人を捜して欲しいんや!」
というと、美織は、下からねめつける様に朋美を見ました。
「朋美さんって、悪い人やったんですなあ?」
「えっ!?」
「美織、悪い人にはついて行きまへん!!」
テコでも動くものか、という風情です。
「えー! ――ええから、ええから!! 『大事の前の小事』や!」
朋美は、美織の肩をくるりと回して向きを変えると、背中からどんどん押して行きました。
「『大事を成すには小事から』て、松下幸之助さんが言うてはりますうっっ!!」
家電品な美織は、思わず神様の名前を叫んでしまいました。
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