第4話 美織、探索する(3)

[3]

 自転車置き場から自転車を引き出すと、1年生の内2人は、徒歩通学でした。

「あんたらは、ロードワークな!」

 朋美が言うと、

「えー?」

と言います。

「練習休みなんやから丁度ええやろう!」

 とりあえず、唯一の手掛かりとして、朋美たちは、五島君のお母さんが勤める病院に行ってみることにしました。

 今日は、一日どんよりした曇り空で、時々薄日が差し、京都の街には熱気と湿気が垂れ込めています。

 学校の校門を出て、清水(きよみず)の山を背に五条通りの坂を下って鴨川を渡り、にぎやかな河原町五条(かわらまちごじょう)の交差点を過ぎて、通りから北に上がった総合病院の門を入って、駐輪場に自転車を入れました。

「五島のお母さんって、知っとるん?」

 木屋君に尋ねると、

「あ! 分かります」

と言って、歩き出しそうにします。

「あぁ! 待って!」

 こんな大人数で行っては、何事かと思われるでしょう。

「木屋君のお母さんもおるんやろ?」

と、聞くと、

「あ!」

と具合悪げな顔をします。

 朋美は、木屋君と佐久間君の二人を連れて、後の3人には駐輪場で待機させて病院の玄関口に向かいました。

「分かる?」

 玄関口のガラスドアの外から尋ねると、

「あそこ!」

と、木屋君が示したのは、ロビーで、薄紫色の制服を着て清掃をしている小柄な女の人でした。

「ほな、君はここで待っとって! 佐久間、行くで!」

 朋美は、呼吸を整えると、ガラスの自動ドアを開けて、病院に入って行きました。

 五島君のお母さんは、ロビーの床掃除を終えて、大きなオレンジ色のモップを片付けようとしているところでした。

「あ、のぉ‥‥」

 恐る恐る声を掛けると、

「はい!」

と、驚いた顔をされてしまいました。

「お仕事中、済みませぇん」

「ええですけど、何?」

 小柄な、可愛らしい感じのお母さんは、朋美たちを見て、少し疲れた顔に笑みを浮かべました。

「うちら、市立東山中学の生徒で、鈴野いいます。五島カケル君のお母さんですか?」

と言うと、お母さんは、わずかに表情を強張らせました。

「カケルが、何かしましたか?」

「いえ!」

 朋美は、考えて来たセリフを言いました。

「うちら、東山中の陸上部で、今日、五島君と会う約束やったんですけど、すれ違ったみたいで。五島君、どちらに行かれたか分かりませんか?」

と、言うと、お母さんは、

「あ! 陸上の!」

と、少し嬉しそうにしました。

「カケルでしたら、さっき、来て、教材買わなあかん言うて、多分、買い物をして家に帰ったと思いますよ」

「そうですか」

「カケル、陸上、またやる言うてますか?」

「あ、はい!」

 朋美は、勢い込んで言いました。この調子では、まだ、別の部には入っていなさそうです。

「今日は、その話をするつもりで」

「そうですか。カケルをよろしくお願いしますね!」

「はい!」

 朋美は、勢いよく頭を下げて、佐久間君と一緒に、その場を退散しました。

「先輩、ええんですか? 五島、まだ、部に入るともなんとも言ってまへんよ?」

「何言ってんや?」

 朋美は言い返しました。

「これから説得するんや!」


 玄関脇で待っていた木屋君と一緒に、駐輪場に戻り、待機部隊と合流します。

「五島の家って、分かる?」

「うーん、知らへんですけどぉ」

という木屋君は、五島君のカバンを手に提げています。

「ちょっと、それ、開けてみ!」

「人のカバンですよ」

「届けるのに、調べなしょうがないやろお!」

 自転車の荷台でカバンを開けると、すぐに、生徒手帳が見つかりました。

 朋美は、ふと、ハンカチを取り出して、それをつかみました。

「どしたんです?」

「『京都科捜研』で、こんなんやっとったんや」

「警察ですか?」

 生徒手帳を開くと、名前と顔写真が載っています。

 去年の大会のネット動画ではよく分からなかった、まだあどけない少年の顔が写っています。

「東山ですね?」

「そっちのが学校から近かったんやぁん! 行くで!」

 再び、自転車に乗って、ただし2人はロードワークで、病院を出て五条大橋に向かって走り出しました。

「きっつ!」

 1年生の錦小路君が顔をしかめています。

「適当に交代したって!」

 相変わらず、空は曇りで、蒸し暑く、曇った空の下で鴨川の水面も鈍色(にびいろ)をしています。


 五条大橋を再び渡って、すぐに、小路を南に下ります。

 アパートはすぐに見つかりました。

 でも、ブザーを鳴らしても、留守の様子で、気配もありません。

「どうします?」

 佐久間君が尋ねます。

「うーん‥‥」

 朋美は、木屋君に、もう一度、五島君の生徒手帳を見せてもらいました。

 ぱらっとスケジュールをめくると、ほとんど何もない中に、今日の日付に「陸上」と書いてあります。

「今日って‥‥」

 朋美は木屋君に尋ねました。

「うちらと会う事に、五島君は承知しとったん?」

「ええ、そうです」

「せやから、急にいなくなって、どないしよかって!」

 佐久間君も言います。

「分かった!」

 朋美は答えました。

「ほな、何としても今日、見つけ出すで!」

 何か、今日でなくてはいけないような気がして、1年生たちに声を掛けました。

「行くで!」

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