第3話 美織、フィールドに立つ(6)

[6]

 その一週間後の日曜日、美織は、芳翠先生や悦子お姉さんと一緒に、京都市立運動競技場にいました。

 スタジアムの歓声が静まった時、朋美は、槍を手にフィールドの中央に立っていました。

 審判の合図に、朋美は心を鎮め、気の充実を待ちました。

 やがて、助走を始めた朋美は、クロスステップを踏みつつ、流れる様に槍を投擲します。

 ワッ、と歓声が戻って来ました。

 朋美の全国大会の出場が決まりました。



「美織ー!!」

 駐車場で待っていた美織に、朋美は飛びつきました。

「朋美さん、おめでとうございます」

「あんたのお蔭や!」

 そう言ってから、朋美は、芳翠先生に尋ねました。

「どうやった? 少しは『用の美』に近づいた?」

 芳翠先生は、ちょっと驚いた様子で美織を見ました。そうして、朋美に目を戻して苦笑しました。

「そうやな。少しは、やな!」

 朋美も苦笑しました。

「ほな、美織! 一緒に帰ろう!」

「はい!」

と答えてしまってから、美織は、芳翠先生を見ました。

「あ! よろしいでしょうか?」

「よろしえ」

 芳翠先生が言うと、悦子お姉さんがパチッと指を鳴らしました。

「よし、美織! ほな、狩野君出したって!」

「あぁ、はいはい」

 狩野さんが、いつもの黒い鞄からそれを取り出すと、悦子お姉さんがバーンと示しました。

「『スーパーダッシュ君マークⅡ』や!!」

 出た! と朋美は思いました。

 なるほど、『マークⅡ』と言うだけあって、ボードもモーターも、前回より大きくなった気がします。

 前回は上面シルバー下面黒のツートンカラーでしたが、今度は、上面にオレンジのラインと「OHMI」の文字が入っています。

「あれ、狩野君、USBケーブルはどこや?」

「え? そこに入っとりまへんか?」

 二人がゴソゴソと鞄をあさっている間に、美織は、じりじりと後ずさりました。

「あ、悦子さん。き、今日は、朋美さんの自転車で帰ろうかな思いますんやけど‥‥」

「え?」

 悦子お姉さんは、顔を上げました。

「どうしてぇ!? 前のより馬力あるし、ドライバもバージョンアップして使い易うなったんよ?」

 でも、その時には、美織は、朋美の自転車の荷台に、ぱっと横座りしてしまいました。

「ほな! 美織、行こか!!」

 朋美は大急ぎで自転車を走り出しました。

「これ、朋美! 自転車の二人乗りはっ!」

 芳翠先生が言った時には、二人は、はるか先まで行ってしまっていました。

「は、初めて‥‥」

 ガコーンと音を立てて、悦子お姉さんの手からスーパーダッシュ君が地面に落ちました。

「初めて、娘に背かれた親の気持ちが分かったわ!」

「いや、主任。それ絶対違うと思いますよ」

 狩野さんが言いました。



(第3話 終り)

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